第32話【デズモンド公爵②】
俺は初めて目の当たりにした可愛らしい僕っ子を前に、緊張のあまりチンチロリンが立ってしまうのを腹筋に力を込めて堪えていた。
こんなところでおっ立ってしまったらお仕舞いだ。恥ずかしいとかの問題ではないだろう。公爵様の前で娘さんを見て勃起しているのだ。それは打ち首にされても文句は言えないほどの無礼である。
俺は少し腰を引きながらミゼラちゃんと握手を交わしていた。
柔らかい。マジで柔らかくって気持ちが良い手触りだった。こんな柔らかいお手々ならばいつまでも握っていたい。出きることならこの柔らかいお手々で俺のを握ってもらいたい。
おっと──。つい煩悩にまみれてしまった。この煩悩が握手を交わす手から伝わってミゼラちゃんにバレたら大変だ。そう思い握手の手を放そうとしたが、何故かミゼラちゃんのほうが俺の手を握り締めて放そうとしないのだ。
「す、凄いです……」
俺の手を握り締めているミゼラちゃんが、その手を見詰めながら呟いた。それはまるで感動しているかのような口調である。
「こ、これがアトラス先生の手なのですね。素晴らしいです!」
「あ、ああ。そうかな……」
困ってしまったのは俺のほうだった。俺より年下の女の子に手を褒められるなんてことは今まで一度も無かったからである。
それにしても何故に手を褒めるのだろう。それが疑問だった。
「ミゼラ。その辺にしておきなさい。アトラス君が困っているぞ」
「あっ、はい、お父様!」
父親に言われて我を取り戻したミゼラちゃんが俺の手を解放してくれた。その表情はほんのりと赤く染まっている。どうやら照れているらしい。
マジでこの僕っ子は可愛いな。ペロペロしたいぞ。
そんな感じに俺も照れて見せた。すると父親が俺に言う。
「まあ、アトラスもこっちに来て座りなさい。話があるから」
「ああ……」
俺は父親に促されてお袋が腰掛けている長ソファーに腰を下ろした。向かいにはデズモンド親子が座っている。アビゲイルは部屋の入り口側に静かに立っていた。
するとドロシー婆さんが紅茶を運んでくる。そして皆の分を注ぐと部屋を出て行く。
「それで、公爵陛下。今日は何用ですか?」
紅茶を啜りながら俺がデズモンド公爵に問うと紳士を気取る将軍が友好的な口調で言った。
「聞いたぞ、アトラス君。なんでも新しいゴーレムを作ったそうじゃあないか」
何かを期待するデズモンド公爵は笑顔である。
俺は飲んでいたティーカップをテーブルに戻すと入り口横に立つアビゲイルを一瞥してから述べた。
「あそこに立っているのが件のゴーレムです。今作は公爵の述べたとおり美少女をイメージして作りました」
「おお、これがか!」
席から立ったデズモンド公爵がアビゲイルの元に歩み寄る。するとマジマジと彼女を見回した。
「素晴らしいな。遠目で見たのならば人間とみまちがえるほどの出来ではないか」
「公爵閣下の助言のお陰です」
俺は媚を売る。この人にはそれだけの価値があるから仕方がないのだ。
「それで、これはいくらだ?」
俺は首を横に振りながら残念そうに先客が居ることを告げる。
「アビゲイル四式は、既に売却先が決まっております」
「なんと、それは何者だ。いくらで売却予定なのだ。私ならば、その倍は出すぞ。いや、三倍は出すぞ」
「残念ですが、それは公爵閣下でも無理な金額です」
「なに……」
「先客の買い取り金額は大金貨1000枚以上の予定であります」
「な、なんだと。大金貨1000枚だと……」
「はい」
「それは、どこの道楽富豪だ?」
アビゲイルの売り先を俺に問い詰めるデズモンド公爵の瞳は殺伐としていた。売却先の相手を殺してやると言いたげな眼差しである。
なので、俺は隠さずにミラージュの名前を出した。
「公爵閣下はミラージュと名乗る魔女を知っていますか?」
「ッ!」
俺の口から出たミラージュの名前を聞いてデズモンド公爵の態度が変わる。驚きの後に諦めた表情を浮かべた。
知っているんだ。デズモンド公爵はミラージュを知っている。だからこの反応なのだろう。
すると再び覚めた眼差しに戻ったデズモンド公爵が、俺に口髭が接触しそうなぐらいまで顔を俺の耳元まで近づけて小声で言った。
「その名を私以外の前で出すな。詳しくはまたの機会に話そう……」
その深刻な声色に俺は返した。
「相当な秘密なのですか?」
「国家秘密級だ……」
そう囁いたデズモンド公爵が笑顔で元居た席に戻っていく。
「まあ、先客が居るなら仕方ないだろう。それなら横取りも失礼だな。だがしかしだ。五号機を作ったのならば、是非に私に譲ってくれたまえ。天童アトラス・タッカラ先生が作ったゴーレムならばいくらでも出せるぞ、私は」
「有り難うございます。ですがゴーレム作りは素材集めが困難です。それに時間も桁違いで掛かります。今はまだ小型のフィギュアで我慢してください、公爵閣下」
「それも買う。しかしゴーレムも買う。君が作った物ならばなんでも買おう。それだけだ」
「大変感謝しています」
まあ、この人は金蔓だ。無下にも出来ない。
それに親父もお袋もデズモンド公爵に取り入ろうとしているようだ。この二人の夢は貴族に成ることなのだ。もう平民では我慢できないのだろう。
そして、更に上機嫌な素振りを見せるデズモンド公爵か言った。
「それでは次の相談なのだが──」
どうやらまだ何かあるらしい。だから王都からわざわざ何日もかけてやって来たのだろう。
俺は紅茶を一口飲んで心を落ち着かせる。
「唐突だが、アトラス君とミゼラの婚姻についてなのだが」
「ぶぅぅううううう!!!」
俺は口に含んでいた紅茶を豪快に吹いた。親父の顔を紅茶で汚す。しかし、紅茶を吹き掛けられた親父は冷静であった。何かに耐えている。
そんなことよりも俺はデズモンド公爵を問い詰めた。
「俺の結婚ってなんだよ!」
興奮してしまった俺は素を出していた。口調がいつもの乱暴なものに戻ってしまう。
「だから、アトラス君の元にミゼラを嫁がせる」
「ええっ!!」
驚きのあまり興奮してしまう俺とは余所に、他の連中は冷静だった。
親父とお袋はニコニコ微笑んでいるし、当人のミゼラちゃんも恥ずかしそうに俯いてはいるが嫌そうではない。慌てているのは俺だけだった。
「な、なんで俺と彼女が結婚するんだよ!」
デズモンド公爵はスーツの袖を直すとあっさりと述べる。
「簡単な理由だ」
「簡単……?」
「政略結婚だよ」
「政略結婚だと!?」
「君がミゼラを嫁に取り男爵になる。それで我が家の眷属に加わるのだよ」
「な、なんで!?」
「それを、君の父上も母上も望んでいるからだ。何より私も望んでいるからだ」
俺が両親のほうを見てみれば二人がタブルピースで笑顔を咲かせていた。
はめられたのだ。俺は両親にはめられて売られたのだ。
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