第2話 機械巨人

 格納庫ハンガー———その響きを聞いてときめかない男の子はいないと思う。いや、いるのかもしれないが……少なくとも巨大ロボットに乗って侵略者とガンガン戦うロボットアニメにどっぷりとハマっていた俺は———そこで立ち並ぶ巨大人型ロボットを見て胸をときめかせた。


「うわぁ~~~~……!」


 鋼鉄の巨人。


 真っ白なボディに鎧武者のような角のついたヘッド。腰には巨大なビームガンが携えられて、腕や足の各部には小さなスラスターノズル。そこからジェットを吹きだし姿勢を制御するためのもの……宇宙空間で戦う人型ロボットのためのものだ。

 完っ全なリアルロボット。

 それが格納庫の壁一面にずらりと並んでいる。


「セレナ・チェリッシュ少尉! 行きます!」


 そのうちのオレンジ色のラインが入った機体にセレナは乗り込む。彼女が載った機体は飛行機のような丸みを帯びた曲線を描いた、どちらかというと女性的なシルエットをしていた。

 そして、物々しさを感じさせるほどの巨大な、機体とほぼ同じ大きさのビームカノン砲が二挺にちょう。その機体の横に固定されていた。

 破壊の女神———そのような印象を抱かせてくれる。


『お? 隊長! おせえぞ!』


『皆、準備はできておりますわよ!』


 スピーカーを通した声が響く。

 セレナが乗った機体の隣にも同じように丸みを帯びた曲線的なシルエットをした女性的なデザインの巨大ロボットが控えていた。それぞれ、武器だったり細かいデザインが違う———専用機であると俺はすぐさま察した。

 ———おせぇぞ! そう荒々しく発した少女の乗る機体は赤いラインが入っており、装備もナイフやハンドガンと身軽で奇襲を得意としてそうな機体。

 ———できておりますわよ! そうお嬢様言葉を発した機体はスカイブルーのラインが入っており、その体に目立つ武器は取り付けられていない。だが、周囲に金属プレートのような物が固定されており、同じような配色をしていることからその機体の武器だとわかる。

 恐らく、あのスカイブルーのラインが入った機体が無線で操作し、オールレンジ攻撃をする……というそういうコンセプトの機体なのだろう。

 そういった機体が残り二機———合計で五機の専用機が並んでいた。


「おぉ……!」


 俺はこの巨大ロボット部隊の隊長らしい。

 胸が躍る。

 ただ———、

 ただ———一点気になるところがある。


「おっぱいねぇな……」


『『『『『え?』』』』』


 しまった。

 流石は未来。あのロボットの収音機能は抜群にすごいらしく、俺がちょっと呟いた言葉でも彼女たちの耳に届いていしまった。


「ん⁉ いや、何でもないよ! そのまま待機していて!」

「待機じゃなくて出撃だろう! おバカ!」


 背中を思いっきり蹴られた。


「イタッ、何すんだよ……⁉ えぇ~っと」


 蹴ってきたのはさっきの白衣を着たロリだった。

 思わず「痛」と声を出してしまっていたものの、彼女のちっこい体格から放たれるキックは体重が全然乗っておらず、全く痛くなかった。むしろ心地いいぐらいだった。


「……君は……えぇっと……」

「……名前がわからないのなら素直に聞いたらどうなんだ?」


 俺のしどろもどろの様子とセリフで察したのか、ロリは眉を顰め、


「カナン・ストレリチアだ。この人型機甲を開発した研究者、改めて宜しく。ローニン・シンタニ」


 手を伸ばしてくるロリ白衣こと、カナン。

 俺は「あ、どうも」なんて言いながらその手を握り返そうとするが、彼女はせっかちなのか、俺が手を触れる寸前でその手を引っ込め、くるりと踵を返す。


「あ、ちょっと……!」


 そのままカツカツと足音を立てて格納庫の奥へと進んでいく。 

 その背中がついて来いと言っているような気がして、俺は慌てて後を追った。


「あの~……カナンさん?」

「カナたんでいい。君はいつもそう呼んでいた」

「……えぇ、親し気……まいいや。カナたん。あなたは何処へ向かっているんで?」

「君の専用機のところへ」

「俺の専用機⁉」


 俺にもあるのかと大声を上げてしまった。

 するとカナたんが不愉快そうに眉をひそめて振り返る。


「うるさい」

「すんません……」

「あるに決まっているだろう。覚えていないのか?」

 早足で立ち止まることなくカナたんは奥へと進んでいく。

「あ~、まぁ覚えているような、ないような?」

「覚えていないんだろう? まぁいい、一度しかまだ乗っていないのだからな。だけど操作方法はわかるだろう」

「え、いや、ロボットの操作方法なんて……ゲーセンでしかしたことが……」

「ゲーセン、とは何だ?」

「あ、いや、その……ロボットに乗るゲームって言うかなんというか……!」


 急かすようなカナたんの態度に、若干俺はパニックになっていた。

 これからもしかしたら操作方法もわからないロボットに乗せられて宇宙空間に放り出されるのではという恐怖がこみ上げてきて、この未来世界の住人として違和感なく振舞わなければいけないという気持ちを忘れ、ただ現代日本で生きてきた普通の男として彼女に接していた。

 首を軽く後ろに向けたカナたんの目がグッと細められる。

 バレたか? 

 記憶のない、過去からの転生者とバレてしまったか?

 そう———警戒していた。

 が———、


「……ロボット?」

「え?」

「君は私が開発したこの子たちを、人型機甲ひとがたきこうのことをそんな無粋な名前で呼ぶのか?」

「いや……だって……」


 そうじゃん、と言いかけた俺を遮るように、カナたんは白衣をバサッと翻して俺に向き直った。


「これは労働代理機械ロボットなどではない! 人の感情に呼応する情熱駆動リビドードライブを最大限生かすために、最新鋭の技術を決して作られた人型決戦兵器なんだ‼」

「あ、そうなんですか……」

「搭乗者の感情をそのままエネルギーとして変換できるリビドードライブの力。それを最大限生かしきるために、過去には非効率的だと考えられていた〝人型〟のフォルムを採用し、想定通りの無双機となった我が子たちを……そんな無粋な名前で呼ぶな!」

「あ、はい、すいません……」


 顔を真っ赤にして、俺の眼前まで近づけてまくしたてる彼女に対して、ただ気圧されて謝ることしかできなかった。

 何をそんなに怒っているんだと内心思いつつも、


「凄いんですね」


 と褒めた。


「凄いさ! 一騎当千・完全無敵なのだこの子たちは」


 カナたんは足を止めてうっとりした瞳で五機のロボットを見つめた。


「———私は、この神話に出てくる巨人のような子たちを、最新テクノロジーが使われた巨人———TGテック・ジャイアントと名付けた……」


 だっさい。


TGテック・ジャイアント……」


 確認するように復唱した。


「ああ、TGテック・ジャイアントだ……」


 カナたんの声色が誇らしげなものになる。俺の声がもしかしたら感銘を受けた様に聞こえたのかもしれない。

 ……ジャイアンって……日本一有名ないじめっ子の名前が入っているじゃないか。

 ロボットに付ける名前じゃねぇ。この子、ネーミングセンスはないな……。


剛田ごうだ……」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ、別に。そういえば、俺の専用機に乗れってさっき言ってましたよね? ということは……俺にも専用の剛田ごうだがあるんですか?」

剛田ごうだって誰だ?」

「あ、違った。テクテクジャイアンだ」

TGテック・ジャイアント———な? 君の専用機、君の専用機か……あそこにある。そこに向かっているところだったんだよ」


 またカナたんは踵を返し、カツカツと歩を進めていく。「最終調整がまだ残っているんだよ……」とブツブツ呟く彼女の後ろについていく。

 並ぶ五機の剛田……もとい、TGの前を横切ると———一番奥に彼女の言う俺の専用機があった。


「これだ———これが君の機体ゴスペルだ」


 カナたんが〝俺の専用機〟を手で扇ぐ。


「これが……?」


 俺は———大いに困惑した。 

 何故ならカナたんが指し示した〝それ〟は俺の想像していたモノと全く違ったからだ。


「カナたん……」

「何だ?」

「これ……ロボットじゃないじゃん」

「ああ、ロボットという無粋な名前のものはここには存在しないからな」

「いや、そうじゃなくて……剛田ですらないですやん!」

「誰?」


 俺の目の前にあった機械兵器は———戦闘機だった。


 未来的なナイフのような細いボディに、先端にレーザー砲が付いている両翼を持つ、宇宙戦闘機だ。


「そうだ」

「そうだ、て⁉ あの一騎当千の剛田……じゃなくて、TGテック・ジャイアントが飛び交う戦場に———俺はこの戦闘機で行くの⁉ 支援器じゃん! どう見ても!」


 困惑する俺に対して、カナたんは自信満々に、力強く頷く。


「そうだ! 君は〝これ〟でローニン隊の女の子たちと合体し、彼女たちの力を1000%引き出し、地球奪還レコンキスタを成す英雄となるのだ!」


 ……俺の耳が、ピクリと動いたのを感じた。


「———合体、ですか?」


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