第36話【暗殺指令】

ギランタウンは二層の防壁に囲まれた町である。


一層目の壁は木製で直径1キロの麦畑を囲み、更に麦畑の内側に二層目の石壁が築かれており、その石壁の内側が町となっている。


ギランタウンの近隣には幾つかの小さな村があるが、どの村も木製の壁で囲まれている程度の防御力しか有していない。故にギランタウンの防御力は、この辺では高いほうなのだ。


と、言っても王都のような都市と比べれば天地の差である。しかしながら、このぐらいの防御力があれば森に巣くうモンスター程度ならば手も足も出ないだろう。


それが証拠に、ここ数年間はギランタウンがモンスターに襲われた記録は無いのだ。せいぜい数匹の小物が侵入したぐらいである。大きな被害は出ていない。


アトラスが住んでいる屋敷は、そんなギランタウンの一層目にあった。周りは麦畑で秋になると稲穂が風に揺れる音が心地好く聴こえてくるような環境である。少し都心から張られているのが不十分なところで、町から通いで来てもらっているメイドやコックには面倒を掛けている。


その見渡しの良い土地に建てられた旧館は、木造二階建ての屋敷で、以前は街に住む成金の別荘だった。そこをアトラスの父親が買い取ってタッカラ家は住んでいるのだ。


屋敷の構図は、広いロビーから一階二階と別れている。そして、リビングと兼用の少し広い客間が一つ、両親の書斎と寝室が一つ、アトラスの工房兼寝室が一つ、お客様ようの寝室が五つ、10人程度が一緒に食事が交わせる食堂が一つ、それに調理場とメイドたちが過ごす休憩室が一つ、最後に地下倉庫が一つあるだけだ。屋敷の外には馬小屋があるがあまり広くない。


これでもギランタウンでは広いほうの屋敷である。そもそも狭い土地に人間は密集して暮らしているから、家の広さがそのまま富となる。


壁の外に暮らせば広い家はいくらでも建てられるが、何せ壁の外にはモンスターが闊歩している。故に土地が空いていれば家を建てられると言った安易な話ではないのだ。


壁の外に暮らせるものは僅かな強者か風変わりな変人だけだろう。そもそも家主本人が強くても、家族が普通の人ならばやはり生活を営むにはキツイ話である。誰しもがモンスターと戦えて、モンスターに勝てる訳ではない。それだけ壁の外は人が暮らすには過酷と言うことだ。




闇の中で人影が揺れた。


「ほうほう、あそこにデズモンド公爵がお忍びで泊まっている屋敷だな」


時は夕暮れ。空は暗くなり始め日が沈む頃合い。アトラスの屋敷から離れること100メートル程度だろうか、まだ青い麦畑の向こうに小さな林が広がっていた。


その林の中から望遠鏡でアトラスの屋敷を監視している怪しげな人物が一人居た。


身形は灰色のローブに頭からフードを被っている。普段はついている魔法のスタッフは地面に置いて、ローブ姿の男も伏せていた。望遠鏡に映るデズモンド公爵の護衛に気付かれまいと潜んでいるのだ。


男はデズモンド公爵一行がアトラスの屋敷に到着したころからずっと監視を続けている。否、監視はデズモンド公爵一行が王都を出たころからやっているのが正しいだろう。


「カッカッカッ」


乾いた笑い声。その声から中年男性だと分かる。


男は一度目元から望遠鏡を外すと冷めた眼差しで空を眺めた。


「丑三つ時まであと六時間程度だろうかね。そこまで待ったら襲撃だ。先程メイドが数人帰って行った。残っている召し使いも一人か二人だろうさ。それならば数にも入らない。悪いが皆殺しだねぇ」


チャリ~ン。


アクセサリーか何かが音を奏でた。


男はスタッフを手に取ると気の陰に隠れながら立ち上がる。その時に腕や首に装着している装飾品が金属音を鳴らして揺れていた。


腕輪の数は片手に5個ずつ。更に煌びやかな首輪を3個。ネックレスに関しては7本も下げている。薄汚いローブとは裏腹にアクセサリーに関しては以上なまでの執着を持っているようだ。


そして、フードの隙間から見える顔は不健康そうに痩せていた。目の下には深い隈。肌はカサカサで、唇はひび割れている。なのに額にはサークレットで飾り付け、両耳には真珠のピアスを飾っていた。その外見は、まるで歩く宝石陳列棚だ。しかし、風貌と容姿が合っていない。


そして、やがて日は沈み、更に時は深夜まで流れていった。その間もローブの男はアトラス邸の監視を続けていた。しかも、休むこと無く望遠鏡を覗いている。


「ひー、ふー……。二人で交代しながら屋敷前を警備している。騎兵が二人。あとは屋敷のロビーで雑魚寝と言ったところかのぉ」


そこまで男が言うと持っている禍々しいデサインのスタッフが光だした。しかし、その光は紫色で、なんとも発光しているようには伺えない。まるで闇の中に落ちた犯罪者の魂のような暗い光だった。


「時は丑三つ、月夜は満月。これぞ屍にとっての最高な時間帯。いま動かねば最大の有利を逃してしまう。今宵で決める。デズモンド公爵の暗殺指令──」


言うなり男の相貌がフードの中で一瞬だけ赤く光った。すると男はローブの懐から石板を取り出した。


重々しい石板である。大きさ的には男の胸より大きい。おそらく異次元宝物庫から取り出したのだろう。


「カッカッカッ。出て来い我が下僕どもよ……」


すると男の周囲が揺らぎ出す。空間が捻れて波打っているのだ。


「我が下僕たちよ、殺すのだ。生ける者すべてを皆殺しにするのだ!」


すると歪んだ空間の扉が開いた。異次元宝物庫の扉が複数同時に開いたのだ。そこから大人数がワラワラと歩み出てくる。


「カッカッカッ」


笑う男。その背後に並ぶ人影。それらの姿はすべてが人であらず。全員が骸骨の成り。スケルトンの群れだ。しかも武器や盾、それに鎧を纏ったスケルトンも混ざっている。あっと言う間に林の中はスケルトンたちで溢れかえっていた。


男は広角を吊り上げながら言う。


「スケルトン100体。スケルトンファイター50体。スケルトンウォリアー20体。スケルトンアーチャー20体。スケルトンナイト10体。計200体のスケルトン部隊だ。もう、これは暗殺出はない。人海戦術による戦闘だ。一気に死者の波で押し潰してやるぞ、デズモンド公爵!」


カタカタカタカタカタッと一斉にスケルトンたちが笑うように骨を鳴らした。その打楽器のような音色は林を抜けて周囲に広がる。


「行けっ! スケルトン大軍団!」


一斉にスケルトンたちが走り出した。それはまさに骸骨の津波だ。向かう先はアトラスの屋敷である。


「カッカッカッ!!」


暗殺と言う戦闘が始まった。





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