第3話 再会
普段の大学生活に戻った修平は、そろそろ就職活動を考えなければいけない時期に差し掛かっていた。大学の就職相談室にも頻繁に顔を出すようになり、まるで一年生の頃に戻ったかのように、大学に顔を出していた。
しかし、精神的にはまったく違う。
これから大学生活を楽しめると思ったあの時期と違い、これから社会という荒波に呑まれるための準備段階としての就職活動。まるで受験生に戻ったかのようだ。
高校時代の孤独で単純な勉強とは違い、就職活動は相手があること。いかに自分をアピールできるかというのがカギになってくるのだが、果たして修平にどんな武器があるというのだろう。それを思うと、不安以外の何者でもなかった。
それを払拭させるため、大学の就職相談室に足しげく通っている。
「気を紛らわせるため」
というのが重要な役目として機能するものだということを、その時初めて知った。確かにまわりは皆敵だと思ってしまうと、高校時代の孤独で単純な受験勉強を思い出させるが、情報交換に利用していると思うと、少しは違ってくる。
二度と、高校時代の受験勉強の頃には戻りたくないという思いが、頭の中に交錯していることに気が付いた。高校時代の受験勉強の時期に戻るということは、今までの大学時代に過ごした四年間を、すべて打ち消してしまうような気がして仕方がなかったからだ。その中に、さつきや裕子のことも含まれているということを意識はしなかったが、無意識にでも感じているからこそ、戻りたくないという思いが強かったに違いない。
就職活動も佳境に入り、とりあえず内定を一つもらった修平だったが、正直、自分のやりたい仕事での会社ではなかった。何とか他にも内定がもらえないかということで、必死になって就職活動を続けていたが、なかなかうまくはいかなかった。やはりあまり気が進まないとはいえ、一社でも内定をもらうと、緊張感は途切れてしまうもののようだ。
そんなある日、面接会場で懐かしい人に出会った。懐かしいというにはそんなに時間が経っているわけではないのに、それでも懐かしいと感じるのは、それだけ就職活動中は今までとはまった違った時間が流れていたからだろう。
「修平さん、お久しぶり」
何の屈託もない笑顔で近づいてきたのは、彼女の方だった。
「ああ、君の方こそ、お元気そうで何より」
目の前に現れたのは、さつきだった。裕子とうまくいかなくなって、さつきとも会うことがなくなってしまうと、恋愛も友情も、どちらも中途半端になったようで、どこか煮え切らない気持ちになったが、
「吹っ切るなら今だ」
と、すべてを一緒に吹っ切ることを選んだ修平に、中途半端な気分になったなどという言い訳は利かないだろう。それでも、おっ互いに暗黙の了解があったのか、別れはスムーズだった。あまりにもスムーズ過ぎて、気持ち悪いくらいだった。
こちらが勝手に離れていったのに、再会したさつきは、それまでのいきさつを水に流してくれたかのような屈託のない笑顔に、思わず後ずさりしてしまいそうになった修平だった。
「裕子とは、あれから?」
「ええ、連絡も取っていません」
裕子との間では、お互いにぎこちなさを感じていたこともあり、交際の結末として、自然消滅というのは、大いにありえることなので、二人が連絡を取り合わなくなったとしても、それは別に不思議のないことだった。
そのことを裕子はさつきに話していないようだ。ということは、さつきと裕子の間に、最初から修平は存在しなかったことになる。修平は少なくとも、知り合った二人は最初は横一線だったものが、次第に裕子を気にするようになると、優先順位が生まれてきた。それがそのまま恋愛感情に結びついたと言ってもいいだろう。ひょっとするとぎこちなさの原因は、さつきという女性の存在が大きかったのかも知れない。
少なくとも修平はそう思っていたが、裕子の方はそうではなかった。修平と裕子の間にさつきは介在する余地がなく、さつきにとっても、修平と裕子の間に入り込むつもりはさらさらなかったに違いない。
修平とさつきの間に芽生えた友情は、修平としては、
「裕子の存在が大きい」
と思っていたにも関わらず、さつきの方では、
「裕子は関係ない」
と思っていたのだろう。
ここでの差は、思ったよりも大きかったに違いない。裕子とぎこちなくなった修平は、さつきに対してもどこか近寄りがたい思いを抱いたことで生まれた遠慮が、修平しか見ていなかったさつきには、修平の気持ちを計り知ることはできなかったのだろう。
「さつきの方でも自然消滅だと思っていたのかも知れない」
修平はそう感じたが、同じ自然消滅でも、それぞれの立場からは、まったく違った印象だったに違いない。
どちらに後ろめたさがあったかとすれば修平の方だっただろう。さつきの方は、ただの自然消滅、つまりは、本当の友情を感じてくれていたのかということを疑いたくなるほどである。
さつきの方とすれば、裕子に黙って修平と会うということに少しは後ろめたさがあったのかも知れないが、それをスリルのような感覚で思っていたのだとすれば、そこに友情は存在しないのではないだろうか。
修平の方とすれば、裕子がいながら、さつきと二人きりで会っている。
「男女間の友情を確かめたい」
という思いだっただろう。
それは裕子という女性がいたから、さつきに対して感じた感情なのか、それとも、裕子には関係なくさつきに対して、純粋に友情を感じたのか、それによっても、感覚はまったく違ってくる。
修平は、さつきとの友情は、
「裕子の存在ありき」
だと思っていた。
修平から見ると、さつきも裕子も、似ているところが多かった。第一印象から、どんどん二人のことを知っていくうちに、似ているところを発見していけるような気がしたのだ。それが、修平にとっては面白った。裕子に対して恋愛感情を抱いたのに、さつきには何も抱かないなど、修平の中ではありえないことだったのだ。
ただ、修平は二人とそれぞれ付き合っている中で、どこか物足りなさを感じていた。
「一人一人と付き合うと、それぞれに魅力を感じるのに、二人一緒にいる時は、何か物足りないんだよな」
と思っていた。
一足す一が、二ではなく、三にも四にもなることはあっても、二に満たないということはあまりなかった。対象の二人が仲が悪かったりするのであれば、そんなことも考えられるが、そんなことはない。二人のまわりに大きな円を描くと、橋の方に大きな隙間があるのが感じられた。
その隙間は結構大きく、一人が余裕で入ることができるくらいの大きさだ。しかし、その大きさも一人が入ってカツカツの大きさであり、余裕のないものだ。そういう意味では、非現実的なイメージでしかなかったのだ。
二人と一緒にいる時、時々二人が見つめ合っているように感じることがある。しかし、その表情はまったくの無表情で、相手に何かを訴えるというわけでもない。お互いに冷めた目で見ていると言ってもいいくらいで、見ている修平は、目を逸らしたいのはやまやまなのに、どうしても、目を逸らすことのできない空間が、そこには存在していたのだ。
そのうち、
「おや?」
と感じた時があった。
それは、裕子がさつきの方を見ている力に強さを感じた時のことだった。普段は、無表情なので、お互いに力の均衡は守られているはずなのに、その時は、明らかに裕子の方が強かった。
そして、裕子は凝視した目をカッと見開いて、怯えのようなものが見え隠れしているのが感じられた。
「裕子の視線は、さつきにあるんじゃないんだ」
どうやら、さつきのうしろに何かが見えているようで、それを見て、怯えているように思えてならなかった。それが、何かのモノなのか、誰かの幻でも見ているのか、怯えが感じられるのを見ると、幻を見ているのではないかと思えてならなかった。
「普段、お互いに見つめ合っている無表情のあの時間、ひょっとすると、二人の間で時間が止まっているのかも知れない」
空気の冷たさを感じることで、二人の間に、時間を感じることができなかった。見つめている修平もその時間は、二人と同じ、つまりは、
「凍り付いた時間」
の中に、一緒にいるのかも知れない。
「いや、一緒にいるというよりも、閉じ込められていると言った方が正解なのかも知れない」
そんな風に感じると、
「二人を一緒の次元で見ること自体が間違いなのかも知れない」
と思うようになった。
この思いは、再会してから感じたものではない。二人の前から姿を消す前に、一度感じたような気がした。
「この思いが、俺を二人から引き離す原動力になったのかも知れないな」
と、以前の記憶だと思いながらも、新しい意識として塗り替えてしまいたいという思いを抱いているような気がしていた。
そういえば、さつきや裕子とそれぞれと一緒にいる時、さつきは裕子の話を、裕子はさつきの話をすることはあまりなかった。それぞれ三人で知り合ったのだから、話をするのは自然なことで、話をしないことの方が、不自然に感じられた。
その代わり、出てくる話題といえば、さおりのことだった。
確かに皆が知り合ったのは、さおりの不可解な行動からだったのだが、二人の言い分は少し違っていた。
裕子の方では、
「付き合っていた彼に先立たれて悩んでいたのね。ひょっとしたら、自殺まで考えていたのかも知れないわ」
と言っていたのに対し、さつきの方からは、
「新しい彼氏ができたんだけど、その人にお腹の子供のことが言えなくて、それで一人悩んでいたようなの。だから、あんな暴挙とも言える行動に出たのかも知れないわね。だって、普通なら、今までのさおりから考えれば、あんなに追い詰められるなんて考えられないもの」
「その男をそこまで愛していたということなのかな?」
「そうじゃないわ。愛していたわけではないと思う。むしろ、死んだ彼のことを忘れさせてくれる相手を探していたのかも知れないわ。そんなことのできる性格でもないはずのさおりだと思っていたので、相当追い詰められていたんでしょうね」
追い詰められていたということに関しては、二人とも同じ意見なのだろうが、そこに至るまでの過程が、まったく違っている。ここまで違っているというのも、考えてみれば不思議なものだ。さおりという女性は、裕子、さつき、それぞれとも気づかれないように付き合っていたのかも知れない。
そう思うと、
「まるで俺みたいじゃないか」
さつきと裕子の二人の関係は、まわりに対して、それぞれ付き合いたくなるようなオーラを醸し出しているのかも知れない。
そこまで考えてくると、さつきと裕子の間にあった大きな隙間には、さおりが入り込むのかも知れない。
しかし、入り込むと言っても、身動きのできる余地のない、カツカツの状態にである。さおりの顔を思い浮かべようとするが、浮かんでくるものではなかった。きっと最初の時に見た救急車で運ばれた時に見たあの顔が、強烈な印象として、頭の中に残っているからであろう。
さつきや裕子と交流があった時、さおりはまだ精神的に闇を抱えているようだった。二人は一様にさおりの心配をし、まるで、自分のことのように恐れていたようだ。
「一体、何に怯えていたのだろう?」
さおりの話をする時、二人とも、少し顔を上にあげて、遠くを見るような目で、黄昏ているような様子だった。
「夕日をバックにすると似合いそうだ」
という思いを抱かせていたにも関わらず、急に何かを思い出したかのようにビクッとなり、怯えからか震えだすのだった。
二人のうちのどちらかの様子を垣間見たことで、さおりの話が出た時、その時の印象の強さからか、二人が同じリアクションを示しているように思えてくる。
さおりのことは、二人から聞いて、それぞれ微妙に違っていながらも、総合的に判断し、自分の中で勝手なストーリーをこしらえていたような気がする。
さおりに関しては、可哀そうな女の子だとは思ったが、どうにも魅力を感じなかった。付き合っている人が最初からいたということを、最初から知っていたことが、一番のネックだったような気がする。
修平は、誰かを好きになっても、その時に付き合っている人がいたり、誰も付き合っている人がいなかったとしても、他に彼女のことを好きだという人がいたりすると、冷めてしまうタイプだった。
「修平が好きなタイプというのは、誰ともバッティングすることないので、安心だ」
と、高校の頃から言われていた。
それだけ、付き合っている人や、他の人と争うような相手を好きになることはないという証拠で、
「諦めるくらいなら、誰とも競合しないような相手を選ぶ方が無難だ」
と思うようになったのだ。
裕子を好きになったのも、その理由が大きかった。
見た目も大人しそうで、どこか話しかけにくいタイプの裕子に、彼氏がいるわけはないという思いもあり、
「さつきと裕子を並べたら、さつきの方がモテるに違いない」
と分かっていたからこそ、裕子と付き合うことにしたのだ。
それでも、さつきとは話が合った。
「恋人同士ではないことで、できる話もあるのだろう」
という思いが解放感に繋がり、さつきとの雰囲気をオープンにしたに違いない。
だが、二人の関係を裕子に知られるわけにはいかないという思いは、ある意味ドキドキしたものを与えてくれ、スリル溢れる関係を、修平は楽しんでいた。
「ひょっとすると、さつきも楽しんでいたのかも知れない」
そんな不可思議な思いがあったからこそ、さつきと裕子の間に大きな隙間があることを感じ、別れに際しても、それほどトラブルもなく別れることができたのではないかと思えてきた。
そんな二人が共通の話題を持っていて、それぞれに言い分が微妙に違っているというのも不思議なものだ。それも、修平を含めた三人の関係で考えると、どこかに辻褄が合うキーワードが潜んでいるに違いない。
修平は結局その後の就活はうまくいかず、最初に内定をもらった金融機関関係の会社に就職した。目の前にたくさんのお金があっても、それは他人の金だという意識が強かったのと、細かいことが苦手な修平に務まるかどうか自信がなかったが、やってみれば、結構合っていたのかも知れない。今ではだいぶ慣れてきて、会社でもそれなりに評価されているようだ。
「俺がやりたかった仕事って何だったんだろう?」
詳細なビジョンがあったわけではない。出版関係や、マスコミに興味はあったが、今から思えば、仕事にするとどうだったんだろうと疑問しか浮かんで来ない。趣味や興味のあることを仕事にしてしまうと、それが嵌った時は楽しいのかも知れないが、気持ちに余裕がなくなると、逃げ場がなくなってしまう。
逃げ場という表現が適切でなければ、癒しの場とでもいうべきだろうか。自分にとっての「隠れ家」は、文字通り人に知られてはいけないばかりか、自分の中にある余裕がなくなった時に現れるもう一人の自分にも知られてはいけないものに違いないのだ。
そんな時にさつきと再会した。
さつきも、もちろん以前のさつきではないのだろうが、修平自身も、昔の自分ではないと思っている。仕事が嫌だと思っていない分、自分は成長したのだと思っていたからだった。
「さつきさんは、どなたかお付き合いされている方、おられるんですか?」
さつきのように人当たりのいい女性を、男性は放っておかないような気がした。修平としても、最初に出会った時、裕子と一緒でなければ、どんな気持ちになったのかと思い返すこともあった。しかし、どうしても、思い出す時、最初に出てくるのは裕子のことだった。
今、裕子の後ろにいるさつきしか見ていなかったことに気づくと、改めてさつきを凝視してみたくなったのも事実である。修平には、さつきが大きく見えた。それは裕子の後ろに立っていながら、さつきの姿がハッキリと見えたからだ。
しかし、今目の前にいるさつきには、あまり大きさは感じない。むしろ、小柄で華奢なその身体は、頼りなさすら感じさせるほどだった。
「守ってあげたいなんておこがましいと思っていたが、今のさつきには、そんな言葉がピッタリだ」
と思っている。
さつきとは、再会してから、数回会っている。さつきに誰か付き合っている人がいるかどうか確認するには、ちょうどいい機会くらいにはなっていた。
「卒業するまでは、どなたともお付き合いすることはなかったんですが、就職してから、会社の人とお付き合いするようになったんです」
「今も、その人と?」
「いえ、すぐにお別れしました。合わなかったのかも知れませんね」
「さつきさんをふるなんて、羨ましい色男だ」
皮肉を込めて言ったつもりだったが、
「いえ、ふったのは、私の方なんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ、でも最初にどこか噛み合わないと感じたのは、彼の方だったと思います。急によそよそしさが感じられ、会話が続かなくなったんです。それまで続いていた会話の時間にポッカリと大きな穴が開いてしまって、気が付けば、両側から黙って二人とも、その穴を見つめていたんでしょうね」
「その時に、お互いに考えていたことは違っていた?」
「ええ、違っていたと思います。私も彼も、お互いに目を合わせることも、相手を意識することさえありませんでした。少しでも相手を意識するならば、目を合わせないまでも、相手を意識くらいはするでしょうからね。目の前にいながら、眼中にないというのは寂しいものです。しかも、二人で同じように眼中になかったんですから、きっと、目の前にある穴を幻だと思いながらも、穴を必死で肯定しようとしていたんでしょうね。それだけ、相手を否定したかったのかも知れません」
「考えていたことは違っていながら、結果として表から見ると、同じにしか見えないというのも、悲しいことなんでしょうか?」
「おっしゃる通りですね」
「僕は、今までにそんな経験はないのでよく分かりません」
「別れることになる男女というのは、意識しているしていないということを度返しすると、誰もが私と同じ感覚になるんだって思っています。きっと、夢を見たと思っているんでしょうね。夢であれば、目が覚めるにしたがって忘れていくものですからね」
「なるほど、そうかも知れませんね」
「私は、それからいろいろな方とお付き合いをしました。これでも、結構男性から声を掛けられるんですよ。でも、やっぱりすぐに別れてしまう。別れというのも、マンネリ化するものなんでしょうかね?」
「マンネリ化というよりも、連鎖反応なのかも知れませんね」
「というと?」
「マンネリ化というのは、同じことを繰り返しているうちに、意識や感覚がマヒしてしまって、ショックなことだったり、嬉しいことだったりする喜怒哀楽の感情が欠落してしまうことなんだって思うんですよ。つまりは、その人の意志が影響している」
そこまで言って、修平は水を口に含むと、同じようにさつきも彼のマネをするかのように、水がまだ満タンに入っているグラスを口に近づけた。
さつきは、会話が盛り上がってきも、少々のことでは咽喉が乾かない。コップに水が残っていたのは咽喉が乾いていなかったからというわけではない。この日の修平との会話では珍しく、自分の咽喉がカラカラに乾いていることすら忘れてしまうほど、彼との会話に集中していたようだ。
「はい」
咽喉を潤すと、相槌を打った。
「でも連鎖反応というのは、理由はよく分からないが、普段頻繁には起こらないようなことが続いてしまうことがある。たとえば事故なんかがそうですよね。何か不思議な力が働いているのではないかと言われることもありますが、実際には、当事者の意志が働いているわけではない。そういう意味では、マンネリ化とは正反対の感覚ではないかと思うんです」
さつきは、あっけにとられて修平の顔を見つめている。呆れているわけではない。かといって感心しているわけでもない。何か自分の中で葛藤があり、その葛藤と向き合おうとしているのかも知れない。
「なるほど、分かったような分からないような」
その言葉に偽りはないだろう。曖昧な気持ちを表現するのに、これほど最適な言葉はないかも知れない。
しかし、考えてみると、修平の言いたいことは、さつきが別れることになるのは、さつきの意志が働いていないということを暗に仄めかしているように思える。
確かに、自分でもよく分かっていない部分はあるが、男性との別れなど、そうそうすべてを分かる人など、そうはいないだろう。そう思えば、修平の言っていることは、さつきの中で、おおよそ承認できるものではなかった。
認めたくないという思いは顔に出るものなのかも知れない。さつきの顔を見て、修平はニヤリと笑った。いわゆる
「どや顔」
というものなのかも知れないが、その顔を見ると、少し苛立ちを感じた。
しかし、考えてみれば、久しぶりに再会した男性としては、最近の自分が男性との交際や別れを繰り返しているということを面白くないと思っているのは当たり前のことではないだろうか。それを分かっていながら意地悪しているかのように、これ見よがしに語るというのは、今までのさつきにはないことだった。
それを分かっていたかのようなどや顔は、さすがにさつきにも想定外だったこともあって、少し癪に触っている。
「最初に張り合ったのは自分なのに、ちょっと虫が良すぎるかしら?」
やりすぎたという気持ちもあっただろう。だが、一度振り上げた鉈のやり場に困ってしまったさつきは、会話をこのまま続けるしかなかった。できることとすれば、なるべく会話の的を自分から外してしまうことくらいだろうか。
「修平さんはどうなの? 誰かいい人見つかった?」
修平のどや顔に少し陰りが見えた。
「いえ、お付き合いしている人はいませんね。一人を謳歌していますよ」
その言葉に、修平としては、偽りはなかった。しかし、その言葉をさつきはどれほど信じただろうか?
「修平さんは、結婚なんて考えますか?」
「どういうことですか?」
「異性が気になり始める時というのは、男女の差はあるでしょうが、思春期という意味では、そこまで変わりありませんよね。でも、結婚したい時期というのは、一生のうちに本当にあるらしく、こちらは、男女の差というよりも、個人単位の差の方が大きいような気がするんです」
「そうかも知れませんね。でも、本当ん結婚したいと思う時期というのは、すべての人間に備わっているものなんでしょうか? 中には、結婚したくないと思って、ずっと独身を通している人もいますよ」
「でも、そんな人は、結婚よりも仕事という思いで、仕事を優先した。つまり、結婚を犠牲にしたという考えも成り立ちませんか?」
「そうですね。でも、仕事を優先したと思っている人は、結婚したいという時期があることを頭から信じていたので、結婚を犠牲にしたと思っているだけで、本当に犠牲になんかしていないのかも知れませんよ」
「それは私も思いますが、私個人の考えとして、すべての人に結婚願望はあってほしいと思っているんですよ。もし、それがないのだとすれば、生まれた時から、その人の運命は決まっていたのではないかと思えてしまうんですよ」
さつきの考えは、修平が思っているよりも、大きく膨らんでいるようだ。まさか、さつきが人間の出生の瞬間にまで考えが及んでいるなどと、思いもしなかった。
「さつきさんは、人の一生は生まれた時に、すでにある程度決まっていると思っているんですか?」
「そうね。ある程度までは決まっていると思っています。もちろん、その後の環境にもよってくるとは思うんですけど、その人の性格は生まれた時に形成されていると考える方です。人の性格を持って生まれたものと、育った環境だっていいますけど、聞いていると、半々に感じませんか? 私は極端に言えば、持って生まれたものがすべてだと言ってもいいくらいだと思っているんですよ」
「それは極端ですね」
「確かに極端ではありますが、その人の持って生まれた性格が、自分のまわりを動かすという風に考えると、環境が人の性格を変えるのではなく、人の性格に環境が合ってくると考えても無理はないと思うんです」
どうやらさつきという女性の考え方は、
「人間中心」
ということのようだ。
環境すら人の性格が左右するという考え方が、それを証明しているのであろう。
しかし、そこまで考えてくると、
「さつきという女性は、俺の考え方に共鳴してくれるかも知れないな」
と思えてきた。
修平は、自分の考え方が時々暴走を始めることがあり、そのことをまわりに知られたくないという思いから、なるべく自分の考えを封印してしまうところがあった。それは、人に気を遣っているわけではなく、あくまでも自分のためだった。
ただ、修平は自分一人で考えている時よりも、人との会話の中から、それまで自分の中で消化できなかった考えを新たに発展させることができる性格だった。それは、人との会話で自分の考えを咀嚼できるからであって、そのことを一番理解できるのも、人との会話の最中であることが分かるようになってきた。
さつきの中にある、
「人間中心」
という考えは、自分の考えをあまり表に出したくないと思っている自分とは別に、
「他の人と同じ考えでは満足できない」
という欲張りなところがある修平独自の考えでもあった。
「結婚というのは相手があることなので、なかなか成就することは難しいのかも知れませんが、願望を持つことには何ら仔細はありませんからね」
さつきは話を戻した。
しかし、さつきは一体何が言いたいのだろう?
「願望があって、その中で自分に合う人を探すわけですからね」
「確かに今は離婚も多いし、夫婦生活をしている人の中に、本当に幸せを感じながら過ごしている人がどれほどいるかということですね」
「でも、結婚したという事実は、それ以降どうなろうとも変わりがあるわけではないので、結婚願望を持って結婚したという意味では、その瞬間は、幸せだったということですよね」
「その通りなんです。結婚したいと思ったから結婚したという考えは、ごく自然なことなんですよ」
「さつきさんは、その行動を本能だと思っておられるんですか?」
「本能……、確かにそうですね。でも、本能というと、意志が働いていないということですよね。だから、本能という一言で表すのには、少し抵抗があります」
「でも、さつきさんは、本能だと言いたいと思っているように感じられて仕方がないんですが……」
「恋愛と結婚は違いますからね。そういう意味では、結婚は恋愛の延長ではないということです」
「さつきさんは、過程があって結論に達するという理論は、結婚と恋愛に関しては当てはまらないと思っているんですか?」
「少なくとも私は思っています。もし、そうであるなら、恋愛結婚が成就する可能性は、もっと少ないんじゃないかって思うんですよ。結婚するのは簡単かも知れませんが、別れるというのは、大変なことです。恋愛で別れるのとは訳が違いますからね」
「離婚は結婚の数倍の労力を必要とすると聞いたことがありますが、終わらせるということがどれほど難しいかということなんでしょうね」
「話は飛躍しすぎているかも知れませんが、戦争も始めるよりも、いかに終わらせるかということが重要だと言います。つまりは、無理がある戦いなら、戦いを始める前から、どうやって終わらせるかという青写真を描いておかないといけないということなんでしょうね」
「結婚だって、誰もが期待と不安を胸に抱いてするものなんですよね。しかもほとんどの人が期待よりも不安を強く持つことになる。最初から期待を強く持ってしまった人は、途中で必ず『こんなはずではなかった』と思い、不安の方が強くなる。遅かれ早かれそう思うんでしょうが、かなりの人は、そう感じた時、すでに後には引けなくなってしまい、修復が不可能な状態に陥ってしまうんじゃないかな?」
「でも、そんなことばかり考えていたのでは、寂しい限りですよね」
「でも考えなければいけない時は必ず来るんだから、最初から頭に入れておくというのは悪いことではない」
さつきは、その言葉を聞いて、頷いた。
修平も、言葉には出さないだけで、さつきのような考えを持っていた。就職してから、大学時代の友人とも、ほとんど交流のなくなった修平は、こんな話ができる相手がいなかったのだ。
まさか、会社の同僚とこんな話ができるはずもない。少なくとも金融機関のような「お堅い」職場では、恋愛についての会話など、ありえることではなかった。
仕事が終わって、同僚と呑みに行くこともない。普段は、会社と家の往復で、家に帰ると疲れからか、何もする気にはなくなっていた。殺風景なので、テレビはつけているが、画面を目で追っていたとしても、見ているわけではない。チャンネルとすれば、ニュースかバラエティという極端なものだが、ニュースもよほど自分に関係のありそうなことでもない限り、スルーしていた。最近は仕事にも慣れてきたので、それほど疲れることもなくなったが、これまでの習慣を変えるまでには至らず、相変わらずの生活を続けていた。
そんな時に再会したのがさつきだった。
実は、さつきとの再会の少し前から、萩の街を恋しく思っていた。ただ、思い出すのは観光についてのことばかりで、さつきやさおり、裕子との出会いに関して思い出すことはなかった。
あの思い出は、萩の街での思い出でありながら、自分の中では完全に切り離していた思い出だった。その二つの思い出を結びつけるキーワードとなるのが、「夏みかん」だったのだ。
夏みかんジュースの喫茶店、あの店のイメージは、あの三人を最初に見かけた時、そのままに印象に残っている。そして、観光した時に感じた思い出も、同じように残っているのだが、同じ店だという感覚にまったく違和感はなかった。
つまりは、夏みかんジュースの喫茶店だけは、萩の街の印象と、三人と出会った時の印象を思い出させる唯一の環境だったのだ。
しかし、実際に印象深かったのは、夏みかんジュースの喫茶店ではない。さおりが救急車で運ばれたのは、宿の中にある喫茶店だった。にも拘わらず、どうしても夏みかんジュースの喫茶店に頭がこだわっているのは、自分の中にある記憶と思い出そうとする意識の中に、何か違いがあるからなのかも知れない。
その違いも大きなものであるならば、違和感が満載のはずなのに、違和感がないということは、本当に些細なことに違いない。
その時のさつきのイメージで印象的だったのは、笑顔だった。
「笑顔の似合う女性というのは、少しくらい雰囲気が変わっても、同じ笑顔でいてくれる」
という思いが強い。さつきに関しても、思い出として残っている場所が、夏みかんジュースのお店とはいえ、記憶と意識の間にギャップは感じられない。その思いがあるから修平は、さつきへの記憶が鮮明なのだと思っていた。
「萩で救急車で運ばれたさおりがいたでしょう?」
「ああ」
「さおりは、あれからすぐに結婚したの。あの時に付き合っていた人だっただけどね」
「確か、そういう話だったね」
「ええ、その人と今はうまく行っていて、私たちの中で、今一番幸せなのが、さおりなんじゃないかって思うの」
「かなり追い詰められていたようだったって話だったよね?」
「ええ、かなり追い詰められて、結局暴挙に出たんだけど、そのショックから立ち直るまで、少し時間は掛かったんだけど、それでも、ショックから立ち直ると、自分のことがよく見えてきたようなの。何をしなければいけないのかって、ずっと考えていたらしいんだけど、今の自分に何ができるのかっていう考えに変えると、スーッと気が楽になったらしいの。その時に見つけた結論が、『目の前にいる人を大切にすることだ』っていうことらしいの。するとそれまで、夢にずっと出てきていた彼が出てこなくなったんですって、許してくれたんだって思うと話してくれたわ。許す、許さないの問題ではないとは思うんだけど、さおりが自分で納得したんだから、それでいいと思うの。その話を聞いていると、私はそういう結末を望んでいたって思っていたんだけど、どこか違う気がするの。ありきたりな言葉では言い表せないようなね。私はさおりと話していると、今、どうして一番幸せに見えるのがさおりなのか、分かる気がしてきたのよ」
さつきの言葉にウソはない。話を聞いていて、修平も、
――まるで自分が考えていたことそのものだ――
と思ったが、ゆっくり考えていくうちに、少し違っているような気がしてきた。安心感は与えられたが、もう一つ、何か違うものが潜んでいるように思う。それが何なのか、その時の修平には分からなかった。
さつきとは、それから何度か待ち合わせて会うようになった。さつきにも今は誰も付き合っている人がいないということだし、修平にも最初から誰もいない。別に誰に後ろめたいわけでもなく、普通に会って話ができた。
だが、二人は交際しようとまでは思っていなかった。二人の間で引っかかっていたのは裕子のことで、なるべく修平は裕子の話題を出さないようにしようと心掛けていたが、さつきの方は、そんな意識はなく、むしろ裕子のことを話題にしたいくらいだった。
それまでは夕方仕事が終わってから会うことが多かったが、休みの日に朝から待ち合わせてみたいと言い出したのは、さつきの方だった。
それまで夕方から夜が多かっただけに、修平の方も少し戸惑いがあってか、昼前から暖かくなるという話だったのに、冬のいで立ちで現れた。
さすがにマフラーはしていなかったが、コートを羽織っているのは目立つようで、会ってからすぐにコートを脱いで、腕にかけて歩いていた。片方の腕にはさつきが手を伸ばしていて、知らない人が見れば、どこから見ても付き合いだしてから結構長いカップルに思えるに違いない。
それでも、さつきは修平に心を許しているわけではない。修平の方でもそのことは分かっていて、しな垂れるように身体を預けてくるさつきを抗おうとはしなかった。
本当は付き合っているのに、まわりから付き合っていないように見えるようにしようとするのはよくあることだ。しかし、まわりから付き合っているように見られても、実際には付き合っていないというような関係は、今までの修平の頭に中にはなかったことだ。
――ひょっとすると、さつきの頭の中にもなかったことかも知れない――
しかし、二人にはこれが自然だった。
「別に付き合うってお互いに公言する必要ってあるのかしら?」
「それは、友達以上恋人未満という意味?」
「それに近いかも知れないわね。友達と恋人の間に何かもう一つあってもよさそうな気がするの。それが私たちのような関係なのかも知れないわね」
「僕は自然な関係だって思っているけど、どうなんだろう?」
「自然な関係と、普通の関係というのは、まったく違っているのよね。普通の関係というと、友達というのを差していて、自然な関係というのは、恋人になる前のプロセスのような気がするの」
「ということは、恋人になれるかも知れないし、友達のままということになるのかも知れないということ?」
「恋人というのは、どこからが恋人なのかって私は思うの。例えば、恋人になってから、別れることになるとすると、普通なら、『もうお友達には戻れないわ』ってことになるでしょう? でも、自然な関係から恋人になれるのだとすれば、別れても、友達のままでいられるんじゃないかって思うの」
「それって、夫婦間にも言えるのかな?」
「そうね。別れた夫婦が、別れてからも相談相手になったり、友達関係になれたりすることがあるんだけど、きっと、自然な関係から結婚したのかも知れないわね」
「そうかも知れないね。僕には理解できないけど」
「実は私にも理解できないの。離婚した夫婦が、友達同士でいられるなんて、どんな心境なんだろう? ってね。私には理解できない」
話を自分の方から振っておきながら、少し不愉快になっていたさつきだった。
さつきは続ける。
「実は、私の両親は離婚しているの。離婚する時、私はまだ小学生で、離婚しないでって、両親に泣いて頼んだんだけど、その望みは儚く消えたわ。離婚してから私は、母親の方に引き取られたんだけど、父親とはたまに会ってもいいってことになってるの。私が希望した日を父に伝えて、大丈夫なら二人で会うことにしたんだけど、お母さんはその時、絶対についてこないのよね」
「憎しみ合ってとまでは行かないまでも、あまり円満な離婚ではなかったんだろうか?」
「私もそれならそれで仕方がないかって思うのよね。中学生から高校生、成長していくうちに、世の中にはどうしようもないことがあるんだってこと、分かってきたつもりだったから。でも、本当はそうじゃなかったのよ」
さつきは、修平の顔を見ることもなく、虚空を見つめて、考えながら話しているようだった。
「というと?」
と、修平が聞くと、さつきはまた考えながら虚空を見つめて話し始めた。
「二人が、憎しみ合っているんだって思えばそれまでだったんだけど、実は、私の知らないところで、二人はたまに会っていたようなのね。もちろん、因りを戻そうなんて考えているわけではないと思うんだけど、どうやら、母が父に、私のことで相談に乗ってもらっているらしいの」
さつきがそのことをどうして知ったのか、修平には興味があったが、それを聞いても仕方がないので、さつきの話を黙って聞いていることにした。さつきは、修平の態度から、その気持ちを察したのか、ゆっくりと話を続ける。
「お父さんと私が会っている時、よく私の話を聞いてくれていると思ったんだけど、それはお母さんからの質問に答えられるようにするためだったのかも知れない。でも、考えてみれば、悪い関係でもないような気がするの。お母さんには言えないことを、お父さんには話せる。しかも、両親が揃って話をしているわけではないので、片方に気を遣うことはない。ただ、話し方について考えればいいだけ。余計なことさえ言わなければ、それでよかったのよ」
「奇妙な親子関係だけど、そんな関係もありなのかも知れない?」
「ええ、そうね。そう思うと、いまさら二人がどうして離婚したのかっていうのは、どうでもいいことのように思えてきたの。離婚して一緒に住んでいないけど、これも立派な家族なのかなって思うのよ」
「さつきは、嫌が離婚した時、相当親を恨まなかった?」
「もちろん、恨んだわ。私のいうことを聞かずに、勝手に離婚したとしか私には思えなかったからね。でも、それでも離婚しなければいけない何かがあったんだって思うと、子供の私にはいくら説明しても理解できるはずはないので、敢えて何も言わなかったのかも知れないわ。今ではおぼろげながらに分かっているつもりだけど、完全に分かることはないと思う。もしあるとすれば、私が母と同じ立場に陥った時、分かるかも知れないという程度で、確率から考えても、かなり低いんじゃないかなって思うのよ」
「親は娘から憎まれていることを分かっていたんだろうね」
「分かっていたと思うわ。でも、やってみなければ分からないということもあるんでしょうね。離婚だって、最初からしたいと思って結婚したわけではないはずあんだし、何かやむに已まれぬ理由があったと思うの。だからと言って、離婚がいいとは言えないんだけどね」
さつきは淡々と話しているが、心中はどうなのだろう? いろいろと思うところもあるのだろうが、今は、自分の気持ちを思い返すように、昔のことを思い出しながら話しているに違いない。
修平も、両親があまり仲が良くなくて、大学に入学するとともに、家を出た。たまに家に帰ることもあるが、別に家に帰ったからと言って、何かが変わるということもないし、自分が家に帰ることを、両親が心底喜んでくれているとも思えない。
二人は、最初博物館で絵を見るところからデートが始まった。絵を見ている時のさつきの横顔は、どこか寂しそうだった。
元々、最初にデートに誘ったのはさつきの方で、その理由が、
「見たい絵があるんだけど、一緒に行きませんか?」
というものだった。
博物館など、高校時代に学校から行ったのが最後になるだろうか。友達の中にも博物館に造詣の深い者もいなかったし、一人で出かけようなどと思うこともなかった。
しかし、さつきは博物館には何度か来たことがあったようだ。
「学生時代の友達と、旅行に出かけた時など、コースに博物館が入っていたりしたので、何度か行ったことがありますよ」
学生時代の友達というのは、裕子も含まれているだろう。
――そういえば、裕子と付き合っている時、博物館に行ったことがあるなんて、聞いたことがなかったな――
少なくとも、裕子は博物館が好きではなかったのだろう。
――それにしても、裕子は俺と付き合っているという感覚があったのだろうか?
裕子とは、普通に腕を組んでデートしたりしていた。もちろん、修平は付き合っていたと思っている。裕子も同じ気持ちなのだろうと思っていたが、考えてみれば、お互いに付き合っているという言葉を口にしたことはなかった。
そもそも、付き合っているということを、わざわざ口に出す必要があったのだろうか?
どちらかというと、恥ずかしく感じるだけではないだろうか。
さつきの両親も、修平の両親も、お互いに付き合いから始まって、恋人になり、そして、結婚したはずである。交際期間に盛り上がりすぎて、結婚してから、
「こんなはずではなかった」
と言って、結婚当初から挫折してしまう夫婦も少なくない。
そのまま離婚してしまうこともあるだろう。まだ子供もいない状態で離婚できればいいのだろうが、子供が生まれてしまうと、離婚するのに、足枷になってしまう。
――そんな時、親はどう思うんだろう? 「子供さえいなければ」なんてこと、思ってしまうのだろうか?
そんな風に思われると、子供は溜まったものではない。自分の意志で生まれてきたわけではないのに、勝手に生んでおいて、
「子供さえいなければ」
なんて言いぐさはないだろう。
そんなことを考えていると、裕子と付き合っていた時、どんな話をしたのかが、思い出せなかった。ただ、一つ言えることは、少なくとも修平の方では、遠慮しながら話をしていたような気がしていたのだ。
裕子の方は、元々口下手で、口数は少なく、余計なことは話さないタチだった。修平は、相手があまり話す人でない時は、
「自分の方から話をしないといけない」
と感じる方なので、いつも話題は修平の方からだった。
そうなると必然的に会話の主導権は修平の方にあり、黙って聞いているだけの相手に、本当に自分の気持ちや言いたいことが伝わっているのかが、不安になってくる。
相手が会話上手な人であれば、こちらから敢えて話題を出すこともなく、相手に会話を合わせればいい。相手に自分の言いたいことや気持ちは伝わっていると思っている。しかし、自分主導で話をするのは、最初嫌いではなかった。話題さえあればいくらでも話を繋いで行けると思っていたくらいだったのだが、それは自分の独りよがりで、相手の考えを無視して、一人突っ走ってしまっていることに気づくと、自分がどう思われているのかを考えてしまい、会話が途中でできなくなってしまうこともあった。
裕子に対しても、そんな時があった。別れることになった遠因の一つなのかも知れない。しかし、中学、高校時代は、無口な女の子が好きだったはずだ。
それは見た目、おとなしそうに見える女性に大人の魅力を感じていたのではないだろうか。よく喋る女性は、どこか軽く見えてしまい、
――結構、遊んでいるのかも知れない――
と思うと、自分が遊ばれてしまうと思えてくるのだ。
遊んでいる女性が、実は男性のことをよく分かっている女性だということに、ひょっとすると気付いていたのかも知れない。
――分かっていて、敢えて避けていた――
自分の男としての技量を見極められることが怖かったのではないか。
修平は、それだけ自分に自信がなかった。元々、会話が上手だと思うようになったのも、中学時代に、好きだった女の子と一緒にいて、自分から何も話すことができず、無言のまま、時間だけが過ぎていった経験があったからだ。相手が話をしなければ、自分から話すしかないと思うようになっただけでも自分の中での進歩だと思っていた。そして話ができるようになると、有頂天になり、会話が得意だと思うようになった。そういう意味ではこの自信は、もろ刃の剣のようなものであり、少しこすると剥がれてしまう「メッキ」のようなものだと言えるのではないだろうか。
修平は一度手にした、
「自分でもできると思う自信」
に対して一歩下がって見てしまった。そのせいで、せっかく進んだはずの自分への自信が数歩下がってしまった。さつきと再会できたことは、今後、自分への自信に対して、どういう影響を与えるのかということに関しても、期待と不安が入り混じっている修平だった。
さつきとの再会を果たした修平は、今まで考えてもいなかった、
「さつきとの交際」
を、考えてみることにした。
再会するまでは、男女間での親友関係を考えていただけに、再会によって、
「今まで見たこともなかったさつきの一面を垣間見たのではないか」
と思うようになった。
さつきとは、もう一度再会できるような気がしていた。ただ、再会してからのことはまったく考えていなかった。道端で出会って、声を掛け合って終わりというような程度にしか考えていなかったのだ。
それよりも、再会してみたいと思っていたのは、さおりだった。
大切な人を事故で亡くし、その人の子供を宿している。そんな彼女の波乱万丈な人生に興味があった。
――中途半端な気持ちで関わると、自分にも彼女にもいいことはない――
という思いを抱いていたはずなのに、もし再会することができれば、簡単にそのまますれ違っていくようなことは、自分にはできないと思っている。
さつきとの会話は実に中身の濃いものだった。すべての出会いや別れが、あの時の話の中に凝縮されていたかのように思えるほどで、考え方は微妙に違っているような気がしていたが、それくらいの方が、お互いに今まで理解できなかったところを、理解できるようで、他の人には言えないような話を、お互いにしあえるような、そんな関係が出来上がったに違いない。
さつきとはそれからも時々会うことを約束して、その日は別れた。昼間の博物館での絵を凝視している時のさつきと、喫茶店で、お互いの顔を真剣に見つめ合うように会話している時のさつき、横から見るのと正面から見るのとではまったく違って感じられるが、目を瞑って思い出すと、同じ表情に思えてくるから不思議だった。その思いをずっと抱いたままさつきのことを思い出してみると、時々、その表情が影に隠れてしまっているかのように見える。その表情には笑顔が浮かんでいるはずなのだが、自分が知っている笑顔ではない。そう思うと、さつきとの出会いは、何か他の出来事を暗示しているかのように思えて仕方がない。
それがいいことなのか、悪いことなのか分からない。たぶん、今目の前で暗示している出来事が起こったとしても、すぐには判断がつかないに違いない。それでも、起こった瞬間は、ドキドキワクワクしているであろうことは想像がついた。
さつきと再会してから、三か月が過ぎようとしていた頃のことだ。新入社員が入ってきて、仕事も教えられる側から教える側になったことで、仕事量は結構増えた。
最初の二か月ほどは、毎日が仕事に追われ、ストレスが溜まりまくっていた。落ち着いてきたのは梅雨前で、湿気が生暖かさを運んでくる時もあれば、まだまだ冷たい雨が降る日もあった。晴れた日は貴重で、
「また、すぐに雨が降るんだ」
と、ネガティブな発想になりながら、貴重な晴れの日には、ストレス解消を心掛けていいた。
この時期というのは、今までは静かなものだった。雨が降ることもあり、行動範囲は限られる。なかなか出会いもなければ、どこかに出掛けるにも億劫だったりする。
「どうして、精神的に落ち着いてくる時期が梅雨と重なってしまうかな?」
と、季節の巡りに対してなのか、自分の性格に対してのものなのか、ただ、自問自答を繰り返すだけだった。
修平は、裕子と別れてから一人になると、
「一人を謳歌したい」
という願望と同時に、
「自分の欲求不満はため込みたくない」
という思いを抱いていた。
特に性的欲求に関しては、我慢するつもりはない。
「彼女ができないのなら、風俗で楽しもう」
という考えも芽生えてきた。
本当は、高校の頃から風俗には興味があった。テレビドラマなどで、大学に入学してから童貞の男は、サークルの先輩に連れていかれて、
「オトコになる」
という場面をよく見た。
同級生で同じように童貞の連中は、
「やっぱり、好きな女性としたいよな」
と、風俗でオトコになることを拒否しているような言い方をしていたが、本当は、その場面を真剣に眺めていたように思う。
修平も同じように真剣に眺めていたが、まわりの連中と違って、拒否するような言い方はしない。否定も肯定もしないのは、大体は多数決の方に意見が寄っているからだが、この場合は否定である。しかし、修平は否定しているわけではない。そう思うことで、まわりの連中が否定的な言い方をしても、それは本心からではないということを見抜いていたのだ。
修平が最初に風俗に行ったのは、大学の先輩に連れて行かれたのではない。表向きは、
「大学の先輩から誘われて」
と言っていたが、本当は一度一人で出かけたのだ。
目的は童貞喪失。それさえできればいいと思っていた。実際に童貞喪失した時の感動は、思ったよりも心に残った。
「ひょっとすると、好きな人とするよりも、刺激的で印象深いのかも知れない」
と思ったが、その思いは半分本当で、半分はよく分からなかった。少なくとも、完全否定をすることはなかった。
ただ、セックスと恋愛とは、切り離して考えることはできなかった。確かにストレスが溜まり、性的欲求を解消するには、セックスが必要なのだが、その場合のセックスと、恋愛においてのセックスと、どこが違うというのだろう? そう思うと、自分の考えていることと行動とが矛盾しているような気がしてきた。
「きっとこの思いが、風俗からの帰りに感じるという罪悪感だったり、後ろめたさだったりするのかも知れない」
だが、修平にはその感情はなかった。
初めて行った童貞喪失の時も、それ以降も別に罪悪感を感じることはなかった。
修平は、自分の欲求は本能から来るものだと思っていることで、罪悪感を感じることはないのだと思っている。本能とは、自分の意志に従うものでない。いわゆる、
「仕方のない」
とも言える感情だ。
修平は、本能に関しては特別な思い入れがあった。だからこそ、さつきと再会した時の会話で、マンネリ化と連鎖反応の話をした時、人の意志のかかわりについて、話をすることができたのだ。
本能について考えている人は修平だけではない。同じように本能に特別な感覚を抱いている人間が、大学時代の友達の中にいた。
しかし、彼は本能をあまりいいイメージで抱いてはいない。
「野性的な感覚が、人間にしかない理性を凌駕し、せっかくの進化を、退化させてしまうことに繋がりかねない。本能も必要だと思うが、決して理性よりも強くなってはいけない。その瞬間に、理性は凌駕されてしまい、人間としての自覚を失ってしまうことになりかねない」
と言っていた。
だが、修平は、
「そんなことはない。人間だって動物なんだ。人間が動物に勝っているところは理性くらいだろう。それ以外は動物に劣っている。だから君は、理性が一番強いと思っているのかも知れないけど、同じ本能でも、動物のものと人間のものとでは違う。人間は理性によって平衡感覚を保っているのだろうが、それはある意味、もろ刃の剣のようなものではないんじゃないかな? そう考えると、本能こそが人間にとって一番大切なものではないかと思うんだ。理性はあくまでも、それを抑えるための媒体でしかないという考は、危険なんだろうか?」
と言い返した。
答えの出るはずのない会話であることは分かっているが、お互いに主張が違っているだけに、意見を聞くというのは大切なことだ。幸い友達も修平も、相手の話を聞く耳を持っていることで、会話も発展性のあるものだった。もっとも、そんな間柄だからこそ、友達として付き合っていけるのだろう。
修平が通うようになった風俗は、大正ロマンの漂う雰囲気を醸し出しているような店だった。大正ロマンというと、大学の近くにあった喫茶店を思い出す。最初にその店に入ったのは、衝動的だった。
いずれは、どこかのお店で童貞喪失のつもりだった。最初から、その日に童貞を喪失するつもりではなかった。そういう意味でも、その日が特別だったという意識もなければ、喪失した感想も、
「こんなものなんだ」
と、感動に値するようなものでもなかった。
「最初はそんなもんさ」
と、童貞喪失をただの通過点だと言っていたやつがいたが、結果として、修平の意識もただの通過点に収まってしまった。
相手をしてくれた女性は、年齢が三十歳を超えていた。最初、店に入った時、右も左も分からずに、いきなり飛び込んだこともあって、店の人から一発で、
「こいつは、初めてだ」
と、看破されてしまった。
店の人と目を合わすことができず、挙動不審はいかんともしがたく、まるで、
「まな板の上の鯉」
のような状態だったのだろう。
「どうとでも料理してください」
と見えたようで、店の人は、すぐに相手を決めてくれた。
後から聞けば、その人は、店の人が風俗初体験の人だと思うと、その人をあてがうようにしていたようだ。相手をしてくれたその人は、ただ優しいだけではない。指摘するところもしっかり口に出してくれる。まるでお母さんのような雰囲気の女性だと、最初に相手をしてもらった男性はそう感じるようだ。
修平は、母親のような存在だとは思わなかった。どちらかというと、学校の先生のイメージだった。高校時代に好きな先生がいて、その先生のことが好きだったということを、なるべくまわりに知られたくないという思いが、好きだという意識よりも強くなってしまったため、告白すら考えられなかった。
「ただ、遠くから見つめているだけでいいんだ」
と、思っていたが、いつの間にか先生は辞めることになっていた。
円満退職ではない。理由については、先生の口からも聞かれなかった。その代わり、いろいろな噂が乱れ飛んでいた。
「生徒の親と不倫していた」
あるいは、
「先生が付き合っている男性が悪いやつで、学校を脅迫した」
などと、ロクな噂ではなかった。
「どれもウソに決まっている」
と、思っていたが、そう思えば思うほど、そのどれもが本当のことに思えてきた。
「真実は一つなのに」
と、
「すべて本当のことなのか、すべてウソなのか」
と考えているとすべてが本当であるなどありえない。そう思うこと、すべてウソだという希望通りの答えが導き出されることに、修平は満足していた。
しかし、それは勝手な思い込みだということは十分に分かっている。自分がここまで理論的なことを考えることができるのか。そして、そんな理論的な考えばかりが先行してしまう自分が、真実から必死に目を逸らそうとしているのだということを分かっているということが、寂しかった。
それから、ずっと先生のことは自分の中で考えることをタブーとしてきた。まわりも先生の話題は、敢えて触れないようにしていた。自他ともに、先生の存在すら否定しようとしているのだ。
先生は国語の先生だった。先生を見ていると、今風の服装よりも、着物が似合うような雰囲気の先生で、まだ短大を卒業してすぐくらいだったので、そのギャップが、修平には魅力だったのだ。
大正ロマンの喫茶店が気になったのも、この店を選んだのも、先生のイメージが頭の中にあったからだ。
先生のことは、忘れなければいけないのだと、自分で自分に言い聞かせた。
なぜ忘れなければいけないのかという理由は分からない。むしろ、
「理由なんか関係ない」
と思うくらいだった。
ただ、理由が分からない方が神秘的だった。
「先生には、いつまでも神秘的でいてほしい」
先生が辞めることになる前から、ずっとそう思っていた。それが辞めることになって願いが叶うとは、実に皮肉なことである。
先生の神秘性は、普段は意識することはなかった。
ふとした時に思い出す。そんな先生の思い出を抱くようになって、他の思い出が薄れて記憶されるようになったことを、修平はしばらく気づかなかった。
「俺って、記憶力がないのかな?」
と、単純に思っていた。思い出が薄れて記憶されるというのは、記憶力だけの問題ではないことは、今でも分からない。元々思い出というのは、自分が忘れたくないという意識があるから思い出になるのだと思っているからだ。
もう一つ言えることとしては、
「思い出の上に思い出が重なることで、前の思い出が、上書きされてしまう」
という意識だった。
意識に対しての記憶だけではない。実際に人の顔を覚えるのも苦手だった。就活の時から営業職を選ばなかったのは、人の顔を思えるのが苦手だという意識があったからだ。
営業職で、人の顔を覚えられないというのは致命的だ。そして、相手の顔を忘れないようにしようという意識が強まると、今度は肝心な話の内容までも曖昧な記憶になってしまい、結局どっちつかずで何も得るものがない状態になるという最悪の結果を招くに違いない。
人の顔を覚えられない理由というのは、自分でも分かっているつもりだ。そのことがどうして分かったのかというのは、ハッキリとした意識はないが、その原因が夢にあるということだけは、自分の中で確かなことだとして認識していた。
夢というのは、目が覚めるにしたがって忘れていくものだ。特に楽しかった夢というのは、目が覚めてしまうと、ほとんど覚えていない。
しかし、考えてみればおかしなものだ。
「目が覚めてから覚えていないのに、どうしてその夢が楽しい夢だったということが分かるというのだろう?」
それは、夢から覚める瞬間が、
「ちょうどいいところで目が覚めてしまった」
という意識だけが残っていて、そのことが悔しく思えるからだった。
楽しい夢だからこそ、ちょうどいいところで目が覚めてしまったことが悔しいのだ。怖い夢だったら、
「目が覚めてよかった」
と思うはずだ。
しかも、怖い夢を見た時というのは、目が覚めるにしたがって忘れていっているはずなのに、印象として残っている。きっと、残った印象よりも、さらに強いインパクトの夢を見たのだろう。そう思うと、
「目が覚めるにしたがって覚えているか覚えていないかという基準は、夢で感じたインパクトによるものに違いない」
と思うのだった。
修平は、自分が人の顔を覚えられなかったり、思い出を思い出せなかったりするのは、最初はいかにインパクトが強くても、時間が経つにつれて、次第に色褪せてしまうことを自覚しているからに違いない。
修平が覚えていることといえば、本当に怖い夢ばかりだった。特に、
「もう一人の自分」
が出てくる夢が一番怖い夢であり、しかも、怖い夢として鮮明に記憶に残っている夢のほとんどは、もう一人の自分が絡んでいたのだ。
もう一人の自分、それは、同じ夢の中でも、夢を見ている自分と、夢の中の主人公である自分がいて、時々立場が入れ替わっている。さっきまで夢を見ている自分だったはずなのに、いきなり主人公に変わっている。現実ではありえないこととして、強いインパクトとともに、恐怖が沸き起こってくるのだった。
現実の世界でも、子供の頃から、
「誰かに見られている」
という気配を、時々感じることがあった。
そんな時、背中にジトッと汗が滲み、顔が紅潮してくるのが分かった。
何も悪いことをしているわけではないのに、こちらを見つめている人は、自分の悪いところを必死で見つけようとしている。その必死さに圧倒されて、悪いことをしているはずなどないのに、
「悪いことをしているのではないか?」
という思いを抱かせる。
それも自然にである。自然に沸き起こる思いこそ、無意識であるだけに余計に、
「誰かに誘導されているような気がする」
と思わせる。
そう思ってしまうと、自分の意志というものが、どれほど脆弱なものなのかを思い知らされる。考えることすら、無駄であり、下手をすると、悪いことのようにさえ感じさせられる。そうなってしまうと、何を信じていいのか分からない。一番信じなければいけないはずの自分が一番信じられなくなってしまうと、すべてを否定してしまいたくなる。そのため、怖いこと以外は、記憶できなくなってしまうのではないだろうか。
「人の顔を覚えられない」
あるいは、
「思い出を思い出すことができない」
というのは、そこから来ているのだと、考えれば考えるほど、結論はそこにしか行き着かないのだ。
修平は、大学に入学した頃から、あまり罪悪感を持たないようにしようと思うようになった。
罪悪感というのは、自分が持つものではなく、もう一人の自分が感じているもので、息を潜めて表に出てこようとはしないもう一人の自分は、感じたことを、実際の自分のことのように転嫁しているのだ。
「本当は、楽しい夢にも、もう一人の自分が出てきているのかも知れない」
記憶に残さないのは、記憶消去の意識を、もう一人の自分が握っているからだ。本当は怖い夢、楽しい夢という境はなく、もう一人の自分を意識したかしていないかという判断が、目覚めてから夢を思い起こした時に感じることだ。だから、楽しいと思っている夢は、記憶にないとも言えるのだろう。
そういう意味では、もう一人の自分の存在がなければ、罪悪感でいっぱいの人生を歩んでいたかも知れない。もう一人の自分の存在は、自分にとって本当は悪いことではなく、ありがたいことなのかも知れない。臆病な自分は、もう一人の自分の存在を、
「怖いものだ」
と思い込んでしまってるだけなのではないだろうか。
罪悪感をあまり感じなくなった分、修平はもう一人の自分に感謝しなければいけないだろう。ひょっとして、それを分かっていながら感謝したくないという思いを持っているとすれば、自分の中にいる自分を、自分として見ているわけではなく、他人と同じ扱いで見ているのかも知れない。そう、まるで「守護霊」のようなイメージであろうか。
修平は、幽霊や妖怪の類はあまり信じていないが、死んだ人の魂が肉体を離れて、今もどこかにいるという考え方は信じている。
だからといって、特定の宗教を信じているわけではない。しいて言えば、子供の頃に祖母から聞かされた話を今も信じているだけのことだった。
子供の頃に聞かされた言葉というのは、意外と意識として残っている。初めて聞いた言葉が新鮮で、その新鮮さが、修平少年の心に響いたのだろう。
罪悪感がなくなったことで、修平は最初童貞喪失だけのために利用した風俗に対しても、罪悪感はなくなっていた。特に、最初に相手をしてくれた女性とは話も合い、
「また会いに来たい」
と思わせるに十分な女性だった。
情が移ったと言われればそれまでなのだが、情が移って何が悪いというのだろう。情が移ったと言っても、それなりに割り切っているつもりだ。しかも、お金が介在している関係ということが割り切る気持ちでもあり、逆に、普段から一緒にいて、気を遣いながら話をしている相手ではないということから、余計なウソはない。それが修平にとっての、
「新鮮さ」
に繋がっているのだ。
特に大学というところは、同じ考え方の人であれば、親友にもなれるであろう。お互いに向いている先は同じところのはずだと思っているからだ。しかし、ほとんどは表面上の付き合いで、一皮剥けば、
「自分が可愛い」
と誰もが思っていることだろう。
修平にしても、同じことだった。親友と言える相手というのは、同じ方向を向いていて、どんな話をしようとも、こちらが望んでいる答えを返してくれる人のことだと思っている。それは自分にとって都合のいい回答という意味ではない。自分のために言ってくれているという意味での望んでいる回答ということだった。
相手をしてくれた女性は、修平よりも七つ年上だった。しかし、一緒にいる時は、七つも年上などという意識はない。ただ、お姉さんという意識は強く、彼女も弟のように接してくれた。
「私、弟がいるんだけど、まだ高校生なのね。どうも悪い友達とつるんでいるようで、心配なのよ」
そういって、暗い顔を見せたこともあった。
「ごめんね。余計なことを言っちゃって」
と、笑顔を返してくれるが、そんな時、七つ年上のはずの彼女に対して、自分の方が年上なのではないかと思えるほどの、優越感を感じた。癒してもらっているはずの相手に対し、唯一、
――俺にも彼女を癒してあげられることがあるかも知れない――
と、感じさせた。
そんな彼女も、修平が通い始めて一年もしないうちに辞めてしまっていた。もちろん、連絡先が分かるはずもなく、忽然と消えてしまった彼女のことを想うことしかできない自分に苛立ちを募らせた時期もあった。そんな時、それまで、
――どうせ軽い付き合いだ――
と思っていたはずの大学の友達と一緒にいることで気が紛れた。それこそ、
「捨てる神あれば拾う神あり」
とでもいうべきであろうか。
しばらく風俗には通っていなかったが、この間、久しぶりに行ってみた。その日は会社で呑み会があり、少し酔いが回っていて、他の人は二次会に行くと言ったが、酔いのまわりが激しいと感じた上司が、「免除」してくれたのだ。
実際には、かなり酔っているように見えたが、少し風に当たると、すぐにある程度まで酔いも覚めてきた。そのまま帰ってもよかったのだが、適度な酔いが気持ちを大きくしたのか、それとも、足が勝手に向いた先が風俗街だったからなのか。いや、それは言い訳で、最初から意識の中に風俗があった。一度思い立つと、自然と足が向いたというのが正直なところで、気が付けば店に入っていた。ちょうど今一人相手できる女の子がいるということで、修平は待合室で待つことにした。
「懐かしいな」
三年ぶりだったが、同じ待合室でも、少し狭く感じられた。通いづめていた時に相手をしてくれた女の子が急に辞めてしまったことでたまらない気分にさせられたはずなのに、こうやって待合室で待っていると、そんな感情はどこかに飛んで行ってしまったかのようだった。
「お待ちのお客様、どうぞ」
スタッフが呼びにくる。女の子との対面よりも、この瞬間の方がドキドキする。待たされた分だけ、余計に興奮するというものだ。スタッフから注意事項を聞かされる時間、焦らされているようだが、毎回同じ話なので、それほど時間が経った気はしない。カーテンの向こうにいる女の子との対面は、いくら分かっている相手とであっても、ドキドキさせられる。お部屋に入るまでの時間は独特で、毎回同じはずなのに、同じではないような気がするのは気のせいであろうか。
薄暗い通路を抜けて、お部屋に入る。それまで女の子は終始俯いていて、どんな表情なのか分からない。
「恥じらいを感じさせる」
そう思っているからこそ、お部屋までの時間がドキドキしたものになっている。表情が分からないほど通路が薄暗いのも、そんな演出からだろうかと思えてきた。
「はじめまして、りほと言います」
お部屋に入り、再度膝をついて挨拶をする女の子に、ドキドキした。頭を上げると、やっとその顔を拝むことができる。
「はじまして」
挨拶に対して、返した挨拶は衝動的だった。そのため、修平の挨拶はいかにも中途半端なもので、頭を下げたか下げないかという程度のもので、視線はしっかりと前を向いたままだった。
「あれ?」
思わず、修平は声を挙げ、目の前に鎮座しているりほという女の子を見つめた。
「どこかでお会いしたことがある?」
と、言いかけたが、その声を寸でのところで飲み込んだ。きっと人違いだと言われるのがオチだと思ったのと、もし知り合いだということが分かると、この後の時間が、どれほどギクシャクしたものになるかを考えると、言葉を飲み込んで正解だったに違いない。
しかし、相手も気が付いたようだ。一瞬たじろいだのが分かったからだ。たじろいだのが分かったと言っても、それは、修平の方が、
「どこかで会ったことがある?」
と思ったからで、もし、そんな意識がなければ、りえのたじろぎを感じることはできなかっただろう。それほど一瞬のことで、すぐに彼女は意識を戻し、何事もないかのように振舞っている。
――いや、振舞っているように見える――
と思ったが、彼女が何事もなかったかのように振舞っているのであれば、修平も何事もなかったかのように振舞うのが礼儀だと思った。そういう意味でも、
「言葉を飲み込んでよかった」
と思っている。
それまでの間、瞬時のことだったはずなのだが、二人の間の空気は、かなりの時間が経ったかのように流れていたようだ。
大正ロマンの衣装は、女性を美しく見せる。最初は可愛らしいく見せるものだと思っていたが、それも身に着ける人によって違っていた。最初に感じた相手は可愛らしく感じさせたが、この日相手をしてくれた女の子は、綺麗に見せるアイテムとなった。
ただ、それは彼女が修平の知っている女性をベースに考えた場合であるが、綺麗に見える彼女を見つめれば見つめるほど、やはり、自分の知っている女性に思えて仕方がなかった。
「一度、どこかでお会いしたことありましたか?」
笑顔でそう言って話しかけてきたが、その笑顔の後ろに見える真剣な眼差しに、修平はドキッとした。
「ええ、知っている人によく似ているものですから……。ごめんなさい」
思わず、修平は謝った。
すると、女の子の視線の中にあった真剣な眼差しが、嬉しそうに感じられた。どういうことなのだろう?
「そうなんですね。実は私、記憶が半分ないんです」
そう言って、寂しそうな表情を浮かべた彼女だったが、急に我に返って、
「あっ、ごめんなさい。話が重たくなりそうでしたわね。何でもいいから、ゆっくりお話ししたいですわ」
彼女は修平にしな垂れかかった。それはまるで恋人同士のような感覚で、いつもの割り切った気持ちとは少し違った心境になっていた。
「僕は大学時代に、旅行に行くのが好きだったんですよ。それも一人旅ですね。ありきたりな言い方ですが、自分を見つけることができるんじゃないかって思ったのが最初だったですね」
「見つかりましたか?」
「いいえ、見つけることはできませんでした。でも、いろいろな人と知り合うことができたのは嬉しかったですね。旅行中だけの友達の人もいれば、それから友達関係を続けた人もいました。恋人関係になった人もいたりして、でも、一番新鮮だったのは、出会った時だったって、今は思っています」
「そうですね。出会いって大切ですよね。出会いがあって初めて相手を知ることができる。そこから盛り上がるのも、すれ違うことになるのも、まずは出会いからですからね」
「記憶が半分ないって言ってましたけど、僕には半分ないという理屈が理解できないんですよ」
記憶というのは、意識の繋がりだと修平は思っていた。だから、半分記憶がないということは、繋がっている意識のどこかで途切れていることになる。でも、記憶を意識の繋がりだと思っている人は少ないだろう。半分記憶がないという自覚があるということは、意識の途切れ目を理解していなければ感じられないことだと思う。つまり、彼女は無意識にかも知れないが、意識の繋がりを自覚しているということだろう。そして、途切れている記憶には結界のような分厚い壁が存在し、その先は絶対に見えないものだと思っているのではないだろうか。そう思うと修平は、彼女が思っている以上に利発な女性であると思うに至ったのだ。
「きっと、なかなか理解してもらえないと思うんですが、何か見えない壁のようなものの存在を感じるんです。それはある時期から感じ始めるようになったんです。でも、壁の存在を知らない間は、自分に記憶が半分ないなどという意識はまったくなかったんです。だから、自分の記憶がいつ半分なくなったのか、その時期は曖昧なんです」
どうやら、修平が感じている意識に近いものを彼女も感じているようだった。そして、その話をしている間に、彼女が似てはいるが、自分の知っている相手ではないという確信めいたものが生まれたのも事実だった。
――やっぱり、さおりさんじゃないんだ――
と思うと、ガッカリした気分にもなったが、どこか安心した気分にもなっていた。相手がさおりではないと思うと不思議なことに、顔や表情じゃまったく変わっていないのに、さっきまで似ていると思った気持ちがウソのように、次第にまったく違っているように思えてきたから不思議だった。
――ということは、自分の記憶の中のさおりという女性のイメージに変化があるということだろうか?
確かに、さおりと会ったのは、数年前のことで、それほど親しくしていたわけでもない。記憶が曖昧で、似ている人への思いとともに記憶が変わってきているというのも、まんざらおかしな考えではないような気がした。
しかし、その思いは寂しくもあった。
――記憶に残っている人が、現在の事情によって、変化してしまうのだとすると、記憶っていったい何なんだろう?
という思いに駆られるからだった。
「あなたが知っている、その私に似ているという人のことを、知りたいわ」
りほは、そう言った。
「君が彼女ではないということが分かると、今度は彼女の記憶が曖昧になってきたんだよ。それほど親しい間柄だったというわけではないからね」
「でも、私を見て、衝動的にその人だと思ったんでしょう? ということは、表向きは親しい間柄ではなかったのかも知れないけど、どこか思うところはあったんじゃない?」
「確かにそうかも知れないけど、でも、違うと分かって、記憶が曖昧になってきたんだから、やっぱりそれほど自分の中での意識は深いものではなかったということなんじゃないかな?」
「私がさっき、自分の記憶の半分がないって言ったでしょう? あなたはよく分からないと答えたけど」
「ええ」
「記憶の半分がないというのは、他の人のいう記憶喪失も、記憶の半分がないという意味では同じことなんですよ。だって、本当に記憶のすべてを失っていれば、本能しか残らないでしょう? でも、それまで学習したことは記憶として少なくとも残っていることになる。学習したことは、持って生まれたものではないので、私は、『記憶したこと』だって思うんですよ」
「なるほど、その通りですね」
「だから、学習した部分の記憶は残っていて、それ以外を失っている。私の場合はそうではないの。学習した部分以外の記憶の中での記憶の半分がなくなっているのよ。もっとも半分と言っても、ほんの一部なのかも知れないし、記憶のほとんどなのかも知れない。そこが分からないだけに怖い面もあるんだけど、私の場合は、そういう意味で、『記憶が欠落している』と思っているのよね」
「でも、他の記憶喪失の人でも、記憶が欠落していると言われている人はいると思うんですけど、その人たちは、君のように、記憶の半分がないという風に理解していいのかな?」
「時と場合によるとはこのことかも知れないわね。記憶の欠落がすべて記憶を半分失った人だとは言えないと思うけど、逆に記憶を半分失った人の記憶は、すべて欠落したものだと私は言えるんじゃないかって思うんですよ」
りほの考え方は、かなり奇抜だが、こうやって話をしてみると、理解できる気がしてきた。
「目からウロコが落ちる」
という言葉があるが、まさにその通りなのかも知れない。
「でも、君は最初、僕を見た時、何かビックリしたように感じたんだけど、それは僕の顔を見てからなの? それとも表情で感じたの?」
もし、表情からであれば、りほを見てさおりを思い出したことで、驚きの表情をしたはずの修平のその表情に、反応しただけのことになるが、顔を見てビックリしたのであれば、それはりほの失われた記憶を呼び起こす起爆剤のようなものになるのではないかと思ったからだ。
「うーん、どっちだったのか、今では思い出すことはできない。何かビックリしたという意識はあるんだけど、それも衝動的なものだったのよ。だから、意識したとしても、一瞬にして意識は飛んでしまったのかも知れないわ」
「その感覚が、記憶を欠落させているということは考えられないのかな?」
「そんなことはないと思うの。普段から衝動的なことは多いけど、すぐに意識は元に戻るの。でも、衝動的な意識がどういうことだったのかということは、少しの間、意識できているの。こんなにすぐに忘れてしまうということはないわ。それだけ、今日は衝撃的だったのかも知れないわ」
「君の中で、自分の知らない人を思い出そうとしている意識があるからなのか。それとも知っている人の、意識したことがないと思っている別の面を思い出そうとしているのか、そのどちらかなのかも知れないと僕は思うんだ」
「私、実はこのお店のこの衣装、他の人とは違って、特別な思い入れがあるの。以前、この衣装をずっと着ていたような気がするの。遠い過去のことのように思うんだけど、衣装を着ると、まるで昨日のことのように思えてくるの。身体にピッタリと貼りついているようで、時々、『脱げなくなったらどうしよう』なんて思ってしまうことだってあるくらいなの」
そう言って、はにかんで見せた。
最初は綺麗に感じられた衣装も、今度は普通に可愛らしく感じられる。それは、彼女のいうように、毎日着ている姿をずっと見てきていたような気がするからだった。
――本当に彼女のこと、まったく知らない相手なのだろうか?
初対面であることは間違いないが、知らない相手ではないような感じがして、その矛盾は、修平の感情をムズムズとくすぐるものだった。
「そういう意味では、ここ、私の天職なのかも知れないわね」
この笑顔が可愛らしさを演出している。綺麗だと最初に感じたあと、可愛らしさを感じるなど、今までにはなかったことだ。可愛らしさを感じてから、その人を好きになり、綺麗な部分を探すというのが、今までの修平が女性を好きになるパターンだった。最初から難しい話になってしまったが、それも、この思いを引き出すためだったと思えば、これほど新鮮な感覚はないというものだ。
結構長い間の会話だったような気がしたが、時間的にはまだ十分も経っていなかった。
どこか照れくささもあったが、彼女からの癒しを受けるのは、至高の悦びだった。さすがに表で会うのは控えなければいけないと割り切っているので、その時は、普通に店を出たが、店を出てしまうと、さっきまでの懐かしさは次第に薄れていく。
「まるで夢のような時間だった」
怖い夢以外は、目が覚めるにしたがって忘れていくものである。修平は、今まさにその思いを感じていた。
普段は、感じていないように思っていても、少なからずの罪悪感めいたものが意識として芽生えているのだろうが、その日は、罪悪感がなかった。そのかわり、スッキリとしたものがあったわけでもない。記憶と同じで、感覚も意識同様、忘れてしまったのかも知れない。
店にいたのは、確かに修平の知っているさおりではなかった。似ていることに変わりはないが、最初に衝動的に感じた、
「似ている」
という感覚は、店を出てから感じることはなかった。
話をしてみて、次第に違う人だということが分かったというよりも、彼女が修平を見る目に懐かしさを感じたことで、
「この人は違う」
と思ったのだ。
その懐かしさは、数年くらいの懐かしさを感じさせるものではなかった。そんなことを考えていると、
「彼女が懐かしそうに見ていたのはこの俺ではなく、俺の後ろに誰か、また別の人を見ていたのかも知れない」
と、感じたのを思い出した。
そう感じたことが、
「この人は、さおりではない」
と感じさせる決定打になったのだ。
しかし、さおりでなければ、この懐かしさは何なのだ? 彼女の方にだけ懐かしさがあり、自分の方にはないというのか?
いや、彼女の錯覚ということはないだろうか? 彼女は記憶が半分欠落しているという。つまり、記憶の中で繋がっていない部分があるということになる。そうなれば、繋がっていない部分を繋がっていると勘違いして、勘違いした部分から、修平の最初の表情を見て、何か自分の中で気が付いたものがあったのかも知れない。
その気が付いた部分を欠落した記憶の一部だと勘違いしたのであれば、分からなくはない。ひょっとすると、
「この人は自分のことを知らないまでも、何か記憶を取り戻すきっかけになることを知っているのかも知れない」
と思い、懐かしそうな目で見つめたのではないだろうか?
そうであれば、彼女が修平を直視せずに、後ろにいる誰かを見ているように見えたとしても無理もないことだ。後ろに誰かがいたわけではなく、誰もいない虚空を見つめていたのだとすれば、この理屈の辻褄が合ってくるというものだ。
ただ、懐かしそうに見ているその表情は、同じ時代を見つめているように感じなかったのはなぜだろう? こんな感覚に陥ったことのない修平には、分かっていることとすれば、
「どうやら、違う時代を見ているような気がする」
と、自分で感じたことだった。
そういう意味では、「再会」というには、文字通り、
「次元が違う言葉だ」
と言えるのだろうが、それでも、修平には「再会」に他らないような気がした。そして、彼女とこれから何度会うことになるのか分からないが、そのたびに、毎回同じ「再会」という気分を味わうような気がしていた。そして、少なくとも次があるというのは間違いないと思っている。それが店での再会になるのか、それとも他での再会になるのか分からない。
「やはり最初は衝動的な感情が生まれるような気がする」
という思いから、店とは違う場所での再会に思えてならなかった。まさか、彼女以外の人に同じ思いを抱くなど、想像もしていなかった修平だった……。
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