第17話【ゴブリンとの戦闘・後編】
戦闘開始と同時に女性用の下着を纏った二匹のゴブリンを拳で撃破したアビゲイルが更に下着姿のゴブリンたちに攻撃を仕掛ける。
アビゲイルは水面を流れる水のようなフットワークでゴブリンに迫ると素早いパンチで次々とゴブリンを撃破していくのだった。
最初の二匹を撃破して僅か数秒だっただろう。更に後方に居た三匹のゴブリンを既に殴り殺している。
流れるように速い攻撃の数々であった。ジャブ、フック、ストレート、アッパーにチョッピングライト。更にはコンビネーション。様々な拳打でゴブリンの頭部をスイカのように砕いていくのだ。
そして、次々と倒れていくゴブリンたちが着ているランジェリーの下着が美しかった。綺麗な女性用下着から儚さを感じる。
「これは、凄いな……」
見ているだけて理解できるアビゲイルの強打。撲殺されたゴブリンたちの目ん玉が飛び出したり顎が砕かれて玉砕していた。
そして、残った六匹のゴブリンたちは腰が引けている。彼らにも理解できているのだろう。アビゲイルとの戦力差が。
だが、ここに来てアビゲイルの動きが止まる。ファイティングポーズを解いて自分の手の平を眺めていた。
「どうした、アビゲイル?」
もう数的な不利が解消出来たと思った俺は森から姿を表すと両手を眺めるアビゲイルに声を掛けた。するとアビゲイルが自分の両手を俺のほうに向けて言った。
『マスター。両手の指が破損しました』
「えっ?」
俺がアビゲイルの指を凝視してみると、確かにアビゲイルの指が何本か破損している。それは関節部分から折れて変な方向に曲がっているのだ。
「自分のパンチの威力に拳が耐えられなかったってやつか……」
人間の拳とは案外と脆いものだ。頭蓋骨のような硬い部位を殴れば指の骨が折れることも珍しくない。
それが筋力を鍛え上げられたプロボクサーとなるとなおのことである。だからボクシングは拳を守るためにグローブを嵌めているのだ。
その辺に関してはアビゲイルも同様だったようだ。
作り物の拳とは言え、指は体の中でも様々な作業こなすために細い骨に多くの精密な関節を有している。だから身体の中でも脆い部位だ。そのような部位で硬い物を殴れば破損しても無理がない。
「アビゲイル、自分の強打に指が耐えられなかったんだ。残りの討伐は、攻撃方法を変えろ」
『どのような攻撃を仕掛ければ良いのでしょうか?』
「そうだな……」
考える俺の視線にゴブリンたちが落とした武器が目に入った。
「そうだ。単純に武器を使えよ」
『畏まりました、マスター』
返答したアビゲイルが足元に落ちていた鉈を拾い上げる。数本の指が破損している様子だったが武器は掴めるようだ。これも痛みを感じないからだろう。
『では、この鉈でゴブリンを討伐します』
「よし、頑張れ、アビゲイル!」
『畏まりました、マスター。頑張ります』
そう言うとアビゲイルが蟹股でピョンピョンと跳ねながらゴブリンに迫って行った。その姿は間抜けでしかも馬鹿っぽい。
「え、ええ……。なんで?」
俺がアビゲイルの動きの変貌に驚いているとアビゲイルが鉈でゴブリンに切りかかる。だが、やはり、その振りもヘッポコだった。完全に素人の攻撃である。
「もしかして、あいつ。ゴブリンの戦いかたを摸倣しているのか……?」
ゴブリン数匹とチャンバラごっこを繰り広げるアビゲイル。その戦力は素手のころと比べて明らかに低下していた。しかも数で押されてゴブリンの攻撃をアビゲイルは受けている。棍棒で叩かれたり槍で突かれているのだ。
「やべぇ。急に押され出したぞ!」
ゴブリンの攻撃は強度の高いアビゲイルに効いてはいない様子だったが、それでもメイド服が攻撃を食らう度に破けて行く。アビゲイルは回避のフットワークすら出来ていないようだ。
「武器を持っただけで、こんなに弱くなるのかよ……」
俺が呆れながら観戦していると一匹のゴブリンと目が合った。
「あっ……」
「ゴブ──」
俺の脳裏にヤバいと言葉が浮かぶ。その途端、ゴブリンが奇声を上げながら俺に向かって走り出した。
「キョェエエエエ!!」
「マジでヤバい。こっちに来た!!」
俺はショートソードを両手で確りと構えると迫り来るゴブリンを睨み付けた。
殺れるはずだ!
俺だって冒険者の端くれである。ゴブリンの一匹ぐらい倒せるはすだ!
だが、怖い。俺がこの異世界に転生して16年。しかし、こんな間近でゴブリンを見るのは初めてだった。間近で見るとやはり雑魚ゴブリンだってモンスターなのだ。だから、やはり怖いのだ。腰が引けてしまう。
「キョェエエエエエ!!!」
迫り来るゴブリンは棍棒を振りかぶりながら俺に襲い掛かって来た。その姿はブラを着込みパンティーを履いているが凶器なモンスターだ。間抜けではあるが俺を殺す気満々である。
そんな姿に若干ながら臆する俺だったがショートソードを盾に棍棒を受け止めた。
「か、軽いっ!」
ゴブリンの初弾を受け止めた感想がそれだった。予想外ながら本当に軽いのだ。
俺だって護身術程度の武術は習っている。その時に指導してもらった先生の剣技に比べたらゴブリンの一振りは軽かったのだ。そこに勝機を見出だす。
「これなら行けるぞ!」
俺がそう叫ぶとゴブリンと俺との鍔迫り合いが始まった。
「ぬぬぬぬぬぅ!」
「ゴブゴブゴブ!」
武器と武器で押し合う両者。身長も同じぐらいだったが、パワーも五分五分。
だが、押し合いの均衡を破ったのは俺の前蹴りだった。俺がゴブリンの隙を付いて腹を狙って蹴りを放ったのだ。
「それっ!」
「キャン!」
俺の爪先がゴブリンの腹部にめり込む。否、ちょっと狙いが逸れて腹より下の部位に命中したのだ。
そこはキャン玉だった。キィーーーンと効果音が響く。
するとゴブリンは双眸を限界まで見開いて、顎を最大値まで広げると苦痛を表現していた。脂汗を流しながら泣いている。
「す、済まん。わざとじゃあないからな……」
「ぅぅぅ……うぅ……」
ゴブリンは表情を歪めながら一歩後退した。股間を両手で押さえながら内股で両足を震わせている。
その間抜けな光景を観て俺はチャンスを悟る。
「チャンスだ!」
ゴブリンはノーガード状態。その首を狙って俺の一閃が煌めく。ゴブリンの喉仏をショートソードの切先で切付けた。
「ぐはっ!!!」
「どうだッ!」
切られた喉から鮮血を散らすとゴブリンが後ろに倒れた。俺はその胸にショートソードを突き立てる。ズブリっと生々しい感触がショートソードから俺の腕に伝わってきた。
勝った!
「よし、やったぜぇぇええええ。とったどぉぉおおおお!!」
絶命するゴブリンの胸からショートソードを引っこ抜いた俺が勝利の雄叫びを上げると、それを見ていたアビゲイルが壊れかけた手で拍手をしてくれた。
『お見事で御座います、マスター』
パチパチと手を鳴らすアビゲイル。その周りには血みどろに刻まれたゴブリンたちの死体が転がっていた。もう既にゴブリンたちは壊滅していたのだ。
どうやらアビゲイルは剣技がヘッポコでもパワーだけでゴブリン数匹を押しきったようである。そもそもパワーだけでアビゲイルならばゴブリンぐらいならば全滅できたのだろう。
だが、アビゲイルの身形はボロボロである。可愛らしいメイド服がズタボロになっていた。そうとうゴブリンの攻撃を受けてしまったのだろう。しかし、本体には何ひとつ傷は無い。
「流石は頑丈なのが取り柄だな……」
俺が安堵しているとアビゲイルも問うてきた。
『マスターもお怪我は御座いませんか?』
「ああ、無傷だよ」
俺の返答を聞いたアビゲイルは無表情のまま畏まった。その表情からは何を考えているか分からない。
まあ、とにかく勝ちである。俺たちの勝利だ。
こうして俺の冒険での初戦は終了する。ゴブリン討伐完了だ。
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