第10話【モンスター図鑑】
次の日に俺は再びギランタウンの冒険者ギルド本部にアビゲイルを引き連れて出向いていた。冒険者としての登録が済んだことだし何か仕事を受けようと考えたからである。
そして、俺が酒場の入り口をくぐると再び冒険者たちの視線が集まった。だが、その反応は前日とは異なっていた。まだ距離を感じる眼差しだったが悪意に近い眼差しは感じられない。
「ギルメン同士の喧嘩は御法度。その掟は絶対のようだな」
そして俺はギルドカウンターに立つジェシカの元に進んだ。
「よう、ジェシカ。今日も元気で働いているかい?」
俺が声を書けると幼馴染みのジェシカが明るい笑みで受け答えてくれた。だが、その笑みはビジネススマイルの気配が多い。
「いらっしゃいませ、アトラス様。今回は何用ですか?」
俺はよそよそしいジェシカの豊満な胸をガン見しながら両手の指をワシャワシャと嫌らしく動かしながら言った。
「ジェシカ。もしも肩が凝ってるならば、俺がおっぱいを柔らかく揉みしだいてやろうか?」
「なんでそうなるの。本当に何しに来たのよ、変態アトラス……」
俯いたジェシカが額に血管を浮かべながら小刻みに震えていた。もう一押ししたら殴られそうなのでここは話を真面目な物に戻そう。
「冒険者として仕事を探しに来たに決まってるだろう。お前の胸を眺めるだけで俺がここに通うほど暇なスケベだと思ったか」
明るく振る舞う俺とは裏腹にジェシカが冷めた眼差しで俺を見ていた。怒りを示すために大きな胸を抱えるように腕を組んでいる。その態度が思春期な少年の煩悩を擽った。
「じゃあ、私のところに来る前に掲示板から依頼書を選んでからこっちに来なさいよ」
「その前に細かいルールの説明を訊きたくってさ」
「そんなもの無いわよ。仕事を選んでギルドカウンターに申請する。仕事が成功したら本部が預かっている報酬が支払われる。それだけの至って簡単なルールだけよ」
「それだけなのか?」
「あとはモンスター討伐した際は、証拠品を持ち帰れば追加で討伐報酬が支払われるわ」
「討伐報酬って?」
「モンスターを倒した証拠品よ。例えば亜種系のモンスターなら片耳を削いで持ってくるとか、頭を丸ごと刈ってくるとかね。あとレアリティーが高いモンスターは解体すると高値で売れる部位が多いから死体ごと持ってくるのも有りよ。肉だけでも高く売れるモンスターだって少なくないから気を使ったほうがいいわ」
俺はジェシカの可愛い顔を指差しながら真顔で言った。
「そう言う説明を訊きたかったんだよ。ちゃんと説明してくれよな」
「じゃあ、こんな本をギルドで売ってるけど、いる?」
そう言うとジェシカはカウンターの下から一冊の本を取り出した。その本の表紙にはモンスター図鑑と書かれている。
「モンスター図鑑かよ」
厚紙のハードカバーの本である。
この世界では本は少し高級品だ。そもそも紙が質次第で高級品の部類に含まれる。
そして、ジェシカは適当にページを開くと本の内容を見せながら説明してくれた。
「このギランタウン周辺に生息しているモンスターに限るけど、どの部位が売れるとかが記載されているから最初のうちは参考になると思うわよ。例えばこのジャイアントレイクロブスターとかなんて尻尾の肉が食べれるから買い取りが多いとかね」
俺が本を覗き込むと版画で印刷された大きなザリガニの絵が描かれていた。その対比に剣を持って戦っている戦士も描かれてたからジャイアントレイクロブスターの大きさが一目で分かる。おそらく3メートルの巨体だ。
「なんだ、便利な本があるんじゃないか。ならばそれを一冊売ってくれ」
「金貨1枚になります」
小首を傾げたジェシカが満面の笑顔で言った。その笑みにはアザとらしさが溢れている。
「少し高くないか?」
この国での通過は銅貨100枚で銀貨1枚分。銀貨100枚で金貨1枚分。金貨100枚で大金貨1枚分となっている。
そして、一般市民の一食が銀貨1枚から2枚程度が相場である。庶民の家賃などが1ヶ月で金貨1枚から5枚ぐらいだろう。
なので本が一冊で金貨1枚とは高いかも知れないが、この世界では版画印刷がかろうじてあるぐらいだから相場ぐらいなのかも知れない。
するとジェシカが悪びれる様子もなく言った。
「本当の価格は70銀貨だけど、残りの銀貨30枚分はアトラスから私への御布施よ」
なんだ、このおっぱいわ。堂々と嘗めたことを言ってやがるぞ。
「なんで俺がお前に御布施をせにゃあならんのだ?」
「昔っから私の胸をじろじろ見ていた代金よ」
「分かったよ、30銀貨払うからおっぱいを好きなだけ揉ませてくれ」
「それは断るわ」
「ケチ」
「ケチで結構です」
「まあ、本は70銀貨で買わせてもらうぜ」
「ありがとうございます。1金貨になります」
「意地でも俺からぼったくる積もりだな……。いつか絶対に30銀貨分だけ乳を揉んでやるからな」
「そんな日は一生来ません」
ジェシカは俺から金貨を受けとるとモンスター図鑑と一緒に30銀貨のお釣りを差し出した。
「畜生。本当に乳を揉める日が来ないかも知れないぞ……」
俺はモンスター図鑑を受けとると空いているテーブル席に腰掛けた。そして、エールを注文すると買ったばかりの本を読み始める。
この世界での成人は15歳からだ。だから16歳になる童顔の俺でも酒は飲めるのだ。
そしてしばらくすると明るい笑みのお姉さんがエールと手羽先を運んできてくれる。
「は~い、お待たせしました~。お酒と鳥肉でぇ~す」
おっとりとした口調のお姉さんだった。年のころは二十代半ばのお姉さんはソバージュの掛かった黒髪を後頭部で纏めており、素朴な身形でロングスカートの上から大きな胸を隠すように純白のエプロンを下げていた。
しかし、エプロンの隙間から巨乳が漏れ出そうなぐらいのビッグサイズだった。痩せてるのに胸だけが巨大なのだ。
「デ、デカイ……」
俺は生唾を飲んでしまう。すると別のお客がお姉さんを呼んで酒を注文した。
「ララーさん、こっちにもエールを三杯くれないか~』
「はぁ~い、ちょっとお待ちお~』
俺が巨乳に見とれているとウェイトレスのお姉さんは笑顔で去っていく。
なんともほんわかとしたお姉さんだった。これだけ俺が巨乳をガン見しているのに気にもしないなんて、なんとも寛大なのだろう。まさにウェイトレスの鏡である。
その嫌らしい目線に気が付いたアビゲイルが言ってきた。
『マスターは、大きな胸がお好きなのですか?』
俺はエールを煽りながら答える。
「ああ、好きだよ。乳はデカイに越したことはないからな」
『では、何故に私の胸はこんなに小さくお作りになられたのですか?』
アビゲイルはメイド服の上から平らな胸を上下に擦っていた。女性にとってチャームポイントであるはずのデコボコが小さいことに抗議しているのだろう。
「はぁ~……」
俺は呆れた溜め息の後に答える。
「だって木材の胸がいくら大きくったって仕方ないだろ」
そうなのだ。いくら見映えが生乳を模倣していても、偽物は偽物である。触ってしまえば硬さが生々しく伝わってくる。そのような硬い乳を揉むどころか観ていても楽しくないのだ。
しかし、アビゲイルは冷淡な口調で我が儘を述べる。
『私も大きい胸が欲しいです』
「却下だ。作り物のメイドに巨乳は不必要だ。それに家事手伝いの邪魔になるだろう」
『私の胸を大きく作り直してもらえましたら、いくらでもお揉みいたしましても構いませんよ』
もう、本当に分かっていないお人形さんだ。夢見る男の子の煩悩を理解していない。
「済まんがアビゲイル。俺にダッチワイフを愛でる趣味は無いからさ……」
するとどこからともなくドリトルのおっさんが沸いて出る。
「じゃあアビゲイルちゃんのおっぱいは私が揉んであげましょうかねぇ~」
『お断りします』
俺はドリトルの脇腹を突っつきながら言ってやる。
「どこから沸いた、変態おやじ!」
するとドリトルは凛々しく背筋を伸ばすと鍛え上げられた胸元で太い両腕を組ながら言い返す。
「この酒場は私の家でもあるのだぞ。どこから私が沸き出ようと勝手だろう。それよりもアビゲイルちゃんのおっぱいを揉ませておくれ~」
『だからお断りします。貴方に揉まれたら乳が破損してしまいます』
「ちっ、ケチ……。昨日はあんなに積極的に抱き付こうとしてきてたのにさ……」
『もう次からは抱き付き攻撃は行いません。代わりに殴ります』
「じゃあ、愛を込めて殴ってちょうだい」
するとアビゲイルが拳を振りかぶりドリトルの顔面を殴り付ける。
「ぐはっ!」
フルスイングのパンチだった。殴られたドリトルが壁際までふっ飛んで止まる。
『昨日ドリトル様を見てパンチたる攻撃の技術を学習しました。パンチとは、このような感じでしょうか』
しかし、殴られたドリトルは答えない。壁に激突したドリトルは白目を向いて気絶していた。無残な姿で気を失っている。
「アビゲイル……。お前、学習能力が本当に高いよな……」
『お褒め頂き有り難うございます、マスター』
アビゲイルがペコリと頭を下げた。
どうやら前日の一件でドリトルからアビゲイルはボクシングのパンチを学んだのだろう。
このゴーレムは本当に学習能力が高い。家事手伝いもベテランメイドのドロシー婆さんが認めるぐらいまで直ぐに習得できたし、パンチの技術もドリトルから盗み取っている。
これがコアとなっている桃色水晶球の秘められた性能なのかも知れない。これは案外と掘り出し物だったのかも知れないぜ。
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