第8話 招待と正体


「ど、どうして会長が俺のことを……?」


「釘張くん、昨日逃げ帰るようにどこかへ行ってしまったじゃないか。その時、これを落としていったんだ」


 会長はバッグから何かを取り出し、こちらに手渡す。それは、俺の生徒手帳だった。


「あ! ありがとうございます!」


「我が校の生徒なら気をつけたまえよ」


 ホムラの時とは似ても似つかない声色で会長は話す。これ、本当に同じ人かよ。でも、さっきの声は本当にホムラだったしな……


「さて、それじゃあ行こうか」


「え、行くって、どこに?」


「昨日言ったじゃないか、配信機材の使い方を教えるって。私の編集部屋に案内しよう」


「い、いいんですか!」


「ああ。ここの近くだから、着いてきて」


 うっひょー! 憧れのホムラの編集部屋に行けるなんて! こりゃ願ったり叶ったりだぜ!


――


「着いたよ」


「はえー、ここが」


 俺が連れてこられたのは、街の外れ――学校から自転車で5分位の所にある原っぱだった。近くの住宅地に住む子供たちがよく遊びに使うような、のどかで大きな空き地。こんなところに、編集部屋なんてあるのか?


「ほら、あそこ」


 会長が指さす方向には、確かに小屋があった。小さい。電気が通ってるかすら怪しい。そんな感じ。


「隠れ家にしては都合がいいでしょ」


「まぁ……確かに……」


「あら、微妙な反応。もしかして、もっとメカメカしい雰囲気を期待してた?」


 う……図星を突かれた。せっかく編集部屋に招待してくれるっていうのに……これじゃわりいなぁ。


「ま、内装を見たら驚くと思うよ」


 会長はそう言って、小屋のドアを開いた。そこには――


「す、すげぇぇぇぇぇ!」


 数台のパソコンはもちろんのこと、俺が知らないような機材が多数揃えられていた。ひとりでにピカピカと青い光を出すマシン。グルグルと巻き付けられたコード。壁が木なのを除けば、まさにSFで出てくるような、そんな部屋だ。


「ダンジョンで手に入れた物資を元に作っている、オーダーメイドでね。配信者の中でも、かなり希少だ」


 や、やっぱりホムラはすげぇよ! さすが、大物配信者なだけある! あ、ホムラじゃなくて、会長だったか。


「っと、扉は閉めたかい?」


「? ええ、閉めましたけど」


「そっか……」


 そう言って、会長はすうっ、と息を吸った。どうしたのだろう。




「うわぁぁぁぁ! つかれたぁぁぁぁ!」


「!?」


 さっきまでのクールな会長はどこへやら。突然、年相応な少女のように、明るげな声をあげた。この声色は、ホムラそのものだ。


「驚かせちゃってごめんね! ほら、一応そこそこ知名度あるからさ。学校でバレても面倒だし……あんな感じでやらせてもらってます!」


「あ、ああ! そういうことだったのか!」


 それなら納得が行く。ホムラの正体が、あんなお堅い生徒会長だなんて、誰も思わないからだ。カモフラージュには、十分すぎる。


「てなわけで! 私はほむら! 火神燎かがみほむらって言います! 学校では会長! それ以外ではホムラって呼んでね!」


「お、押忍!」


 うわ〜! ホムラだ! ホムラだよこれ! マジモンのホムラが、目の前に!


「それじゃあ、まずは……」


 ゴクリ、息を飲む。やっぱり、最初はカフェでお茶とか!? 俺、変なカッコしてないかな!?


「撮影カメラの使い方からね! これがないと始まらないわ!」


「え、えぇ……」


 ガックリ、そんな音が聞こえるくらい大袈裟に、俺は方を落とした。せっかくホムラと一緒に入れるんだから……ちょっとは期待しちゃうでしょ! それに……俺、女の子と一緒に遊んだことなんて、ほぼなかったし……


「もちろん遊ぶのもいいけど……まずは機材の使い方を覚えてからね! 言ったでしょ? 『私があなたを配信者にする』って!」


「そ、そうだった……」


「そ! だから頑張ろ!」


 ホムラは純粋な笑顔をこちらに向けた。憧れの人の笑顔が、目の前に。それだけで、頑張ろうと思える。


「よ、よぉし! 頑張るぞぉ!」


――


「ふぅ、これでひとまずはいいかな! お疲れ様!」


「ありがとうございます……」


 ホムラの言葉で、俺はようやく息をつけた。頭からすうっと熱が抜ける感覚を味わう。不意に覗いたスマホの時計は、もう18時を示していた。


「すごい集中力だね、スライムヒーローくん!」


「そ、その名前で呼ばんといて下さいよ……ただのその場の思いつきですし」


「そう? 私はいいネーミングだと思うけどな。でも、あの場で名乗っちゃった以上、配信やる時は『スライムヒーロー』で行くんだよね!」


 あ、そうか。みんなにとって俺は『スライムヒーロー』で通ってるのか。ノリとテンションで言っちゃった名前だけど、案外いい……のか?


「さて! この調子ならもう1週間後には配信出来そうね」


「ほ、ホントですか!」


「うん! その代わり、明日も来てくれるかな」


「もちろんです!」


 俺は二つ返事で了解した。本当は部活動決めとか心配だけど……まあ、何とかなるでしょ! それに、ホムラに会える時間が長い方がいい!


「そりゃ良かった! じゃ、また明日!」


「お疲れ様です!」


 俺はそう言いながら身体をぺこりと曲げ、小屋を後にした。外はもう暗く、一等星が輝いていた。


「随分楽しそうだな、リュージ」


 スライムの声がした。夜空を見上げていた顔を、下に落とす。


「まぁな。実際、楽しい」


「そうか」


 その後、しばらくの沈黙が流れた。


「頑張りすぎるなよ。お前の体調不良は、私にも影響を与える」


 沈黙を破ったのはスライムだった。


「ああ、大丈夫だよ。頑張りすぎず頑張るさ」


――


「……はい! 終わり! すっごーい! 1週間で機材の使い方全部覚えちゃうなんて! もう配信できるね!」


「へへ、ありがとうございます」


 憧れの人からお褒めの言葉を貰って、俺は珍しく顔を赤くする。よかったー! こんなところで、ガキの頃調べた知識が生きるなんて!


「こりゃもう今週の週末には配信出来ちゃうね! チャンネルはもう作ってある?」


「一応ですけど……」


 そう言って俺は、スマホの画面を見せる。それを見て、ホムラは嬉しそうな顔を浮かべた。


「じゃ、やっちゃおうよ!」


「え、でもいきなりやって大丈夫ですかね……登録者とか何もいない状態で……」


 そう、配信業にとって、登録者(固定ファン)と話題性はとても大切だ。あの事件から数週間経ってしまった為、もう『スライムヒーロー』で検索する人は少ないだろう。それに加え、登録者すらいないというのは、ウケる見込みが無さすぎるってもんだ。


「それに関しては大丈夫! 私のチャンネルで君のことを宣伝するから!」


「え、え、え!!! マジですか!?」


 俺がここまで驚くのも無理は無い。何せ、チャンネル登録者90万人を誇るホムラが自ら宣伝してくれるというのだから。これなら、知名度が無い問題も解決出来る!


「うん! そんな感じで! よろしく!」


 機材もホムラが貸してくれるらしい。完全バックアップ体制。それも、超大物に、だ。


「俺、頑張らなくっちゃあな!」

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