第7話 偶然と必然


「はぁ、なんだかとんでもないことになっちゃったな」


 俺は風呂の中で天井を見上げる。あの後、ホムラは超特急で帰っていってしまった。俺も面倒ごとは嫌なので、群衆に紛れて帰ったのだ。


「ふむ、それにしては満足そうな顔をしているがな」


「そ、そうか?」


 少し当たってるかもしれない。いや、だいぶだな。


 スライム《こいつ》と出会ったことで、俺は力を手に入れた。憧れのホムラと知り合いになれた。そして何より、俺の夢――ダンジョン配信者が、目の前にまで来ている。こんなに、嬉しいことはあるか。


「だがな、あんまり期待しないでくれ。私とリュージとはあくまで契約関係。食料さえ貰えればある程度のことは手伝うが……やたらめったらに使うのは、な」


「おいおい、そんなこと言わないでくれよ。俺もお前のために頑張るからな。それに、配信で力を使うのも、そんな悪いことじゃないぞ」


「?」


 不思議な顔を浮かべるスライムに、俺は考えを説明した。配信することで俺の名が売れれば、スライムが『俺特有のスキル』という印象を植え付けることが出来る。そうすれば、何も困ることはない。研究者やヤベー奴らに怯える生活も無くなるって訳だ。


「まぁ、一理はある。ただ、身体の主導権は君にあるのでね。私はリュージに委ねるしかないよ」


「任せとけって!」


 俺はスライムに向かってにこりと微笑んだ。スライムとはしっかり友好的な関係を結んでいかなければならない。ここは、俺の腕の見せ所だな。


――


「おい釘張、起きろ!」


「ん……あ!」


 俺は慌てて、机に突っ伏していた身体を起こす。昨日の疲れが祟ったか。寝てしまっていたらしい。みんなの笑い声が耳に染みる。


「お前なぁ……勉強が出来ないなら、せめて授業中くらい起きてろよ。東大に行けって言ってるわけじゃないんだぜ。せめて生徒会長くらいな……」


「生徒会長の真似なんてしたらくたばりますよ。先生はスッポンが月まで飛べると思いますか?」


「ま、それもそうか」


 再び、爆笑の渦が起こった。ったく、こっちは大変なんだから、授業くらい寝てもいいだろうがよ!


――


「く、釘張くん、ちょっと……」


「ん?」


 昼休み、飯を食っていた俺のところに、同クラスの女子が話しかけてきた。別に、特別仲良いって訳じゃないんだけど……


「生徒会長が釘張くんを呼んでて……ほら、あそこ。なんかやらかした?」


「え、え、えええ?」


 いや、俺何もやってないよ!? てか、入学したばっかで事件起こすって、やばくないか!?


「とりあえず行ってきなよ」


「う……ん」


 俺は渋々生徒会長の元へと向かった。ちくしょう、俺が何したってんだよ!


「君が、釘張龍二くんだね」


「そ、そうですが……」


 会長は凛とした顔でこちらを見つめる。綺麗だけど……威圧感があるというか……ちょっと怖いんだよな、会長。


「放課後、予定ある?」


「い、いえ……特には」


「じゃ、生徒会室に来て。職員室の隣にあるから」


「???」


 ちょっと待てよ、生徒会室だって!? 俺、ここでは言えないようなことやらかしちゃった感じ?


「じゃあ、私は仕事があるから」


「ちょ、ちょっと!」


 引き止める間もなく、会長はどこかへと消えてしまった。これは、大変なことになったぞ……


「おいリュージ、鼓動が早すぎる。何かあったのか?」


「なんでもない、多分……大丈夫……」


 口ではこう言いながらも、俺の足はガクガクだった。


――


「ふぅ……来ちまったよ」


 放課後、俺は真っ先に生徒会室へ向かった。緊張からか、ただの木のドアがまるで地獄の門のように見えた。上の表札も、なんだか『地獄行き』と書かれてるみたいで……


 ただ、こうウジウジしていてもしょうがない。俺は恐る恐る、地獄の門を叩いた。


「失礼します。11HRの釘張龍二です」


「入れ」


 氷のような声が扉の奥から響いた。俺はゆっくりとそれを開き、中に入る。


「待っていたよ、釘張くん。いや、スライムヒーローと言った方がいいかな」


「え!? なんでその名前を……」


「おっと、これじゃ分からないか。ちょっと待ってろ……」


 そう言って会長は、喉をゴホゴホと鳴らし始めた。なんだ、何をするんだ?


「みんな、こんにちは〜! ヒーローは誰にでもなれる! 蒼炎勇者、ホムラで〜す! っね!」


「は、は、は、え?」


 この声、この笑顔、この仕草……もしかして……


「そう、私こそ蒼炎勇者ホムラ。本当の名前は九条燎くじょうりょう。よろしくね、釘張くん」


「ほげ、ほげ、ほげほげぎえぴぁぁぁ!?」


 え、え、え! 会長がホムラでホムラが会長!? そして、そんな会長に呼び出されたってことは……ホムラに呼び出されたってこと!? ひ、ひぇぇぇ! 俺、明日死ぬんじゃないか?

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