第2話【アビゲイル四式】
俺が冒険者として旅立つ一週間前の話であった。少し時間軸を巻き戻して話は始まる。
俺は金持ち貴族たちから受けた萌え萌えフィギュアの発注をこなしながら、ある一体のゴーレムを作っていた。
制作時間3ヶ月。身長170センチ程度の細身の女性型ゴーレムだ。まるでデパートでおしゃれな洋服の試着品を着せられているマネキンのような外観である。
鉄骨の骨組みに木製の外装を被せたボディーのゴーレムは、普段から俺が金持ち貴族たちのために作っている萌え萌えフィギュアを巨大化させたような姿であった。
だが、胸はだいぶ小さい。まな板に近い。どうせ木製で硬い胸しか作れないのだ、心地よい柔らかさを味わえないのならば小さくても構わないだろうと考えて小ぶりに作ったのだ。
しかし、特に顔部分は丁寧に作り上げていてビジュアル的には自信作である。
ガラスの瞳にスマートな輪郭。髪の毛は本物の毛髪を使っていた。
この世界ではカツラは本物の女性が売った毛髪が重宝されている。それと同じ者をゴーレムに使用していた。
故に美しい外観のゴーレムである。売れば高額になるだろう。勿論売らないけどね。
しかも俺はゴーレム系の魔法を専門で勉強した。魔法の家庭教師を雇ってまで傀儡系魔法を習得したのだ。
何故に?
それは単純である。自分が愛情を注いで作り上げたフィギュアが動くところを見たかったからである。
攻撃魔法や回復魔法を学ばなかった分だけ、俺の傀儡系魔法の習得は早かった。俺の才能が傀儡系魔法に一致したのもあるが、家庭教師として雇った師匠の実力も凄かったからだろう。俺は僅か二年で傀儡系魔法をマスターレベルまで習得出来たのだ。
こうして俺は更に天童として魔法使いギルドにも名前が売れた。
更に俺の探究心は止まらなかった。自分が作ったゴーレムの性能を極限までに磨き上げたのだ。それが今作っているゴーレムである。
ゴーレムの名前はアビゲイル四式。俺が作った等身大人型ゴーレムの四号機である。
頭、胸、両腕、両足には硬度強化魔法石を六つも搭載。両腕脚には怪力の筋力強化魔法石を四つも搭載している。
アビゲイルは硬くてパワフルなスマート系ゴーレムなのだ。
これだけの強化魔石を搭載しているゴーレムは数多のダンジョンでもなかなか見られないほどの性能だろう。ゴーレムマスターの俺が言うのだから間違いない。
おそらくアビゲイル一体だけで、そこらの冒険者ギルドならば半壊まで追い込めるだろう戦力だ。それだけの資金を費やしているのだから間違いない。
アビゲイルに費やした資金はそこそこ豪華な屋敷が二件は購入出来るほどの金額を使っている。もう歩く財宝なのだ。
そして、アビゲイル四式を完成させる最後のパーツが手に入った。
普通のゴーレムとは単純な命令をひとつだけ遂行する知能しか有していない。例えればダンジョンなどで宝箱を警備しろと言った簡単な命令しか聞けないのだ。
しかし、アビゲイル四式は異なる。
俺はひとつの水晶球を鉄の箱から取り出した。それは桃色水晶球である。
それは貴重な魔法の水晶である。大きさは野球のボールサイズだろうか、それほど大きくもないが半透明で美しい水晶体だ。
その水晶球を開いたゴーレムの脳天から頭部に入れる。そして蓋を閉めると黒髪のカツラを被せた。長いロングのカツラだ。更にカチューシャでカツラがずれないように固定する。
すると昭和のアニメのように相貌を一度だけ光らせたあとにアビゲイルが動き出した。一歩前に出る。
そして、俺の顔を無表情で覗き込んできた。ガラス玉の義眼が美しい。
『あなたが私のマスターで御座いますか?』
テレパシーだった。
アビゲイルには口があるが、顎が動くような機能は無いからしゃべれないはずだ。なのにテレパシーで問い掛けてきたのだ。これも桃色水晶球の力なのだろう。
俺は引き吊った微笑みを浮かべながら答える。
「そうだ、俺がお前のマスターだ……」
彼女の頭部に入れた水晶球は高価なマジックアイテムである。
魂の水晶球。
古代のダンジョンから発掘されたマジックアイテムが競売に掛けられていたから多額の財産を費やして購入したのだ。
それは魔法使いギルドの書物に記載されている品物で、ゴーレムを作る際に頭脳として活用されてきたマジックアイテムである。ゴーレム作りでは重要部位にあたるコアなのだ。
だが、そのマジックアイテムを活用して性能の高いゴーレムを作り出せる魔法使いも少なくなっていて、今ではだいぶ安くなってきているマジックアイテムだった。
まあ、高額マジックアイテムでも使い手が居なければ値段も下がるってわけである。だから俺でも買えたのだ。
このコアの凄いところはしゃべれるところだ。
普通のゴーレムだと当然ながらしゃべれない。人の言葉すら正確に理解できていない個体も少なくない。だが、この桃色水晶球は人の言葉を理解できるのだ。その辺が大いに異なる。
『マスター。それでは命令をくださいませ』
ここまでは魔法書の記載通りであった。
ゴーレムに下せる命令は魔法の水晶球のサイズで異なる。あのぐらいのサイズならば三つは命令を忠実に下せるだろう。
「命令は三つだ。俺の身の安全を常に確保しろ。出来るか?」
『護衛で御座いますね。承知しました』
「二つ目は、俺の身の安全が確保出来ているいじょうは、己の身の安全を確保しろ」
『畏まりました、マスター』
本来のロボット三原則とはこうである。
第1条・ロボットは人間に危害を与えてはならない。
第2条・ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。
第3条・ロボットは前掲第1条及び第2条に反する恐れがない限り、自己を守らなければならない。
これがロポット三原則である。
だが、これではいろいろと矛盾も発生してくる。それに俺と共に冒険へ出るには不都合が多い。故に俺は仕込める命令を変えたのだ。
そして、最後にもう一つ命令を下す。
「三つ目は俺の生活環境を維持しろ。掃除洗濯、食事の準備を頼みたい」
『承知しました。家事手伝いでありますね』
「とりあえず、お前は俺専用のボディーガードでありメイドだ。良いな」
『承知いたしました』
これでOKだ。彼女が居れば安全に冒険に出れるだろう。
食事の準備は勿論のこと、掃除洗濯もやってくれる。
俺は何せ料理は苦手であった。
鍛冶仕事や裁縫仕事は両親から教わったが、料理だけは馴染めなかった。何を作っても不味い一品が出来上がってしまうのだ。だからアビゲイルに料理を任せられるのは有難い話である。
それにゴーレムは眠らない。野外での野宿では見張りとして大活躍してくれることだろう。それも助かる。
これだけの性能を有したゴーレムが護衛についてくれるのだ、冒険先での安全度は高く保てるだろう。
そこでアビゲイルが意外なことを口に出した。
『それではマスター、他に命令は御座いませんか?』
「えっ、四つ目の命令も聞いてくれるのか?」
『はい』
思ったよりもキャパシティが大きいようだ。あのぐらいの水晶球ならば、精々三つが限度だと思っていたのに四つ目の命令を聞いてくれるとは予想外である。故に俺は四つ目の命令なんて考えてもいなかった。
「んん~、四つ目の命令かあ……」
俺はしばらく考えたが良い命令は思い付かなかった。逆に考えすぎて熱が出てしまいそうになる。
そこで俺は安直なことを言ってしまう。
「まあ、四つ目は後でいいや。それよりもこれからよろしく頼むぜ。お前は家族だ。それっぽく付き合ってくれ」
『はい、畏まりました、マスター。それが四つ目の命令で御座いますね』
「えっ、違うけど……」
すると一例の後に踵を返したアビゲイルが本棚のほうに歩んで行く。そして、本棚から辞書を取り出した。パラパラとページを捲る。
『【家族】同じ家に住み生活を共にする、配偶者および血縁の人々』
「うそぉ~ん。このゴーレム、辞書で単語を調べるんかい……」
しかし、辞書を閉じたアビゲイルが無表情のまま小首を傾げた。
『私とマスターがこれから共に同じ家で生活するのはよしといたしましょう。ですが血縁者では有りません。この現実は変えられません』
「だから?」
『ならば私とマスターの関係は配偶者と言うことになるのでしょうか?』
「えっ、なんでそうなるん……」
再びアビゲイルが辞書から単語を探す。そして見つけた文章を読み上げた。
「【配偶者】配偶者とは、自身と婚姻関係にある人のことで、一般的には夫や妻のことを指す』
アビゲイルは無表情のままポンっと辞書を閉めた。それから頭だけを俺のほうに向けると淡々とした口調で言ってのける。
『なるほど、マスターは私と結婚したいのですね』
「ち、違うがな……」
『要するにマスターは種族の壁どころが生物とゴーレムの壁を越えて私と結婚したのちに、沢山の子供を作って温かい家庭を築き上げたいと申しておるのですね』
アビゲイルは完全に俺の話を聞いていない。
「あー、このゴーレムはポンコツだわ……。思った以上にポンコツだぞ……」
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