第38話【デズモンド公爵⑥】
俺がミゼラちゃんと一緒に屋敷のロビーまで走ると家族やデズモンド公爵と鉢合わせした。皆も謎の襲撃に目を覚ましたのだろう。親父に関してはスレッチハンマーで武装していやがる。こいつは寝室に鍛冶屋道具を持ち込んで寝ているのかよ。よくもお袋が許したものである。
そんな親父が何が起きているのか訊いてきた。その大きな身体の背後に怯えるお袋が隠れている。
「アトラス、一体何があったのだ!?」
「知らんが屋敷が複数のスケルトンに囲まれている。ミゼラちゃん曰くデズモンド公爵を狙った暗殺者ではとか言っていたぞ」
すると俺の言葉を聞いたデズモンド公爵が疲れたような溜め息を吐いてから謝罪してきた。面目無いと言った表情である。
「済まない、タッカラ殿。おそらくミゼラが述べたことは正解だろう。私が王都を離れたことを良いことに刺客を差し向けた者が居るようだ」
デズモンド公爵はいつものことだと言いたげな表情だった。王国の将軍ともなると、この程度のことは日常茶飯事なのかも知れない。どうやら権力者には権力者なりの苦労があるようだ。
そして、謝罪を述べたデズモンド公爵がロビーの扉を開けて外に出て行く。その背中は背筋を伸ばして凛々しく振る舞っていた。刺客が差し向けられている人物には思えないほどに堂々と振る舞っている。微塵も暗殺に臆していない。
「デズモンド公爵閣下、出て行って大丈夫なのですか!?」
「問題無い」
親父やお袋はロビーに残ったが俺はデズモンド公爵の後ろに続いた。そんな俺の背後にアビゲイルが当然のように付いてくる。
屋敷から正面玄関前に出て行ったのはデズモンド親子に俺とアビゲイルだけである。そして、外に出た俺が見たものは騎士たちの背中であった。その向こうで正門の柵に引っ掛かるスケルトンの群れが見える。
俺たちが姿を表すと隊長だけが振り返る。そして隊長がデズモンド公爵に状況を報告してきた。
「閣下、また刺客のようです」
「今、またって言ったよね……」
俺が前方を見てみると複数のスケルトンたちが屋敷の門前に引っ掛かるように藻搔いていた。何か見えない壁に阻まれている。それは屋敷を囲む四方の壁で起きていた。
屋敷を囲む壁は1.5メートルほどの煉瓦作りで、上の部分は鉄柵だ。合わせて2メートル程しかない。強度も特別頑丈と言ったわけでもない。おそらくこれだけの数でスケルトンが軍勢と化して押し寄せて来るのならば壁を乗り越えるも押し倒すも叶うはずだろう。なのにスケルトンたちはどちらも叶わず藻掻いていた。
騎士たちはそれを眺めるように警戒している。しかし、焦ったり慌てる者は一人も居なかった。彼らもこの状況に慣れていると言った様子なのだ。
そして、隊長が屋敷の屋根を見上げながらデズモンド公爵に報告を続ける。
「とりあえずスケルトンアーチャーだけは早めに処分しました。そのままジョナサンとルーカスは屋根の上に待機させております」
その言葉を聞いた俺が屋根のほうを見上げると、弓矢を構えた人影を見つける。暗闇で良く見えないが、身なりが騎士風であった。
「残りのスケルトンたちは結界を突破出来ないでしょうな。念の為グランドールに魔除けの結界を貼らせておいて正解でした。このまま朝まで待ちますか。今は夏ば、あと3時間か4時間も経てば日も登りましょうぞ」
するとデズモンド公爵が自分の異次元宝物庫から長剣を取り出した。その長剣は巨漢のデズモンド公爵の背丈と同じぐらいの長さだった。しかも太い。人間が振るうには大きすぎる長剣である。
そして、デズモンド公爵が鬼の表情で言う。
「折角の刺客だ。こちらも礼儀を正して出迎えなければ失礼であろう」
「そう述べると思いましたぞ、閣下。ニヤリ」
隊長も静かに笑っていた。こちらに背を向けてスケルトンどもを警戒している他の騎士たちも背中で笑っていやがる。
俺は納得した。
「あー……。この人たちは戦闘狂だ……。騎士とか軍人であるまいに、戦うのが好きな連中を集めていやがるんだ……」
そうなると、これはトラップか?
デズモンド公爵自身を囮に使った罠なのか?
有り得るな……。
そんなことを俺が考えていると鎧を装着し終わったデズモンド公爵が気合を込めながら怒鳴った。配下に指示を飛ばす。
「これから正門方向の結界だけを解除する。ジョナサン、ルーカスは周囲を警戒。飛び道具の敵だけを処分しろ!」
すると屋根の上から返事が飛んで来る。
「「はっ!」」
「トーマス、ティムは屋敷内に戻りタッカラ夫妻を警護しろ。悪いが今回は討伐から外れてもらう!」
「了解!」
返答しながら二人の騎士が屋敷の中に素早く走って行った。
「カインとアベルは馬小屋を守れ。馬が傷付いたら王都に帰れなくなるぞ。意地でもお馬様を守り抜け」
「了解であります!」
言うデズモンド公爵は冗談混じりで述べていた。言われた側の二人も冗談混じりで返してくる。
「シソンヌとカルラは伏兵として待機だ」
「「はっ!」」
隊長と女騎士が返答する。おそらくシソンヌが隊長の名前で、カルラが女騎士の名前なのだろう。
俺は女騎士の背中をマジマジと観察する。身長は男の騎士たちと変わらない背丈。肩幅も広いし体格も立派な女性だった。頭にはヘルムを被っていてよく分からないが後ろ首から黒髪が少しだけ見えていた。顔が見えないために美人かどうかは分からないが、あまり期待出来る感じでもない。ゴリっゴリのゴリラっぽい体型なのだ。
「よし、行くか、ガイル、グランドール!」
騎士たちの間を抜けてデズモンド公爵が前に進んで行く。その後ろに二人の騎士が続く。
その背中を見て、不安を抱える俺がミゼラちゃんに聽いた。
「だ、大丈夫なのか、たった三人で突っ込んでよ……。相手は大群だぞ」
するとミゼラちゃんが涼しげに返す。ミゼラちゃんは抜いていたサーベルを鞘に戻していた。警戒を解いているのだ。
「問題ありませんよ、お父様ならば。何せ相手がスケルトン風情です。王国の将軍たるお方が遅れを取ることは万が一にも御座いませんよ」
ミゼラちゃんは微笑んでいた。実の父を心配すらしていない。いや、実の父の力量を信じているのだろう。
そして、二人の騎士が正門を開けた。するとデズモンド公爵を先頭に三人の戦闘狂がスケルトンの群れの中に勢い良く飛び込んで行く。
「ヒャッハー。戦闘だ!!」
「「ヒャッハー!」」
ああ、今、ヒャッハーとか叫んでいたよね……。こいつらマジで戦闘狂の変態軍人かも知れないぞ。
俺は少しそちらのほうが心配になって来た。怖い。
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