第2話

「た、たちの悪い冗談はやめろ、カーナリア!」


 ソルタスが叫ぶ。

 その声は隠しようのないほどに動揺していた。


 その明らかに変わった様子を見て、私は思わずため息をつきそうになる。

 先ほどまでの、私への偉そうな態度はどこに行ったのだと。

 しかし、それ以上に私には言うべきことがあった。


「冗談? そんな訳ないでしょうに。──心あたりなんて、山ほどあるでしょうに」


「……っ」


 その言葉に、ソルタスの顔色が変わる。

 その態度こそが、何より雄弁に物語っていた。


 私の言葉が図星であると。


 何の言葉もないソルタスに、私はさらに続けようとする。

 しかし、その前に相変わらずにやにやとした笑みを崩さないカルバスが口を開いた。


「おや、恩のある子爵家を裏切るのですか?」


 そういいながら、カルバスの目に浮かぶのは嘲りだった。

 その目のまま、さも心配そうな表情を浮かべて口を開く。


「奥様は亡き先代子爵家夫人のことをお忘れで?」


 その瞬間、私の表情を怒りが支配する。

 どの口で私の恩人について口にするのだと。


 ……そう、こうしてソルタスとカルバスが私に強気に出る原因、それこそ先代子爵夫人、お義母様だった。


 お義母様は私にとって、恩人そのものだった。

 窓に映った私の姿が目に入る。

 茶色い髪に、目。

 それは金髪であることを至上とするこの貴族社会において、侮蔑の対象だった。

 私は親族の貴族達に侮蔑され、両親には家族の一員と認めることさえいやがられた。


 そんな私を初めて救ってくれた人こそが、子爵家の女傑と名高いお義母様だった。


 お義母様は私に様々な知識を与え、育ててくれた。

 初めて愛情を与えてもらった相手が、お義母様だった。


「今奥様が社交界で名を馳せられるのは、アルダート商会という商会の伝手を得られたのは、先代子爵夫人のおかげなのでしょう? なら、ここでそんなわがままをいうのはやめて下さい」


 そしてそれを知るからこそ、カルバスは私を嘲っていた。

 どうせ、子爵家を離れることはできないと、そう思って。


「私も投手様も、奥様に期待しすぎたことは謝罪します。しかし、あくまでこれは奥様に期待していただけなのです。このような無茶を頼むことはありませんから」


 カルバスはその場だけ話を終わらせようとする。

 それは私が話し合おうとした時、毎回やる手法。

 内心私に舌を出しながら、表面上だけは私に誠意を見せる。

 そして、最後に告げる言葉が私は大嫌いだった。


「だから奥様も我が儘はやめ……」


「ないわ。だって、我が儘ではないもの」


「っ!」


 だから私は、その言葉にあわせてにっこりと笑って告げた。


「ご高説どうも。でも悪いわね。──子爵家に残ることが恩を返すことになる、なんて私思ってないから」


 その時、カルバスの顔から余裕の笑みの仮面が剥がれ落ちた。



◇◇◇


 明日も2話更新させて頂きます。

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