第31話【デズモンド公爵①】

俺は自室の工房で、物覚えに耽りながらフィギュア作りにせいを出していた。部屋の窓際に置かれた作業台の上には様々な形の刀身の彫刻刀が並び、削り出したフィギュアの木片が散らかっている。


俺はドラマチックショップ・ミラージュから買えるとすぐさまフィギュア作りに取り組み始めたのだ。


衝撃的だった。あの不思議な店で観たマジックアイテムの数々。それは、俺の人生設計を大きく変えるほどに凄かった。


あの宝具のどれでも良いから欲しい。本気でそう願っている。あれらのマジックアイテムを手に入れられるならば、どんな苦難ですら乗り越えるだけの覚悟が決まるだろう。


そこで俺は、少しこれからの計画を変更することにした。それは少しである。


本来なら冒険を繰り返して、資金が尽きたのならばフィギュアを作って路銀を稼ごうと思っていたのだが、その辺を少し考え直したのだ。


それは月の半分を冒険に費やし、残りの半分をフィギュア作りにせいを出すことにした。冒険でも稼いで、フィギュア作りでも稼ぎを出して行こうと決めたのである。


なので冒険の仕事も依頼量の多いものを優先して受けていくつもりだ。


そして、ふたつの仕事から稼いだお金でアビゲイルを強化していこうと思う。そうすれば、アビゲイルの戦力も上がり、レベルの高い依頼もこなせるようになるだろう。それにアビゲイルが強くなればなるほどにミラージュから借りられる金額が増えていくのだから。


それが効率の良い稼ぎかただと考えたのだ。


まあ、そんな感じで最終的には大金貨1000枚分以上もアビゲイルを強化して行ければ良いと思っている。


そうすれば、いずれ宝具のようなマジックアイテムだってひとつぐらいは手に入れられるだろう。


「ア~ト~ラ~ス~。ひ~ま~だ~よ~」


俺の周りをうろちょろと飛び交うアンジュが退屈そうに駄々を捏ねていた。アビゲイルは部屋の隅で置物のように微動だにも動かないで立っている。


「うるせぇ~よ。暇なら一人で外にでも行って遊んでろよ」


「え~。ひとりじゃあ詰まらないよ~。アトラスが遊んでくれなきゃ嫌だ~」


この我が儘妖精は本当に小五月蝿い。これではフィギュア作りに集中出来ない。


「ねぇ~。あたいがオ◯ニーするから観ていておくれよ~」


「ふざけんな。俺は仕事中なんだ、オ◯ニーするなら一人でやってろ。この馬鹿ビッチ妖精が!!」


俺は蝿でも叩き落とす勢いで腕を振るった。しかし、その攻撃は空振る。


「うわ~~ん。アトラスがマジで切れた~。怖いよ~」


凄いスピードを出して飛び交うアンジュがドアの隙間から廊下に逃げて行った。これでしばらくは静かになるだろう。


っと、思ったら今度はアビゲイルが部屋の隅から俺に話し掛けてきた。


『マスター。アンジュ様のオ◯ニーで満足出来ないのならば、私がオ◯ニーを披露しましょうか?』


「お前も黙ってろ、アビゲイル!」


『畏まりました、マスター』


「どいつもこいつも……」


俺がカリカリしながら木彫りを彫っていると、窓の外に馬車が走ってくるのが見えた。


それは二頭立ての黒馬車である。更に後ろには騎馬が十騎ほど並んで付いてきていた。おそらく乗っているのは金持ちか貴族だろう。そして、後ろの騎兵は護衛の兵士だろうさ。


「物々しいのが来たな……」


俺は作業の手を休めて二階の窓から下の一団を見下ろす。誰が黒馬車から降りてくるのかを観察する。


すると馬車から降りてきたのは大柄の男性だった。白髪の七三に切り揃えられた白髭。それに上等なスーツを着ている。それはザ・貴族様っと言った身形である。


その中年男性は二階の窓から見下ろしていた俺に気付くと柔らかい微笑みを築いて片手を上げて挨拶を飛ばしてきた。笑顔は柔らかいが素の顔付きが怖い紳士だった。間違いなく体育会系である。


「あれは……」


知っている顔である。俺が売っているフィギュアをちょくちょく買ってくれている貴族のデズモンド公爵だった。


「デズモンド公爵か。これはこれは大物のお越しだな」


更にデズモンド公爵に続いて知った顔の二人が馬車から降りてきた。それは俺の親父とお袋だ。


親父は元鍛冶屋だけあって体格が大きい。それに顔が日に焼けており厳つい。英雄級の兵隊と思われても可笑しくないほどに勇ましいのだ。


それとは引き換えにお袋は淑やかだ。本当は田舎生まれの田舎育ちなのだが、それとは裏腹に気品に溢れている。まあ、それもこれも目映いばかりのドレスのお陰なのだけれども。本当はお人好しの田舎娘である。


更にもうひとり馬車から降りてきた。それは小柄な子供。金髪のショートヘアーに子供用のスーツ。凛々しい顔立ちの少年だった。おそらくまだ15の成人を越えていない年頃だろう。それだけ少年は幼く見えた。


そして、二人の来客は父に招かれて屋敷に入って行く。騎馬兵たちだけが屋敷の前に残る。それからしばらくするとドロシー婆さんが俺の工房に顔を出して俺に客間までくるように告げに来た。


やはりデズモンド公爵の目的は俺のようだ。何しろあの人は俺のフィギュアの大ファンだからな。また新作を譲ってくれって懇願しに来たのだろう。


「はぁ~……」


俺は溜め息を吐くと工房から出て客間を目指す。その後ろにアビゲイルが続いた。幸いアンジュの姿は見えない。どこかでひっそりオ◯ニーでも励んであるのだろう。小五月蝿いのがいないで助かったぜ。


「俺、接客は苦手なんだよな~」


愚痴りながら客間の扉の前に立つ俺。衣類に木片が付いていないかをチェックした後にノックする。


コンコン──。


「父上、母上、アトラスが参りました」


俺は扉の外で礼儀を示した。本来ならこんな堅苦しいのは嫌いなのだが客が公爵となれば話は別である。


デズモンド公爵は王族の血縁者だ。王位継承権は圏外に近いが権力だけはそれなりに持っている。それに軍人で将軍だ。だから怒らせてしまうと厄介なのである。


「入りたまえ、息子よ」


太い声に招かれて俺は扉を開ける。するとソファーに腰掛けていた客人が立ち上がった。


「やあ、アトラス君。久しぶりだね」


デズモンド公爵から声を描けてきた。親父と変わらないぐらい太い声だったが、威厳はデズモンド公爵のほうが高い。乗り越えて来た修羅場の数が違うのだろう。


そして、続いてデズモンド公爵が隣に立っている少年を俺に紹介してくれた。


「アトラス君はこれに初めて会うだろう、紹介するよ──」


デズモンド公爵に言われて隣の少年を観てみると、彼の凛々しい顔立ちに驚いた。


金髪でスマートな顔立ち。それでいて嫌みな感じは微塵も無い。まだ幼さを残していながら凛としている。それに何より美少年だった。


体格もスマートだ。背筋をシャキッと伸ばしている。スポーツ万能なのだろう。そんな感じに伺えた。


なによりも正義。その言葉が良く似合いそうなぐらいの少年だった。


更にデズモンド公爵の紹介が続く。


「これは我が家の三女のミゼラでな。これからも宜しく頼むよアトラス君」


「えっ?」


俺は間抜けな声を漏らしてしまった。目を点にさせてしまう。


「さ、三女なんですか……?」


「そうだ。ミゼラはうちの三女だ」


おーんーなーのーこーだー!!!


この男装の令嬢は女の子だぁぁあああ!!!


俺が仰天しているとミゼラと紹介された女の子が俺の前まで歩み寄り片手を差し出して握手を求めてくる。


「僕の名前はミゼラ・デズモンドです。アトラス先生、今後とも宜しくお願いします」


元気一杯の挨拶に笑顔がスイートピーの花の如く咲いていた。


か、可愛い。しかも僕っ子だよ。これは堪らない。ペロペロしたいよ。


俺は震える手を伸ばしてミゼラと握手を交わす。


「お、俺の名前はア、アトラスだ。よ、よろしくな……」


柔らかい。ミゼラのお手々がマシュマロのように柔らかかった。そこから彼女が乙女だと感じられる。お陰で恥ずかしながらどもってしまったじゃないか……。


やべぇ……。


こんな可愛いのにボーイッシュで素直そうなんだもん。俺だってキュンキュンしちゃいますがな。






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