第7話【ギランタウンの冒険者ギルド③】
ジェシカに差し出された書類に俺が名前を書くと冒険者ギルドへの登録は大体が済んだ。あとは僅かな会費を払えば終了である。
俺は財布から取り出した硬貨をカウンターの上に並べると納める会費を数えていた。
そして、硬貨を数えながらジェシカに問う。
「なあ、ジェシカ」
「なに?」
「今お前は何処に住んでいるんだ?」
「ギランタウンだけど」
「そうじゃあねえよ。ギランタウンのどの辺に住んでいるんだ?」
「ここよ。ギルド本部の寮で暮らしているわ」
「なるほど、ここに住んでいるんだ~」
「部屋が何処かまでは教えないからね」
「いいよ、そこまでおしえてくれなくってもさ。ちゃんと後で自分で調べるからさ」
「だから調べないでよ……。相変わらずストーカーね……」
「今は彼氏とか居るのか?」
俺が異性のことを訊いた刹那だった。後方でショックから立ち直った変態おやじが声を荒立てる。ドリトルだ。
「私がジェシカちゃんと将来を約束された恋人に成るんだぁぁああああ!!」
「あーもーうるさい。それはさっき断ったでしょう!!」
上半身裸のドリトルがムキムキ筋肉に青筋を浮かべながらマッスルポーズを築きながら怒号を上げる。
「ならば、このドリトルがアトラスくんを撃破して、本当の愛をジェシカちゃんに示してやろうじゃあないか!」
俺とジェシカが声を揃えて俯いた。
「「はぁ~、面倒臭い……」」
俺はカウンター席から立ち上がると後ろを振り向いた。ドリトルと向かい合う。
「なあ、おっさん。ならば喧嘩の相手をしてやるから俺が勝ったらもうジェシカを飽きらめてくれるか」
ドリトルはムキムキポーズを何パターンかにチェンジしながら受け答える。
「良かろう。ただし私が勝ったらジェシカちゃんとの結婚を祝福してもらうからな!」
「分かったぜ、おっさん」
「いやいやいや、あんたらが勝手に私の結婚を決めないでよね……」
「「いざ、勝負!」」
ジェシカの言葉を無視した俺とドリトルが凄みながら向かい合うと、周りの冒険者たちも悪乗りしたのかテーブルを酒場の隅に寄せて喧嘩が出来るだけのスペースを作り上げる。そして、酒を煽りながら楽しげに囃し立てていた。
「ドリトル、やっちまえ!」
「そんなボンボン小僧なんてスクラップにしてしまえ!」
「ドリトルさん、俺の仇を取ってください!」
先程アビゲイルに手首を砕かれかけた戦士風の男までがドリトルの声援を飛ばしていた。俺を応援してくれる者は一人も居ない。まあ、当然だろうけどね。
「ボッコボコにしてやるからな、小僧」
「上等だ、おっさん」
向かい合う俺とドリトル。その体格さは歴然だった。
俺の身長は160センチ。この異世界では16歳男性としては背が低いほうである。上等な洋服を纏っているが、その体型は見るからに細身である。
方やドリトルはムキムキマッチョで身長が180センチは越えている。明らかに俺とは体格に差がありすぎる。
これだけの体格差で喧嘩をするとなると一般的常識では勝敗が見え見えだろう。
だが、不利だと思われる俺は悠然と巨漢の前に立っていた。
それは最終的にはドリトルに勝利出来るだけの算段が俺には立っていたからだ。
そりゃあ、正面から戦えば俺がドリトルに勝てる見込みは少ないだろう。だが、どんなに追い込まれても俺には勝利を掴みとれるだけの秘策があった。
それはアビゲイルだ。
俺が負けそうになったらアビゲイルに命令して助けてもらう。それで100%俺の敗北は無いだろう。
うむ、完璧な作戦である。僅かな隙もないぜ。
そして、俺が両拳を上げて構えを築いたところでアビゲイルが声を描けてきた。
『マスター。これは戦闘でしょうか?』
「ああ、そうだよアビゲイル」
『ならばわたくしめがお変わり致します』
「えっ、なんで?」
『私が受けた第一命令はマスターの護衛。ここでマスターを戦わせたら命令を守れません。なので私とお代わりください』
「良く言った、アビゲイル。ならば俺に代わって、このマッチョおやじを撃破しろ!!」
『了解しました、マスター』
俺が堂々と胸を張りながら言うと周りで見ていた冒険者たちが声を揃えて怒鳴った。
「「「「ずれぇぇええええ!!!」」」」
「はぁー……。これだからアトラスは……」
ジェシカも頭を抱えながら俯いてしまう。完璧に呆れてやがるな。
だが、これで俺の身の安全は完全に確保された。もう俺に敗北は有り得ないし怪我すらしないだろう。
そして、俺が酒場の中央から退くと、代わりにアビゲイルが前に出た。
「おい、こいつ、女の子と交代したぞ……」
「でも、あれゴーレムだろ?」
「それでもなんか恥ずかしくないのかね……」
「まあ、俺だったら自分で戦うけれどな」
見ている外野からは俺を揶揄する言葉が続いていたが俺の心には響かない。この程度で心が折れる程度ならば、最初っからゴーレムマスターなんぞは目指さないだろう。
俺はかつて師匠セダン・メタリックにも助言されている。
師セダン曰く。
「ゴーレム使いとは孤独だぞ」
「孤独なのですか?」
「そうじゃあ、孤独だ」
「何故に?」
「ゴーレムマスターの最大戦力はゴーレムだ。だからゴーレムで戦う」
「当然ですよね」
「だが、それがイメージ的に悪いのじゃよ」
「何故?」
「自分は戦わずに傀儡に戦わせる。それはネクロマンサーとも変わらない戦法だ。自分で戦わずに他者に戦わせる。それを男らしくないと揶揄する者が多いのだ。だからお前が進もうとする道は他者に恥ずかしいと侮辱されるぞ」
「そのようなものなのでしょうか?」
「次期に直ぐ分かる。お前にもな……」
そして、師匠が言った通りの状況になっていた。
だが、俺は師匠よりも図太い神経を有している。この程度の戦略が恥ずかしいとも思わない。
しかし、そのような状況の中でドリトルが以外なことを言い出した。
「おい、ちょっと待てよ。そのゴーレムはお前の武器だろ。交代以前に喧嘩の場に武器を持ち出したことにならないのか?」
「あー、そうかも知れない」
喧嘩とは素手で行うのが一般常識のルールである。だからドリトルの意見は一理ありそぅだ。
アビゲイルは無生物で俺の武器とも言える。ならば俺は喧嘩の席に武器を持ち出したことに違いはないだろう。
なので俺は前に出てアビゲイルの横に立った。それからドリトルに提案する。
「なあ、おっさん。あんたも武器を取っても構わないぜ。何故なら最初に武器を抜いたのは、どうやら俺のほうらしいからな」
するとドリトルが外野のほうに言った。
「スカーフェイス。お前の剣を貸してくれ」
「えっ。は、はい」
先程アビゲイルに手首を折られそうになっていた男が腰からロングソードを抜くとドリトルのほうに投げて渡す。
「サンキュー」
剣を受け取ったドリトルが可憐に剣を振るうと片手で前に構えた。その構えから剣技の嗜みがあることが伺える。
「こいつ、剣士だったのか」
角刈りヘアーの眉が凛々しく引き締まる。先程までのおふざけな空気が消えていた。
「アトラス少年。これは喧嘩だ。武器を抜いた殺し合いにも近い喧嘩だ。死ぬ前に早めに投了してくれよ」
アビゲイルと並んで立つ俺も凄みながら返した。
「おっさんこそ、早めに投了してくれや。アビゲイルに本気で殴られたら死んじゃうからよ」
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