第6話【ギランタウンの冒険者ギルド②】

冒険者ギルドの酒場に男の女々しい鳴き声が響いていた。


「ひぃぃいいい。マジでごめんなさい。マジで許してくれぇぇえええ!!」


アビゲイルに手首を掴まれている戦士風の男は情けない声を上げて涙を流していた。本気で痛いのか泣き叫んでいる。


直立のアビゲイルは差ほど力を入れている様子は伺えない。しかし、その実は剛力で手首を握り締めているのだ。


よくよく間近で見てみると分かるのだが、アビゲイルの細い指が男の手首に食い込んでいる。


「痛い痛い痛い。手が千切れるぅぅうううう!!!」


アビゲイルの外観は華奢な娘をモデルに作られていた。それはスマートでビューティフルである。


だが、それでも彼女はゴーレムなのだ。


骨格は合金で、関節部分も金属製だ。その合金骨格の上に強度と柔軟性に長けた木材を肉肌として装着している。


更にアビゲイルの体内には強度強化魔石が六つも搭載されていた。頭、胸、両腕両脚に一つずつで六つである。


それだけではない。怪力を持たせるために両腕両脚に筋力強化魔石を一つずつの四つを搭載していた。


その筋力強化魔石の効果が男から悲鳴を絞り出しているのだ。


強化魔石とはダンジョンなどで発掘されるマジックアイテムで、それらを武器や防具に内臓させると持ち主のステータスをアップさせる効果がある。


冒険者だけでなく、強さを求める者ならば誰でも欲しがるマジックアイテムなのだ。


しかし、その一つ一つが大変高価である。優れた魔石一つで屋敷が買える物もあるからだ。


アビゲイルに使用している魔石も高価な部類である。それらをアビゲイルは計十個も搭載しているゴーレムなのだ。


もしもダンジョンでアビゲイル程のゴーレムに遭遇したら多くの冒険者が撤退を余儀無くさせられるだろう。下手をしたらパーティー壊滅だって有り得る戦力である。


「ひぃぃいいい。痛い痛い痛い、放して放して放して。マジで腕が折れる千切れる捥げちゃうよ!!!」


「はあ、アビゲイル。もう放してやれ……」


戦士風の男があまりにも情けなく泣き叫ぶので流石の俺でも可愛そうになってきた。俺は呆れながらアビゲイルに放してやれと指示を出す。


『畏まりました、マスター』


淡々とした冷めた口調で受け答えたアビゲイルが戦士風の男を解放してやった。すると男は掴まれていた手首を擦りながらアビゲイルの側から逃げていく。


それでも酒場に流れる険悪な空気は収まらない。冒険者たちからの威嚇の視線が俺に向けられていた。


「こりゃあ、完全にアウェイだな……」


これでは冒険者ギルドの登録どころか説明すら聞ける状況ではないだろう。困ったものである。


すると客席から別の男が歩み出て来た。


歳のころは四十を越えていそうな中年だった。角刈りに凛とした眉毛が凛々しい男である。しかも長身でマッチョマン。


しかし武装はしていない。どこにでも住んでいそうな住人の成りである。だが、角刈りと凛々しい眉がただ者ではないと知らしめていた。角刈りだけに、先程の男と各が違って見える。


角刈りの男が言う。


「少年、キミを知っているぞ。彫刻家のアトラス・タッカラ氏だね」


「良くご存じで──」


「そして、傀儡の魔道師セダン・メタリック氏のお弟子さんだとか」


「本当に良く知ってるな。俺の師匠まで知っているとは驚きだよ」


角刈りの男はどこか遠くを見詰めているアビゲイルの周りをグルグルと回りながら彼女を観察していた。


「アトラスくん、このメイドはウッドゴーレムかい?」


「ああ、そうだ」


「キミが作ったのかい?」


「ああ、そうだよ」


「凄いな。まだまだ若輩に伺えるのにゴーレムを作り出せるとは、流石はトウエ村の天童だ。噂は満更でもないようだね」


「ところであんたは誰なんだ。俺のことは知っているようだが?」


「ああ、私かね──」


そこまで言い掛けると角刈りの男は姿勢を正してから自己紹介を始めた。紳士を気取る。


「私の名前はドリトル・ローレンゾ。この冒険者ギルドのギルドマスター、ダリゴレル・ローレンゾの一人息子だよ。要するに、このギルドの次期党首様だ」


襟首を両手で整え直したドリトルが鼻高々に述べた。


「なんだ。後取り息子のボンボンか。詰まらん」


「言ってくれるね、少年」


「済まん。喧嘩を売っている訳じゃあないんだ。たまたま生まれつき口が悪いだけなんだよ」


「本当かい、ジェシカくん?」


ドリトルに意見を問われたジェシカが頷いた。更にジェシカが付け加えるように意見する。


「アトラスは口が悪いだけでなく、スケベで手癖も悪い最低な男ですよ。良かったら御灸を添えてください」


「余計なことは言わないでくれないか、ジェシカ……」


「私は彼と同じ村で暮らしている時に、なんど着替えを覗かれたことか。それに何度も夜な夜な寝床に潜り込まれたことでしょうか」


「その度に、マウントを取られてボッコボコにされたけどな……」


「な、なんですと……」


唐突だった。ジェシカの話を聴いていたドリトルの額に複数の青筋が浮かび上がる。しかも顔を赤くさせて頭の天辺から湯気まで上げていた。


すると周りで見ていた冒険者たちがこそこそと話し出す。


「若旦那が怒っているぞ……」


「そりゃあ、そうだろうさ。お気に入りのジェシカちゃんに手を出した男だぞ。子供だからって許せないのだろうよ」


どうやらドリトルはジェシカが好きなようだな。それが恋した相手が別の男とイチャイチャしているのを間近で見させられたら尋常でも居られないのだろう。


「貴様、私が恋い焦がれるジェシカちゃんに手を出したな」


俺は沈着冷静に答えた。


「仲の良い幼馴染み同士が本人の許可無く如何わしいことをしても普通は問題なかろう」


ジェシカが真顔で突っ込む。


「幼馴染みでも本人の許可無く如何わしいことをしたら駄目だろう。あと許可があってもだめだからな。それにお前と私は仲も良くないからさ」


「流石はジェシカ。的確に俺を追い詰めてくるぜ……」


「畜生、羨ましい。このドリトルもジェシカちゃんに追い詰められたいぞ……」


どうやらドリトルも変態さんの類らしい。流石は角刈りだ。髪型と違って性癖は曲がっていらっしゃる様子。


しかもドリトルとジェシカは親子ほど年齢が離れているのに愛だの恋だのと恥ずかしくないのだろうか。歳の差を考えろって言いたい。


しかし、震える声を振り絞るようにドリトルが言った。


「だが、まだ私はジェシカちゃんにプロポーズすらしてないのだ。愛の告白が断られていない以上は望みは潰えない!」


言いながらドリトルは自分が着ている洋服を両手で引き裂いた。マッチョなボディーを露出する。そのビーチクがビンビンに立っていた。そこから変態おやじだと良く分かる。


「見ていてくれジェシカちゃん。私がアトラス君を撃破して、キミの前に必ずたって見せる。その時は私と結婚してくれ!」


ジェシカが腰から直角に頭を下げた。


「ごめんなさい。お断りします……」


「何故ッ!!!!」


即座のお断りにドリトルが膝から崩れ落ちる。絶望のあまり大きく口を開けて白眼を向いていた。ジェシカの一言で気絶したようだった。


そして、話は最初に戻る。ジェシカが俺に訊いて来たのだ。


「ところでアトラス。ここに何しに来たの?」


「ああ、そうだった。冒険者ギルドに登録したくってさ」


こうして日常的な空気が冒険者ギルドの酒場に舞い戻る。他の冒険者たちも俺を気にせす酒を飲み始めた。


こうして俺の冒険者ギルドへの登録は難無く進むのであった。






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