第45話【コープスモール④】

その晩───。



コープスモールが埋められた土の上に黒い霧が浮き上がる。その霧は怪しくも揺らめくと人型に形を作ると天を向く。


その人型はフード付きのローブ姿。しかしすべてが黒い霧。邪悪な髑髏の霊体である。


そして、天を見上げる霊体は夜の月を眺めていた。その瞳は赤く充血して怨みに満ちている。完全に怨霊の眼差しだった。


『お~の~れ~……』


どこからともなく怒りが沸いてくる。怨みが溢れてくる。


唸る声は負に溢れていた。それは空気を揺らす声でなく、心に響くテレパシーのような怨念だった。


『まさかこんなところで死んでしまうとは……。しかし、念のために掛けて置いたアンデッド・トランスフォーメーションの魔法が発動して助かったわい』


幽体は自分の身体を観察した。両手は皮と骨で半透明。足は透けてて脛から先が見えていない。


『これは、リッチではないな。レイスか……まだまだ私のレベルが足りなかったのか……。まあ、仕方無いだろう、こんなところで死ぬ予定ではなかったのだから……。とりあえず、身を隠す場所を探さなければ、日が昇ったら身体が朽ちてしまう……』


そう述べたコープスモールが歩き出すと唐突に女性にで会った。


『女性。なぜ?』


女性は深夜の草原を一人で歩いている。しかもこちらに向かって歩いてくるのだ。


だが、コープスモールには、その女性が怪しくは見えなかった。それどころか神々しく映る。故にコープスモールは立ち尽くしていた。


「あり~、こんなところにアンデッドちゃんか居るわ~」


『ええっ……』


女もレイスの姿に気が付くと早足で歩み寄ってくる。その歩き方は両手を肘から広げて可愛らしい歩き方だった。まるで無垢な乙女がお花畑を駆けてくるような歩き方だった。しかし、その口調はかったるい。なんだかふざけた口調に聴こえた。


『女、酔っているのか?』


「レイチェル、酔ってなんかないも~ん」


頬を膨らませて否定する娘。その成りは僧侶の姿。シスターのような成りをしている。


しているのだが、その口調と動きはギャルっぽい。それにアンデッドを前にしても臆していない。垂れ目の奥でハートマークが輝いていた。


「ねぇ~ねぇ~」


『な、なんだ?』


「あなたぁ~、アンデッドならさぁ~。祓っていいんだよねぇ~」


『は、祓う……』


「そうそう、あたし~、僧侶だからターンアンデッドの練習したいんだよねぇ~」


『タ、ターンアンデッドの練習だと……』


すると女は胸元に下げていた聖印を両手で握り締めると少し俯いて祈りだす。


「我がふしだらで感激な隠微の女神ダキニ様よ。我が祈りを聞き入れ哀れな亡者の魂を裸にひんむき敏感な異性の部位を優しく肉肌で包みたまえ、温めたまえ、天昇させたまえ、絶頂させたまえ。輝けターンアンデッド!」


すると女の背後が目映く輝きだした。それは後光。神の導きである。


その聖光を浴びたコープスモールの身体が薄らぎだした。まるで溶けるように削れ始める。


『ぁぁああああ!!』


切ない声を上げるコープスモール。しかし、それは苦しさからではない。温かいのだ。光が温かく全身を包み込むように心地好いのである。まるでそれは母の温もりだった。


意識が薄らいでいく。だが、怒りが消えていく。怨みが薄らいでいく。後悔が冷めていく。それに行きそうになる。


納得。すべてに納得出来た。やりきりれた感が沸いてくる。もう、次に進もうと思えてきた。この光からは、そんな力が伝わってくるのだ。


『ああ、俺は成仏するんだな──』


天を眺めるコープスモールの身体が浮き上がった。その姿からはドス黒い闇が消えていた。もう悪霊ではないのが分かる。


そして、そのままコープスモールの魂は天の空へと昇って行った。やがて消える。コープスモールの魂はお星様に成ったのだ。


すると明るかった景色が夜の闇に戻り、胸の前で両手を組んで祈っていた女の顔にも笑顔が戻る。


「よ〜し、除霊成功ねぇ~♡」


そう述べると僧侶の女はスキップで元来た方向へ帰って行く。すると焚き火の前にショートヘアーの娘が居た。臍出しレザーアーマーでタイトスカート姿の盗賊風である。


娘の年頃は二十歳そこそこだろうか。レイチェルと呼ばれた娘と同じ年ぐらいに伺えた。


「おい、レイチェル。何をしていたんだ?」


「ちょっと野良アンデッドが居たから除霊してたのぉ~♡」


「あんまり一人で歩き回るなよ。ここは壁の外なんだから、アンデッド以外だって居るんだから危ないぞ」


「分かってる~、分かってる~。もう、アイシャは本当に心配性なんだからぁ~」


「お前が能天気過ぎるんだよ。私は普通だ。それより早く寝ろ。明後日までにはギランタウンに到着しないとならないんだからな。祭りに間に合わなくなるぞ」


「そんなに祭りが気になるなら、馬車で帰れば良かったのにさ~。そうしたら野宿なんてしないですんだのにぃ~」


「そんな金は私たちに無い。お前が無駄使いばかりするからだぞ」


「アイシャだって隙あればお酒を飲みまくるじゃんかぁ~」


「いいから寝ろ。明日は早いぞ!」


「はいはいきゅ~ん♡」


こうして二人の女性はひとつの寝袋に潜り込んだ。添い寝で眠りに付く。


「こら、レイチェル、お尻を触るな!」


「えへへへ~♡」





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