第2話 IN TO THE SLIME

「こんな状態じゃ会話しずらいな……よっと」


 スライムはそう言うと、俺の頭の上から、中へと入っていった。


「うぉぉぉ!?」


 突然、身体に奇妙な感覚が走った。身体の中を、異物が通り抜けて行くような……それは、頭から、首、胴体を通って、俺の左手に到達した。


「こっちの方がいいだろ」


 その感覚が消えた瞬間、俺の手のひらに、例のスライムの顔が出現した。まん丸おめめに、落書きのような口。絶対、あいつだ。


「お、お、お、お前はなんなんだ! そして、俺の身体に何をした!」


「おいおい、焦りすぎだ。もっと冷静になれ」


 くそ、スライムに諭されるとは。昨日の夜といい、予想外の出来事の連続で頭が回らん。そのついでに、舌まで回らなくなったか。


「さぁな、私にも分からない」


「はぁ!? なんだよそれ! そんなのありかよ!」


「知らないからにはしょうがないだろ。そもそも、私はほぼ何の知識や記憶も持ってない。こうやって話せているのも、リュージの身体に侵入した時に、脳の情報をコピーしたからだぞ」


「あ、やっぱりお前、俺の身体に侵入してきたのか……」


 見た感じで分かってたけどさ……はぁ。ま、こいつに敵意がなさそうなだけマシ、か。


「あ、言ってなかったな。昨日の夜、私はリュージの身体に侵入し、言わば『2人で1つの生物』へとなったのだ。つまり、リュージが死ねば私も死ぬし、その逆も然り。だから私は、君ができるだけ死なないよう、努力させてもらうよ」


 おいおい、そんな漫画みたいなこと、あるかよ。頭がこんがらがりそうだぞ……くそ、こうなりゃヤケだ。できるだけ多くの情報を、こいつから聞き出さなきゃ。


「おい、お前はどうして俺の身体の中に侵入したんだ。あの感じ……お前、スライムだろ。あんな能力あるなんて、知らなかったぞ」


 俺がそう聞くと、スライムはやれやれと言ったような表情で答えた。


「それも分からない。あの時、私は本能で動いていた、というような記憶しかなくてね」


 くっそー。こいつ、役に立たねー! ちっとは情報よこせって!


「龍二ー! ご飯よー!」


 そんなことを思っていると、お母さんの元気そうな声が外から聞こえた。昨日、あんなことがあったあとだから心配してたけど……元気そうで良かった。


 そうだ。あのスライムに釘を刺しておかないと。


「おいお前! 俺は今から学校に行ってくる! そして、そこにはお前のことを知らない他人が沢山いるんだ! そいつらにお前の存在がバレたら、多分やばいことになる! だから、じっとしていろよ!」


 もしこいつの存在がバレたら……俺はなんかの実験台にされちまうだろう。ダンジョンの外に出てくるモンスター。それに、人への侵入能力もある。そんなやつ、科学者が放っておくないだろう。


「なんだって……それは困る……確か、学校という単語は、コピーしたなかのどこかに……」


「とにかく、俺がいいって言うまで、お前はじっとしてろ! いいな!」


「理解した。でも、もう少し落ち着いた方が」


「うるせー! お前のせいだ!」


 ったく。学校に行くのも一苦労かよ。一体、俺はこれからどうなるんだ?


――


「えー、1965年のダンジョン出現以降、人々の暮らしは大きく変わった……」


 よし、なんとか学校まで来たぞ。まだ、スライムは大人しくしている。このままずっと大人しくしててくれればいいんだけど……


「おいリュージ。授業というのは面白いな。リュージの記憶になかった情報も沢山仕入れられる」


 左手から声がした。俺は咄嗟にその方向を振り向く。そこには、案の定スライムの顔が出てきていた。ちくしょう、何してやがんだ!


「ば、バカっ! 出てくんなって言っただろ!!!」


「おーどうした釘張くぎはり。夢の中からお母ちゃんでも出てきちまったかー?」


 焦る俺とは裏腹に、先生はさっきの叫びを茶化す。どっと沸く教室内。とりあえず、笑いに変わってよかった。先生、グッジョブ!


「あ、あははは……」


 俺はただ、苦笑いすることしか出来なかった。


――


 その授業が終わった後の休み時間。俺は急いでトイレへと向かい、スライムを問い詰めた。


「おい! 危ないところだったんだぞ!」


「やはり人間社会というのは慣れんな。すぐ異端者を排除しにくる。慣れなければ……」


 スライムはその目を細め、少し申し訳なさそうに項垂れた。


「ま、次から気をつけてくれればいいんだけどよ。命の危機なんだからな!」


「ああ、分かっている」


「よし!」


 俺の言葉に反応し、スライムはしゅるしゅると身体の中に戻って行った。これで懲りてくれればいいんだけどな。


――


「お前ら、早く帰れよー」


 教師の合図で、皆がいっせいに下校を始める。入学してまだ2週間。部活も始まっていないため、教室に残る生徒は数少ない。例に漏れず、俺も帰る支度をした。


「リュージ」


 スライムの声だ。瞬時に左手を確認する。大丈夫、スライムの顔は現れていなかった。俺はボロが出ないうちに人目のない所へと避難する。


「どうした急に。ちょっと危なかったぞ」


 注意したのに繰り返すとは。だが、それだけ重要なことなんだろう。俺は身構えてスライムの話を待つ。


「腹が減った。ダンジョンに連れて行け」

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