第8話【ギランタウンの冒険者ギルド④】

ギランタウン冒険者ギルド本部一階酒場で、俺&アビゲイル組vsギルドマスターの息子ドリトル・ローレンゾとの対決が始まろうとしていた。


酒を煽りながら他の冒険者たちが面白可笑しく囃し立てている。


そして、メイドゴーレムの隣に立つ俺の前にロングソードを身構えたドリトルが立っていた。その構えには隙が伺えない。この変態おっさん、実は剣の使い手のようである。


ドリトルが引き締まった真顔で言う。


「高価そうなゴーレムだが、この際だ、破壊させてもらうぞ」


「無理無理。アビゲイルをそこらのダンジョンで遭遇するような安物ゴーレムと一緒にするなよ、おっさん」


「それが本当かどうか試させてもらう!」


言うなりドリトルが大きく一歩踏み出した。その踏み込みに合わせてロングソードを上段の縦振りに放ってくる。狙いはアビゲイルの頭部であった。


だが、アビゲイルは回避行動のひとつも取らなかった。正面からドリトルの一太刀を額で受け止める。


すると酒場の中に甲高い金属音が鳴り響いた。ロングソードとアビゲイルの額が激突した音である。


直後、観戦していた冒険者たちが沸いた。


「硬いっ!」


小さく愚痴を溢したのはドリトルであった。そのドリトルの一太刀がアビゲイルの額で受け止められている。しかも剣で切れていないのだ。


アビゲイルは無表情のままに直立してロングソードの一撃を受け止めていた。そして、額で止まっている剣を素手で掴むと冷たく述べた。


『この程度の攻撃では、私の装甲は破れません』


「傷ひとつ付けられないか」


そして、アビゲイルは掴んだロングソードの刀身を親指の力だけでへし折った。それを見ていた外野が更に沸く。


俺は薄笑いながら言う。


「合格だぜ。俺が想像していた以上の装甲と腕力だ」


これは本当のことである。


俺がアビゲイルに埋め込んだ六つの強度強化魔石は、同じ魔石の中でも安い種類の魔石である。


魔石にもいろいろな種類が存在している。腕力強化、速度強化、強度強化、属性攻撃力強化、属性防御力強化と様々なのだ。


更に強度強化魔石の中にも細かに細分化されている。金属強度強化、石材強度強化、木材強度強化などである。


アビゲイルに使っている魔石は、強度強化魔石の中でも一番安価で人気の少ない木材強度強化魔石であった。


何故に安価で人気が無いかは言うまでも無いだろう。それは木材の強度を強化する酔狂なやからは少ないからである。


だが、人気が無くても六つも強度強化魔石を掛け合わせれば桁違いの硬さまで強度が跳ねあがる。それは木材でも鉄と代わらない硬さとなるのだ。


しかしながら安価な分だけ弱点は存在している。それは木材なのだから炎に弱い。簡単に燃えてしまう可能性が高いのだ。


それでも今回は合格である。何より剣士の一太刀を頭で受け止めても無傷なのは凄いだろう。


それに鋼のロングソードを親指だけで小枝を折るように砕いたのだ。パワーも人間を越えていて抜群である。


「ちっ……」


舌打ちを溢したドリトルが元の位置まで跳ね退いた。そして、折られたロングソードを酒場の隅に投げ捨てる。


その折られたロングソードにスカーフェイスが駆け寄った。


「ああ、俺のロングソードが……。この剣は高かったんだぞ……」


そんなスカーフェイスの泣き言を無視して酒場の喧嘩は話が進む。


「ならば、もうちょっと本気を出すか」


言いながらドリトルがズボンのポケットから小さなアイテムを二つ取り出した。それは同じ形のメリケンサックだった。


メリケンサックとは、四本指を連なる輪っかに通して握り締めるように装着する鉄の拳である。


それは拳を鉄で囲っただけの時代遅れな凶器に伺えるが、実のところ大変危険な武器である。


メリケンサック。主に喧嘩で使われる凶器のひとつだが、携帯がしやすい凶器の割には喧嘩での殺傷力が高いことから現在アメリカのほとんどの州では携帯許可が法律で禁止されている武器である。販売や作成ですら禁止されている州も少なくない。


メリケンサックは素人が思う以上に攻撃力が高く凶悪な武器なのだ。


ドリトルはそのメリケンサックを二つ取り出すと両手に装着した。そして、両拳を眼前に並べると背を丸めてステップを刻む。


「あれ、知ってるわ。久々に見るぞ」


俺はドリトルが見せた構えを知っていた。前世で何度も見たことがある。ボクシングの構えだ。


「しかも、あれはインファイターの構えだぜ。もしかして、あのおっさんはハードパンチャーなのかな?」


俺の予想通りにステップを刻むドリトルの動きは可憐だった。まるで蝶のように待っている。


おそらくドリトルは剣技よりも拳闘術のほうが得意なのだろう。先程までとは動きが違う。軽やかだ。


「ならば、次は蜂のように刺せるのか見てみたいな」


俺が呟いた刹那であった。再びドリトルから動いた。


背を丸めた低い姿勢から弾丸のように飛び出してアビゲイルに迫る。しかしアビゲイルは直立を崩さない。見ている方向も上の空だ。


そのアビゲイルの土手っ腹にドリトルがボディーブローを打ち込んだ。


「ふんっ!!」


自分の低い腰の高さから少し斜め上に繰り出された下突きの拳がアビゲイルの腹に命中する。そして、ドリトルは力一杯拳を振り切った。


その拳打の威力にアビゲイルの細い体が後方に吹き飛ばされた。そして、カウンターに腰を激突して止まる。


しかし、後方に殴り飛ばされたアビゲイルは直立の姿勢を崩していない。後ろのカウンターに腰を激突したが、ほとんど自力で攻撃に耐えたように伺えた。やっぱりアビゲイルの身体能力は並みではない。


「俺のハードパンチも耐えて見せるか……」


可憐なステップを刻み続けるドリトルの額から冷や汗が流れ落ちる。


それもそうだろう。本来のドリトルの実力ならば、パンチ一発でゴブリン程度ならば頭を粉砕できるだけの破壊力を有しているのだから。


それが己のパンチを直立不動で受け止められたのだ。ハードパンチャーとしての自信が揺らいでしまう。


そのドリトルのほうにアビゲイルが歩み出した。その歩みは淑やかである。両手を臍の前で組み合わせて御上品なメイドのように振る舞っていた。


これがメリケンサックを振るっているおっさんと喧嘩中の相手が見せる歩き方ではないだろう。


そのアビゲイルが軽く頭を下げながら言った。


『それでは今度は私から行かせてもらいます』


そして、アビゲイルが御辞儀から頭を上げた瞬間に飛び込んだ。


だが、その飛び込みは不自然。人間の動きではない。爪先だけの動きで直立のまま跳躍したのだ。まさに人形にしか出来ない不思議な歩法である。


しかし、その一歩の歩法だけでアビゲイルは素早く低空で飛ぶようにドリトルの目の前まで移動していた。その動きにドリトルも仰天している。


そして、ドリトルの眼前に立ったアビゲイルは左右に大きく両腕を広げていた。そのまま両腕で挟み込むようにドリトルに抱き付こうとする。


「ヤバイっ!」


慌てたドリトルは頭を低く下げて腰を落とすとアビゲイルのハグから逃れた。そしてハグから逃れたドリトルは床を滑るように間合いを築く。


「ちっ、躱されたか……」


『躱されました』


俺とアビゲイルの間の抜けるほどの冷静な会話を聞いた冒険者たちが唖然としていた。彼らにも分かるのだろう。片手でロングソードをへし折れるだけのパワーを有したゴーレムに抱き付かれたらどうなるのかを──。


まあ、俺が想像してもゾッとする。たぶんアビゲイルにベアハッグされたら内臓が口と肛門からこんにちわしちゃうだろうさ。


安全な距離を保つドリトルが俺に向かって言った。


「アトラス少年、キミは恐ろしいゴーレムを作り出したようだね……」


「まあ、アビゲイルは資金も時間もたくさん費やして作った自信作だからな。俺だって同等の力を有したゴーレムとなんて戦いたくないよ」


「同感だ、少年!」


その言葉と共にアビゲイルに殴り掛かるドリトル。


今度は左ジャブから入った。瞬速の拳打にヒット音が鳴り響く。


ドリトルが放ったジャブがアビゲイルの顔面を叩いていた。だが、殴られたアビゲイルは揺らぎもしない。拳の威力にのけ反ってもいない。そのまま再び両腕を広げてドリトルに抱き付こうとする。


「クリンチなんぞされてたまるか!」


ドリトルはアビゲイルのハグを躱すとアビゲイルの右側に回り込んだ。そこから軽いステップで跳ねるとアビゲイルの肩越しから拳をこめかみに叩き込む。


「これで、どうだ!」


しかし、アビゲイルは揺らがない。ドリトルのクリーンヒットを耐え忍ぶ。いや、忍んですらいない。


しかも鋼のメリケンサックで頭を殴られているのに、ヒット箇所には傷ひとつ刻まれていないのだ。


アビゲイルは斬撃同様に打撃系の武器すらノーダメージで耐えられる様子。これは本当に激硬である。


「クソっ!」


それでも諦めないドリトルの再攻撃。


今度はドリトルが左右の拳を連打してアビゲイルの顔面を殴打した。複数のパンチが連続でアビゲイルの顔面に叩き込まれる。


その数は8連打。8発の拳打がアビゲイルの顔面を集中的に殴打したのだ。


まさに蜂のように刺すパンチである。いや、マシンガンを乱射する蜂である。


だが、それでもアビゲイルは揺らがない。再び両腕を広げて抱き付き攻撃を狙っている。その様子からダメージを受けた様子は伺えない。


『今度こそ捕まえます』


そして、再びアビゲイルが抱き付こうと両腕を広げて攻め寄ったところで老人の大声が割って入った。


「そこまでだ。これは何事であるッ!」


ドリトルとアビゲイルの動きが止まった。


渋声が飛んできたのは酒場の二階からである。その渋声に引かれてこの場に居る全員の視線が二階の踊り場に集まった。そこには白髪で角刈りの髭面の老人が立っていた。


白髪の角刈りに、白いが凛々しい眉。それに威厳を感じさせる白い髭。全体的に白く更けているが逞しい老人であった。身長も高い。


両拳を下げたドリトルが呟く。


「父さん……」


「あれが、ここのギルドマスターか」


ギランタウン冒険者ギルドのマスター、ダリゴレル・ローレンゾの登場である。


更にダリゴレルの横に白銀のプレートメイルを纏った若い女剣士が立っていた。


赤毛のロングヘアーに凛々しい顔立ちの娘である。胸もそこそこ大きい。


「むむむ、形の良いおっぱい発見!」


これはお近づきになりたいぞ。





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