第37話【美少女の秘め事】

その晩、デズモンド公爵一行が俺の屋敷に泊まって行くことになった。護衛の騎士たちは玄関前で野宿だ。何せ我が家には十人分も客間が無いからである。


だが、お泊まりは一晩だけである。明日には王都に帰るため旅立つらしい。


しかしミゼラちゃんは今晩からこちらに置いていくとのこどだ。今晩はうちに泊めるのだが、明日からはギランタウンに部屋を借りるらしいのだ。


俺が我が家で暮らせば良いと提案したのだが、ミゼラちゃんのほうからその提案は断ってきた。そこまで師である俺に面倒は掛けられないとのことである。


だから明日になってデズモンド公爵の旅立ちを見送ったあとにギランタウンの不動産屋を回るらしい。適当な屋敷を借りてくらすとのことだ。


何でも今回同行している騎士から一人だけ護衛に任命されて残るとのことである。流石のデズモンド公爵も箱入り前の娘さんを一人で残してはいけないのだろう。


だが、勿体無い。実に勿体無い。年頃の乙女と一つ屋根の下で暮らせるチャンスをミスミス逃してしまうなんで実に勿体無い。


もしもミゼラちゃんと同じ屋根の下で暮らせるならば少女の生態観察を夜な夜なしほうだいだったのに。実に勿体無いぞ。


そんな悔しさを胸に抱きながら俺は眠りについた。危うくベッドの中で悔し涙で枕を濡らすところだった。


まあ、それでもスヤスヤと眠られたのだけれどね。


そして、深夜──。


時は丑三つ時だろうか、フッと目が覚めた俺はベッドから上半身を起こすと窓の外を眺めた。


「なんだろう。空気が騒がしいな……」


そこには月夜に照らし出された青々しい若い麦畑が広がっている。その稲穂の頭が風に揺れて騒がしく音を鳴らしていた。


いつもと変わらない夏の風景だ。夜に騒がしい夏虫の音色も変わらない。だが、何故か胸騒ぎがする。その胸騒ぎが何かに引っ掛かる。


部屋の隅の影に立ち尽くすアビゲイルが言ってきた。


『マスター、如何なされましたか?』


「いや、ちょっと……」


俺は窓の外をもう一度だけ見回した後にアビゲイルに答えた。


「ちょっと厠に行ってくるわ」


『お供します、マスター』


俺が寝巻き姿のまま部屋を出ると後ろにアビゲイルが続く。アンジュは本棚にふかふかタオルを敷いてベッド代わりにしながら寝てやがる。起きる気配は無い。


そして、俺は出来るだけ音を立てずに廊下を進んだ。何せ今晩は来客が多い。そんな来客を起こしては失礼だと思ったからだ。


「そろ~り、そろ~り……」


俺が猫背で忍び足に注意して廊下を歩いていたが、アビゲイルは直立の歩みで黙ったまま付いてきていた。それなのにアビゲイルの歩みからは足音ひとつ聴こえてこない。これが礼儀作法を極めたメイドの歩みなのだろう。本当に無音で歩くのだ。


そして、一階に降りる階段の手前で客間の隙間から明かりが漏れ出ているのに気が付いた。そこはミゼラちゃんが泊まっているはずの部屋である。


「あれれ、まだ起きているのかな?」


扉の隙間から漏れ出る光と共に僅かな物音も漏れてきていた。それは何かが軋む音である。ギィーギィーと聴こえてくるのだ。


俺はなんだろうと思い扉に近づく。すると軋む木材音は激しさを増す。


「な、なんだ……」


律動を刻む木造音はベッドが軋む音だと思われた。


しかし不自然な怪音である。何故ながら夜分にこのような音が聴こえてくるのだろう。


俺は閃いた。


「もしかして!」


その部屋に発情した若い男女が二人居るのならば、もしものことも考えられるが、その部屋に泊まっているのは幼いボーイッシュな令嬢だけなのだ。そんな如何わしいまでの卑猥な音が聴こえてくるとは思えない。


ならばと俺は廊下で悩んだ。あり得る可能性はひとつだろう。


幼く可愛らしいボーイッシュな令嬢であっても、あり得る卑猥な可能性はひとつだ。


そ、それは──。


「ミ、ミゼラちゃんが、ひとりエッチに励んでいるのか!」


ギシギシと聴こえてくる謎の律動音から想像できるは、それだけだった。


流石にミゼラちゃんも13歳だ。オ◯ニーのひとつぐらい習得していても可笑しくないだろう。俺だって前世では13歳のころには親に隠れてシコシコやっていたような気がする。ハッキリとは覚えていないが、そのぐらいだったと思う。


「むむむむむ……。け、けしからんな……」


緊張感に息が荒くなってきた俺はミゼラちゃんが泊まっている部屋の前に忍び寄る。そして、深呼吸の後に俺は耳を扉に近づけた。


聴こえて来る音はベッドが律動に軋む卑猥音。それは普通の動きでは鳴るはずのない物音だった。それに少女の激しい吐息も聴こえてきた。ハァハァと息を切らしている。


「これは間違いない、確定だ!」


そう、確変大当たり確定事項である。


扉の前で忍んでいる俺の心が誘惑的なシチュエーションに弾んで踊り出す。


こんなハプニングは初めてだった。


かつて住んでいたトウエ村では夜這いに村娘たちの部屋に何度か忍び込んだが、そこでも流石にオ◯ニーに励んでいる娘には遭遇しなかった。だから女の子がオ◯ニーをするのは神話の世界だけかと持っていたのだ。


だが、今、眼前の扉の向こうでは、その神話級のオ◯ニーに励んでいる美少女が居るのだ。ここで彼女に気が付かれたら伝説の名シーンが見られないかも知れない。そんな勿体無いことは俺には出来なかった。意地でも見てみたいのだ。女の子の秘め事を──。


「鍵穴から覗けるかな?」


俺は光が漏れ出る鍵穴に眼球を近付けた。


この世界の鍵穴は大きい。鍵事態が大きいのだから当然である。その鍵穴から部屋の中が見れないかと覗き見たのだ。


しかし、室内はよく見えない。いくら鍵穴が大きくったって限界があるのだ。だが、間違いなく聴こえてきた。それは少女の荒い息遣い。それは運動に励んでいるように荒い。


「クソっ、観たい……。一目で良いから見てみたい……」


俺は願望を剥き出しに扉にへばり付いた。見れないならせめて音だけでも聞き漏らさないように励む。そしてオ◯ニーの気配を全身で感じ取ろうと全神経を研ぎ澄ます。


俺がむさぼり付く勢いで扉に貼り付いているとアビゲイルがテレパシーで訊いてきた。


『何をなさっているのですか、マスター?』


聞き耳に夢中になる俺がアビゲイルに煙たそうに言った。


「アビゲイル、今は黙っててくれないか。すっごく大事なところだからさ!」


『中にいらっしゃるミゼラ様が気になるのですか?』


「いいから黙ってろ!」


『そんなに気になるのでしたら、お会いになられればよろしいのに──』


「うわっ!」


言うなりアビゲイルが扉を問答無用で開けたのだ。その突然の行動に慌てた俺だったが、扉に体重を掛けながら聞き耳を立てて居た俺はバランスを崩して室内に倒れ込んでしまった。


顔面から客間の床に倒れ込む俺を見てミゼラちゃんが「きゃ!」っと可愛らしい悲鳴を上げた。


その悲鳴に釣られて俺の視線はベッドの上に進む。一瞬だけでもオ◯ニー直前の彼女を目に焼き付けたかったからだ。


しかし、俺の瞳に写ったミゼラちゃんの姿は寝巻き姿で腹筋運動に励むだけの姿だったのだ。両膝を揃えて、両腕を後頭部に添えたポーズ。その格好には露出した卑猥な肌すら見えていない。


俺の唐突な突入に驚いたミゼラちゃんがベッドから起き上がる。そして首に掛けていたタオルで汗を吹きながら俺に言った。


「ア、アトラス先生。ハァハァ、こんな時間に如何なされました!?」


「い、如何なされたじゃあねぇ~よ……」


「んん?」


「男の子の純粋を弄びやがって……。この僕っ子ボーイッシュが……」


「ハァハァ……。良く分かりませんが、すみません。ハァハァ……」


「だから、息を切らすな、クソ……」


「んん??」


ミゼラちゃんは息を切らしながら首を傾げるばかりだった。青少年の夢を木っ端微塵に破壊した自覚は皆無のようだ。これだから天然物は純朴過ぎて嫌いである。直ぐに無自覚のまま男を傷付けやがる。


「ぐすん……」


俺が仰向けのまま倒れていると急激に屋敷の外が騒がしくなった。何事かとミゼラちゃんが壁に背を合わせながら窓の外を覗き見た。その動きは訓練された動きである。おそらく公爵に仕込まれたのだろう。


「アトラス先生、外に複数の人影が!」


「え、なんで?」


可笑しな話である。この辺は町から離れている農村地帯だ。夜になれば人が出歩いていることすらない。そもそも近所に住宅は無いのだ。


俺は床からノソリと起き上がる。そして窓枠に近付いた。


その刹那である。窓ガラスを突き破り矢が室内に飛び込んできたのだ。


「うわっ!」


俺はしゃがみこんで矢を躱す。その矢が客間の壁に突き刺さる。


「なんで、矢が。野盗か!?」


壁際に隠れながら外の様子を伺うミゼラちゃんが言った。


「野盗ではないでしょう。敵はスケルトンの群れです。数は100を越えていますね」


「スケルトンの群れって、なんでだよ。ここは壁の中だぞ。アンデッドが群れで沸くわけがない!?」


ミゼラちゃんは自前の異次元宝物庫からサーベルを取り出すと鞘から刀身を抜いた。


「おそらく父を狙った愚かな暗殺者の仕業でしょうね。まあ、これを暗殺と呼ぶには大胆な戦略だと思いますが」


ミゼラちゃんは余裕なのか微笑んでいた。暗殺にも慣れていると言った素振りである。


「クソっ。なんて迷惑な来客だ。殺し屋まで招くとわよ……」


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