第9話【ギランタウンの冒険者ギルド⑤】
ドリトルとの喧嘩が中断されると俺とアビゲイルはギルドマスターの部屋に通された。
マホガニーの机に高級そうな革の椅子。その椅子に腰かけるは白髪の凛々しい老人でギルドマスターのダリゴレルだ。
ダリゴレルの右には息子のドリトルが立っている。更に左には白銀の甲冑を纏ったロングヘアーの娘が立っていた。
俺はアビゲイルと一緒に三人と向かい合わせに立っている。
ダリゴレルはドリトルの血縁者なのが分かるぐらい顔立ちが似ていたが、左に立つ娘は顔立ちが少し異なって見えた。
ゴツゴツしている男親子とは異なり彼女はシャープな顔立ちで何より美しい。
しかし、甲冑よりも煌びやかなドレスのほうが似合いそうに伺えた。そんな感じの宝塚系の美女である。
それでも彼女がダリゴレルやドリトルと血縁者なのは悟れた。眉毛の形が良く似ているのだ。たぶんダリゴレルの娘か孫だろう。
ダリゴレルが高級そうな椅子に凭れ掛かりながら俺に言った。
「どうやら何か失礼があったようだね。アトラスくん」
ダリゴレルは好意的に話し掛けてきた。敵意は無いようだ。それに隣に立つドリトルからも敵意はもう感じられない。なので俺も友好的に対話する。
「あんたも俺を知っているのかい?」
「キミの名前は有名だし、貴族の家で一度だけ顔を拝見したことがある」
「なるほど……」
おそらくフィギュア作りの依頼主のところで目撃されてたのだろう。冒険者ギルドのマスターともなれば貴族たちと顔見知りでも不思議ではない。
ダリゴレルは白い顎髭を撫でながら俺に訊いてきた。
「それで、今回はキミが我が冒険者ギルドに登録してくれるとか」
「ああ、そのつもりだ」
「ならば、今回のような失礼は今後起きないだろう。何せギルドメンバー同士の喧嘩は禁止されているからね」
「へぇ~、そうなんだ」
「だからキミもギルド内では喧嘩は困るよ。場合によっては追放しなければならなくなるからね」
「気を付けま~す。てへぺろ」
俺がふざけて見せるが誰も咎めない。ダリゴレルは薄ら笑いを浮かべているし、ドリトルは眉間に深い皺を寄せながら怒りに堪えている。白銀鎧の娘も表情をひきつらせながら俺のおふざけを堪えていた。
柔軟な笑みを作るダリゴレルが俺に問う。
「ところでなんでキミは冒険者ギルドなんかに入ったんだい。生活にだって困ってないだろうし、一攫千金になんて、もう興味も無かろう?」
「ああ、お金は別で稼げるからな」
「ならば、何故?」
「簡単だよ。冒険を通していろんな物を見て回りたかっただけさ。世界の不思議を自分で見て、感じて、経験したかったんだ。それが冒険って手段に繋がっただけさ」
「何も世界を見て回るだけなら冒険者じゃなくても良いだろう」
「冒険者としてのクエストをこなしながら世界の不思議を見て回りたいんだよ。直に体験することでリアリティーを感じたいってわけさ」
ダリゴレルが皺だらけの表情を緩めて微笑む。
「キミは私が思っているより純粋なようだね」
「無垢で初で可愛らしいと言ってもらいたいな」
「まあ、なんにしろキミの登録を歓迎しよう。ようこそギランタウン冒険者ギルドへ」
「ところでギルドマスターさん。お隣の娘さんはどなたですか?」
ダリゴレルは隠さず彼女を紹介してくれる。
「私の孫娘のラブリリスだ。今は冒険者の仕事をしていない時は私の手伝いをしてもらっている」
すると祖父に紹介されたラブリリスが礼儀正しく御辞儀した。勇ましい格好をしているが礼儀は弁えているようだ。
だが、そんなことよりも俺は頭に沸いた疑問を口に出す。
「孫娘ってことはドリトルの娘なのか?」
「そうだ」
俺はドリトルに言ってやる。
「テメー結婚しているのにジェシカを口説いていやがるのか!」
「それは誤解だ。私は結婚していたが妻を昔に亡くしている。だから今は独身なのだ」
「でも、実の娘と同じぐらいの娘を嫁として狙うなんて酷くないか。娘さんが複雑な思いに苦しむだろうさ。俺ならトラウマになっちゃうね!」
俺がドリトルを攻め立てているとラブリリスが父を庇う。
「安心してくれ、アトラス殿」
「んん?」
「父がジェシカ殿に相手をされていないのは知っている。そもそもこの変態が若い娘にモテる訳が無い」
「なるほど、ラブリリスさんは現実を見抜く眼力を持っているようだ。ならば幾つか質問しても良いですか」
「なんでありましょう?」
ラブリリスは首を傾げていた。そんな彼女に俺は純粋な疑問を投げ掛ける。
「今現在お付き合いなされている男性はいらっしゃいますか!?」
「い、いませんが……」
「では、僕と結婚を前提にお付き合いを宜しくお願いします!」
「貴様、我が娘を口説くのか!」
激昂したドリトルが俺に詰め寄ろうとしたがアビゲイルに阻止される。俺とドリトルの間にアビゲイルが割って入ったのだ。
そんな状況で俺はドリトルを意地悪く煽ってやった。
「安心してください、お父さん。彼女は僕が幸せにしてみせますから!」
「そんな言葉が信じられるか、この変態が。それに私をお父さんなんて呼ぶんじゃあない!」
「変態はどっちだ!」
俺とドリトルがギャーギャーとやり合っていると今度はダリゴレルが割って入る。
「変態が変態を変態と言って愚弄しても変態同士なのだから決着はつかないぞ。息子たちよ……」
ラブリリスも呆れたのか眉間に深い皺を寄せながら俯いていた。完全に困り果てている。
「ぬぬぬ、ならば今日のところは引き分けにしてやろう。しかし、貴様になんぞ娘をやらんが俺はジェシカちゃんを嫁に貰ってやるからな!」
「お父さん、こっちだって次に会ったら決着をつけてやるからな。そしたら娘さんを嫁に貰ってやる!」
ダンっと激音を鳴らしてラブリリスが後方の壁を叩く。すると身に付けているガントレットに殴られた壁が砕けて深い亀裂が走っていた。
額に怒りの血管を浮かべるラブリリスが沸き上がる溶岩のように言った。
「二人とも、私の意見を無視して話を勝手に進めないでください。私は変態に嫁ぐ気は微塵もございませんから……」
「そ、そんな……」
「わーい、わーい。ふられてやんの~」
『心配しないでください、マスター』
アビゲイルが俺を慰めるように声を掛けてくれる。
「おお、アビゲイル。俺を慰めてくれるのか……」
『マスターのお嫁さんは、このアビゲイルが立派に果たして見せますから』
「お前、まだそんなこと言ってるのか。マジでポンコツだな……」
そして、唐突に椅子から立ち上がったダリゴレルが右手を差し出した。握手を求めている。
「まあ、これからアトラスくんは冒険を楽しみながら活躍してくれたまえ。私もギルドマスターとして期待しているぞ」
俺はダリゴレルの片手を握った。握手を交わす。その後俺はギルドマスターの部屋を出ていった。
しかし、扉をくぐり抜ける寸前で振り返るとドリトルに最後の質問を投げ掛ける。
「ところでドリトルのおっさん、最後に訊いてもいいか」
「なんだ?」
「あんたがさっき見せていたファイティングスタイル。あれはボクシングか?」
「ああ、そうだが」
やはりである。
「どこで習得したんだ?」
「俺が小さなころに冒険者ギルドに居たジョン・サリバンって言う拳闘士に教わった体術だ」
「なるほどね……」
どうやら俺の他にもこの世界には異世界転生してきた異人が居るらしい。しかもかなりのビックネームが居るのかよ……。
その後に俺は一階に戻ると掲示板に記載された仕事の依頼書を見て回った。どんな仕事があるのかをチェックしたのだ。それから屋敷に帰宅する。
「はぁ、なんかちょっと疲れだぞ。まだ冒険の旅にすら出てないのにこんなに疲れるものなのか、冒険者ってさ」
こうして俺は、この日を終える。柔らかいベッドで眠りに付いたのだ。その晩は不思議な疲れからぐっすりと眠れたのである。
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