第16話 フィオナとショッピング

 町を出る前に<パッチワーク>の外装変更と機体チェックのため一泊する事になった。その間、僕とフィオナは彼女の服と生活必需品を購入しに出かけることになった。


「カナタ、わしらは指名手配されてるんじゃから変装は必須じゃぞ。それにフィオナはともかく町中では呼び方も変えなければのう」


 ここまで来た時は顔に布を巻いて身バレしないようにしていたのだが、買い物で長時間人目に晒されるのを考えるとさすがにそれは怪しまれる。

 さて、どうしようか……。


「それでしたら呼び方は『教官』なんてどうでしょうか?」


 悩むこと一秒未満、フィオナの提案で呼び名が決まった。何故に教官なのだろうか?

 周囲からは「一体何を教えるつもりだよ、エロ教官」とか言われてからかわれる始末。これは変更した方が良さそうだ。


「あのさ、フィオナ――」


「お買い物楽しみですね、教官」


「そだね」


 満面の笑みで楽しそうに話すフィオナを見て即答する自分。これはもう断る雰囲気ではない。

 さらにフィオナの暴走は続き、バルトから整髪料を借りると適量を取って僕の髪を弄り始めた。

 数分後鏡で自分の顔を見てみると髪が全体的に後ろに流されたオールバックに近い髪型になっており、ちょい悪系な雰囲気が出ていた。

 

「これが……僕……? 何か……悪いことやってそうな外見になってしまった……」


 これで本当にいいのだろうか? 確かにこれなら知人が見ても僕だと気づかないだろうが……。

 この髪型の作者であるフィオナに訊こうとすると彼女は頬に手を当て、うっとりとした表情でこっちを見ていた。どうやら彼女的にはこれで正解らしい。


「はう……カナタ、格好良いですよ……」


 フィオナの男性の好みが少しだけ分かったような気がした。リア充な女性はやはり同じ肉食を思わせる男性が好みなのかもしれない。

 今度は皆の方を見てみると腹を抱えて笑っていた。


「ひゃはは、かなり、ひひ、雰囲気が変わったのう。……ふふ……これじゃまるで……鬼教官じゃ……ぎゃはは……!」


 爺ちゃんが「鬼教官」と言った瞬間にどっと笑いが起きる。これ以上ここにいたら笑いのネタにされるだけだ。

 さっさと出て行ってやるべき事をやろう。


「行こう、フィオナ」


「はい! それじゃ行ってきますね」




 『AFジャンキー』を出るとフィオナと一緒に服を買いに行く。その道中周囲の視線がやたら冷ややかだった。

 僕の隣には水着エプロンの格好をした美女がいる。まず間違いなく彼女のこの姿は僕の趣味だと思われている。

 特に女性からは汚物を見るような視線を感じる。僕は女性から侮蔑的な目で見られて喜ぶ趣味はない。ただ気まずいだけだ。


「どうかしました? さっきから表情が暗いですけど……やっぱり私とお買い物に行っても楽しくないですよね……」


 しゅんとするフィオナを見て罪悪感が襲ってくる。


「ご、ごめん! 楽しいよ、楽しいんだけどフィオナの今の格好を見た世間の目が痛くて。絶対僕がやらせてると思われてるからさ……」


「ああ……なるほど。慣れって怖いですね。私としてはこの格好はあまり意識しなくなりましたからね」


「いや、それはさすがにまずいでしょ。君の羞恥心の取り返しがつかなくなる前にちゃんとした服を買おう」


「もう、それじゃ私が痴女みたいじゃないですか!」


 不服そうに言っているが実際問題痴女に片足を突っ込んだ状態だ。ここで方向修正をしなければ彼女の今後が危うい。


 そんなこんなで衣料品店に到着した。店の中に入ると婦人服売り場に直行する。

 自分の場合はいつも似た服を買って終わるのであまり衣類に関して深く考えたことはなかったのだが、女性の物は種類が豊富で何を選べばいいのか分からなかった。

 

 何が「ちゃんとした服を買おう」だ。その種類の多さに呆然と立ち尽くす僕を他所よそにフィオナは次々に衣類を手に取っていく。


「あ、これ可愛い。あっちのも良さそうです!」


 女性はショッピングが好きだと聞いたことがあったが、フィオナもその例に違わず買い物を楽しんでいる様子。

 その姿を見て来て良かったと思った。彼女は<タケミカヅチ>の中で百年もの間眠っていて、その間に世界は色々と変わってしまった。

 周囲が一気に変わってしまった中でも彼女は明るく振る舞っていた。だから、今こうして少しでも楽しんでもらえているようで良かったと思う。


 今回<ゴブリン>を売却してかなりの額がもらえたため予算は問題ない。フィオナはテキパキと必要な衣類を選んでいき思っていたよりも早く買い物は進んでいく。


「それじゃあ、今度は下着ですね!」


「……え?」


 フィオナは意気揚々と下着売り場の方へと向かって行く。焦った僕は彼女に声を掛けた。


「それじゃ僕はこの辺りで待ってるよ」


「どうしてですか? 教官も一緒に行きましょう」


 「教官」と言われて一瞬何のことだか分からずに動きを止めてしまう。そしてすぐにそれが自分の事だと思い出した。


「いやいやいや、さすがに一緒に行けないよ!」


「そんなぁ、一緒に選んでくださいよぅ」


 何故か一緒に下着を選んで欲しいと食い下がってくるフィオナ。どういう思考回路で出会って数日の男に自分の下着を選ばせようとするのか分からない。

 二人でそんな攻防戦をしていると店員さんがやってきた。さすがにうるさすぎたか……。


「いらっしゃいませー! 彼女さんの下着をどれにするかで悩んでいるみたいですねぇ。良ければお手伝いさせていただきますー!」


「いや、ちが……彼女ではなくて……」


「なるほどー! ということはこれからカレカノになるんですねぇ。であればピッタリの品がありますよー」


 店員さんの営業スマイルにさらに笑みがプラスされる。どうやら私情が入った様子。完全にこの状況を楽しんでいる。ここは何としても誤解を解かないと。


「あの……」


「はい! これなんてどうでしょうか? これなら彼氏さんのハートを鷲掴みにして握り潰しちゃうこと間違いなし!」


「ちょっと待ってください! そんな事したら教官が死んじゃいますよ。―――って何なんですかそれ! 布面積少なっ! そ、それにすけてませんか? それ本当に下着なんですか!?」


「モチのロンですぅ。これを着て迫っちゃえば草食男子も肉食にならざるを得ない。――そんな一品です!!」


 それはとても下着なんて呼べる代物ではなかった。上下セットの上は先端部分のみ隠す程度の布しかなく、下はほとんど紐だけだ。

 思わずこれをフィオナが身につけている姿を想像してしまい、僕は前屈みにならざるを得なくなった。

 凄い……これは凄い物だけど、こんな露出度の激しい下着を買う人なんてそうそういないだろう。


「――買います!」


「――買うの!?」


 店員さんと意気投合したのかフィオナは勧められた下着を次々に購入していった。少しだけそれらが視界に入ったが、セクシーな物が多かった気がする。

 フィオナって清楚なイメージだったけど、お茶目なところがあるし結構小悪魔的な部分があるのかもしれない。

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