第33話【デズモンド公爵③】

「どう言うことだよ、結婚って!?」


俺がテーブルを叩いて怒鳴ってみせるが、それに肝を冷やすものは一人もいなかった。


父親は日焼けした顔を微笑ましながら吹きかけられた紅茶を拭き取っており、お袋はキャッキャキャッキャとミゼラちゃんと両手を叩き合わせてはしゃいでいた。そんなカオスな景色をデズモンド公爵は温かい笑みで眺めているのだ。ほのぼのしていやがる。


「どう言うことですか、デズモンド公爵!」


俺が悪鬼羅刹のよな眼光でデズモンド公爵を睨み付けると口髭の公爵は涼しげに言った。


「ミゼラをアトラス君に嫁がせて、それを機に男爵の称号を与える。それで晴れてタッカラ家は我がデズモンド家の眷属になるのだよ」


「そうじゃない。なんで俺とミゼラちゃんが結婚せにゃあならんのだ。それにミゼラちゃんの気持ちはどうなんだよ。政略結婚だぞ。嫌じゃあないのか!?」


するとミゼラちゃんは眉をキリリとさせながら力強く自分の意見を言い放つ。


「僕はアトラス先生と結婚できるなら、今からでもウェディングドレスに着替えましょうぞ!」


「うわ~、可愛い~。ミゼラちゃんにピンクのフリフリドレスを着せたいわ~」


興奮したお袋がミゼラちゃんのスーツを脱がそうと飛び掛かるが彼女はその頬を両手で押して抵抗していた。それでも明るく笑っている。


「なんで君は僕っ子のアイデンティティーを消しちゃうのさ。男装をやめたらあかんだろ!」


「アトラス先生が望むなら女の子らしいドレスにだって僕は堪えて見せます!」


「じゃあ、バニーガールのコスチュームを着ろって言うなら着てくれるわけなの!」


照れながら横を向くミゼラちゃんが小声で言った。


「アトラス先生が、望むなら……」


「やべぇ……。鼻血が出そうだ……」


こんな小柄で可愛らしいボーイッシュな僕っ子がバニーガール姿で一緒に24時間365日も居てくれるなら結婚してもいいかな~……。


いやいやいや、そうじゃない!


すると部屋の出入り口前で畏まっていたアビゲイルが静かに部屋の外に出て行った。どこに行くのだろうと思ったが、今はそれどころではない。俺は話を進める。


「そもそもミゼラちゃんは幾つなんだよ。まだ結婚できる歳じゃあないだろ!?」


そうなのだ。ミゼラちゃんは成人している歳には見えない。おそらく12歳か13歳の少女だろう。


この世界の成人は15歳だ。結婚が許されるのも15歳からである。だからミゼラちゃんが見た目どおりの年齢ならば、まだ結婚できる歳ではない。


「それなんだが、まだミゼラは13歳だ」


「やはりな」


「だが安心しろ。婚約は何歳からでも出きるぞ。それに秘密で婚約者同士がイチャイチャするのは合法だ。秘密で孕んだとしても私は咎めないぞ。その辺は裏に手を回してなんとでもしてやろうじゃあないか。何せ私は出来た親だからな」


「いやいやいや、そう言うのは出来た親とは言わないぞ。権力の無駄使いだ」


「まあ、今日この場で二人の婚約を結ぼうではないか。ガッハッハッハッ」


「断る──」


俺がボソリと呟いた刹那である。デズモンド公爵がスーツの懐から短刀を抜き出すと俺目掛けて振るう。


「フンッ!」


「うひょ!!」


縦一直線に振られた短刀が俺の鼻先を過ぎると容赦なく振りきられた。


「うそぉ~~~ん……」


デズモンド公爵の一振りに場の空気が瞬時に凍り付く。すると俺と公爵の間にあったテーブルが真っ二つに割れて崩れ落ちたのだ。


「う、嘘でしょう。今の一振りでテーブルを真っ二つに切っちゃったよ……」


凄い腕前である。流石は将軍だ。短刀でテーブルを両断できるなんて、相当ながら剣の腕前を積んでいるのだろう。軍人恐るべし……。


そして、デズモンド公爵がドスの利いた声で恐ろしげに言った。


「俺だってな、可愛い娘を嫁になんか出したくないわい。だが、うちにはアトラス君と同い年ぐらいの娘はミゼラしか居ないのだよ」


「あんたも嫌なら無理しなくっても……」


「だが、希代の天童彫刻家アトラス・タッカラ先生を我が一族に迎えられるなら、王国初の女騎士団長に育て上げようと企んでいたミゼラを嫁に差し出すのだって欲しくないのだよ!」


「王国初の女騎士団長って……。あんた、案外と大胆な計画を企んでいたんだな……。親としてマニアックだぞ……」


今度はミゼラちゃんが健気に言う。


「僕もアトラス先生のお側に居られるならなんだってします。それ程までにアトラス先生の作品は神々しいのですよ!」


「あ~……」


そう言えば、この僕っ子は最初っから俺のことを先生って呼んでいやがったよな。もしかして、俺の熱烈なファンなわけか?


ってか、熱烈を通り越して身も心も処女膜までも差し出しちゃうほどの大ファンってわけなのかよ。狂ってやがる。


ある意味で、怖っ!!


親父も飛び抜けて異常なぐらい大ファンならば娘も娘だわ。そこまで俺のフィギュアに夢中になるなんてどうかしてるぞ……。


否。もしかして、俺の作ったフィギュアにチャームの効果があるのかな。その可能性も出てきたわ。


すると、先程部屋を出て行ったアビゲイルが戻ってくる。その両手には畳まれた衣類があった。


『マスター』


「ど、どうしたアビゲイル?」


『マスターの寝室からバニーガールのコスチュームをお持ちしました』


「そう言う気は効かせなくってもいいからね!!」


「それは!?」


アビゲイルが持って来たバニーガールのコスチュームを見てお袋が駆け寄った。そしてバニーガールの衣装を両手で広げる。


「これは、数年前に失くしたお母さんのバニーガール衣装。それを何でアトラスちゃんが持っているの!?」


「いや、それは、えっと……」


ヤバイ。ついにバレた!


俺が洗濯籠からコッソリと拝借していたことがお袋にバレてしまった!


すると今まで黙っていた親父が言った。


「だからあの時言っただろう。バニーを盗んだのは俺じゃあないってさ」


「そ、そんな。でも、アトラスちゃんが盗んだなら、これで何をしたって言うの!?」


言えない。それは、言えない。実のお袋のコスチュームで如何わしいことに励んだなんて、口が裂けても言えない。


く、くそ……。ならば……。


「き、着てみたかったんだ。バニーガールの衣装をさ……」


「なんでよ、アトラスちゃん」


「男の子って奴は、思春期になるとバニーガールの服を着たくなるもんなんだよ。なあ、親父……」


「気持ちは分かるが、俺に振るな、息子よ……」


するとお袋が親父に問う。


「じゃあ、あなたも私のバニーガール衣装を着たことがあるのですか!?」


「い、一度だけ……」


「「あるんかい!」」


俺たちタッカラ家の人間がバニーガール衣装で揉めていると、ミゼラちゃんが素早くアビゲイルに駆け寄った。そしてアビゲイルからバニーガールの衣装を奪い取る。


「僕だってバニーガールぐらい着れますわ!」


おもむろにスーツを脱ぎ始めるミゼラちゃん。それを俺とお袋が止めた。


「ミゼラさん、こんなところで着替えては駄目よ。せめて奥で!」


「クンカクンカ……。ああ、これがアトラス先生の匂いかぁ~」


「匂いを嗅ぐな。この変態僕っ子が!」


「でも、僕がこのバニーガール衣装を着れば、晴れてタッカラ家の一員に成れるってことですよね!」


「うちの全員が着てるけどさ、そんな習慣はねぇ~~よ!!」





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