第30話【ミラージュとの契約】
それにしても凄いマジックアイテムの数々である。ドラマチックショップ・ミラージュの陳列棚に並ぶ商品は、どれもこれも一級品のマジックアイテムばかりであった。
確かにこれらをひとつでも手に入れられたのならば、人生がドラマチックに激変するのは間違いないだろう。
「この眼鏡はなんだ?」
「それは鴛鴦検査眼鏡だな」
「鴛鴦検査眼鏡?」
「それを装着して異性を観ると、その異性と結婚したのならばどれ程の相性かがパーセンテージで分かる眼鏡じゃ」
ほ、欲しい……。
「この鞭はなんだ?」
「その鞭は恋愛のウィップだな」
「恋愛のウィップ?」
「その鞭でしばかれた者は、しばいた者に恋心を抱くのじゃ」
ほ、欲しい……。
「じゃあ、この仮面はなんだ?」
「その仮面はカリスママスクだな」
「カリスママスク?」
「その仮面を付けていると異性には好みの顔に見えてしまうマジックアイテムだ。まあ、モテモテになるってことじゃ」
ほ、欲しい……。
「じゃあ、この長細い布切れはなんだ?」
「それは成長の褌じゃな」
「成長の褌?」
「その褌を一年間着用していると、男の一物が一回り大きく育つマジックアイテムじゃ」
ほ、欲しい……。
「じゃあ、このティアラはなんだ?」
「そのティアラは女体化の髪飾りじゃな」
「女体化の髪飾り?」
「そのティアラを嵌めた者は美しい女性に変身するマジックアイテムじゃ。ゴブリンだって美女に変身するぞぃ」
ほ、欲しい……。
畜生。どれもこれも欲しい一品ばかりだ。しかも能力が俺の好みな物ばかりである。
なんだ、この店は!
まさに神々の宝物庫か!
大人のアダルトショップか!
これらのマジックアイテムならば大金貨1000枚でも安いかも知れない。絶対どれかひとつぐらいは買って帰りたいぞ。
だが、俺には大金貨1000枚なんて大金なんて用意出来ない。大金貨1000枚分のお金を貯めるのにフィギュアを何体作らなければならないことか。たぶん100体以上は作らないと大金貨1000枚なんて用意出来ないぞ。
「フィギュア100体以上か……」
売り物になるフィギュアとなると一体作るのに三週間から一ヶ月は掛かってしまう。それなのに100体となると何年も必要だ。おそらく十年以上だろう。流石にそれだけの時間をフィギュア作りだけに費やせない。冒険が出来なくなってしまう。
「畜生、欲しい物ばかりなのに、俺には買えるだけの金が無い……」
俺が泣き言を溢していると、ミラージュが煙管の煙を吐きながら言った。
「値引きなら、考えてやろうぞぉ」
「マジか!?」
俺は即時に食いついた。そんな浅はかな俺を観てミラージュが怪しく微笑む。
「ここの店はお客の願望をドラマチックに叶えるのが目的の店だ。だからお客のドラマチックも買い取っている」
「ドラマチックを買い取る?」
意味が分からん。このお色気ババァ、また怪しいことを言い出したぞ。俺を騙す気か?
長ソファーに横たわるミラージュが優雅に煙管の煙を天井に向かって吐き捨てる。その煙が霧散すると更なる説明を始めた。
「要するに、御前さんのドラマチックを買い取ると言っているのだ」
「ドラマチックを買い取ってくれるのか?」
「そう言うことじゃ」
意味が分からん。やっぱり騙す気満々だな。
「ん~。まだ言っている意味が理解出来ぬのだが?」
ミラージュが煙管の先を俺に向けると鋭くも怪しげな眼差しで述べる。
「貴様の所有しているマジックアイテムを、高額で買い取ろうと言ってるのじゃ」
「俺の所有するマジックアイテムを買い取るって、物々交換か?」
「それに近い提案だ」
「だが俺は、ここの品物ほどのマジックアイテムなんて持ってないぞ」
ミラージュが目を細めながら言う。
「持っているではないか」
「持ってないってばよ」
「店の外にあるじゃあないか。ゴーレムが」
「アビゲイルか!?」
そうだった。あいつもマジックアイテムと言えばマジックアイテムなのだ。
「そうじゃ。あれなら大金貨300枚で買い取れるぞ」
「それでも300枚かよ……」
売れない。その程度の価格ではアビゲイルは手放せない。それだけアビゲイルの製作には時間をかけている。
そんな俺の表情を読み取ったかのようにミラージュが提案してくる。
一式、二式、三式を経て、ついに完成した四式。それら全機に掛けた時間は数年である。それらの結晶がアビゲイルに詰まっているのだ。まさに俺のゴーレム作りのドラマが詰まっているのだ。それを簡単には手放せない。
「すぐに売れとは言わんよ。お主が死んでからでも構わんぞ」
「死んでから……」
おいおい、物騒なことを言い出したぞ。この魔女が。
「アイテムの引き取りは、お主が死んでからで構わん。何せ妾はアンデッドだからのぉ。時なら無限に待てる」
「あんた、アンデッドなのかよ」
「幻覚で化粧を施しているが、本当はホネホネのスケルトンじゃぞ」
「怖ッ。じゃあそのおっぱいも偽物かよ!」
俺はピーーンっと来た。
「ミラージュ。あんた、そうやってここにあるマジックアイテムを集めたな」
「半分は正解じゃ。まあ、何せここはドラマチックショップだからのぉ。他人のドラマを商品として扱っているだけじゃわい」
「物は言いようだな」
「カッカッかッ」
「じゃあ、俺が死ぬまで何年でも待てるのか?」
「当然じゃわい。今も他の客の死をいくつも待っているところじゃぞぃ」
「まるで悪魔か死神だな」
「否。ただの商人じゃわい」
「まあ、いいや。その契約を結んでやろうじゃあないか」
「良い判断じゃ」
するとミラージュは胸の谷間からスクロールを一枚取り出した。それは契約の書類である。
そこに俺は記載した。アビゲイルを担保に大金貨300枚を都合付けてもらう。
「ただしだ。この金額は当店でしか使えない金額だぞ。うちでの専用通貨じゃ」
「分かってるよ。ここでの買い物でしか使わない。だから大金貨も俺には見せてもくれないんだろ」
「当然じゃわい。まあ、残りの大金貨が貯まったら来店すると良いぞよ。それにあのゴーレムが強化されればされるほどに、この貸し金は増えていくと考えるがよい」
「どう言うことだ?」
「あのゴーレムが追加武装したのならば、それらも一緒に買い取ろうと言っているのだ。その追加武装分だけ貸し金も増えていくってわけじゃ。だから、最終的には大金貨300枚以上を貸すと言っているのだ」
「その条件でゴーレムの引き渡しは、俺の死後でかまわないと言っているのか?」
「そうじゃ」
ならば、俺が生前にどれ程アビゲイルを強化しても、その代金はこの店から回収できると言うことではないのだろうか。それだと、完全に人生の前借り状態だ。
これは、ますます眉唾な話になってきたぞ。
俺は鴛鴦検査眼鏡を手に取るとミラージュに訊いた。
「ならば、俺がアビゲイルを大金貨1000枚分まで強化出来たら、ここのアイテムをひとつ貰えるって仕組みにならないか?」
「そうなるのぉ」
やっぱりインチキ臭い。
「だが、ここで買ったマジックアイテムは、お前さんの死後にすべて回収させてもらうぞょ。それも契約のひとつじゃ」
「なるほどね。そう言う落ちかよ。それならあんたに損はひとつもないってわけだな」
「そうなるのぉ~」
どうせ俺が死んだらマジックアイテムも金も墓場までは持っていけないのだ。ならばこの契約を結んでも俺には損が無いのではないだろうか。これは悪魔の契約よりもお得かも知れないぞ。
ならば、更なる疑問。
「ここには、次からどうやったらこれるんだ?」
「その時が来たらケット・シーが導くだろうさ」
「じゃあ、他に要らないマジックアイテムが手に入ったら買い取ってもくれるのか?」
「それがドラマチックならば買い取ろうぞよ」
「曖昧だな」
そう俺が呟いた刹那、周囲が目映く輝いた。その光に俺の目が眩むと周囲に町の雑踏が復活する。
「なに?」
俺が振り返ると、そこには商店街の通りが見えた。俺は裏路地に立っていたのだ。驚く俺の前には地面に伏せているアビゲイルの姿があった。ゆるゆるとアビゲイルが立ち上がってくる。
『マスター、ご無事でありますか?』
「ああ、案ずるな。無事だからさ……」
「ムニュムニュ、もう飲めないよ~」
声の方を見ればアンジュも無事である。民家の手摺の上で呑気に酔い潰れている。
俺は裏路地から青い空を見上げながら呟いた。
「まるでタヌキに騙されていたかのようだな……」
ミラージュか──。何者なのだろう。今度詳しく調べてみても良いだろうな。何より捨て置けない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます