第3話 シャーマニックデバイス

「爺ちゃん、目標の輸送機を発見。全体データを送るよ」


 カメラの映像データを地上の<ランドキャリア>に送信する。間もなく爺ちゃんから引き上げプランが送信されてきた。

 輸送機の破損状況に応じて必要分の水中用リフターを取り付ける。


「計算上、これだけ取り付ければ輸送機への衝撃を最小限にして浮上できるはずだ。――頼んだよ」


 上手くいくように祈りつつリフターを起動させると全てが正常に起動し輸送機が海底から離れた。

 徐々に浮上し輸送機が崩壊する様子もない。


「やった! 上手くいったぞ」


 大型の魚類が突っ込んだりしてリフターが破損しないように周囲に気を配りつつ<ソルド>を浮上させる。

 ――そして、輸送機はトラブルなく海面に到達した。


『やったのう、カナタ。お手柄じゃぞ』


「爺ちゃんの立てたプランのお陰だよ」


 <ランドキャリア>と輸送機を特殊ロープで繋いで海岸まで慎重に牽引し、海底に沈まない所まで運んだ。

 輸送機は百年近く海底に沈んでいただけあって所々にフジツボが付着していた。

 それに装甲もかなり痛んでいて崩壊せずにここまで無事に引き上げられたのが不思議なくらいだ。

 二人並んで輸送機を見上げると船体にかすれた字で『TMHX』と書かれていた。


「TMHX? 何かの暗号かな? 爺ちゃん分か――」


 言いながら爺ちゃんの方に振り向くといつになく真剣な顔でその文字を見ていた。どうやらこっちの声が聞こえていないぐらい集中しているみたいだ。


「……爺ちゃん?」


「……はっ! あ、ああ、すまんすまん」


「もしかしてこの文字が何を意味してるか知ってるの?」


 訊ねると再び顔を上げて難しそうな顔をする。こんな表情をする爺ちゃんを見るのは初めてかもしれない。

 そう思っているとぽつりと小さく呟いた。


「カナタよ。もしかしたら、わしらはとんでもない物を引き上げてしまったのかもしれんぞ」


 


 輸送機のハッチを開放し内部に入るとコックピットにかつてパイロットだった人物のなれの果てがあった。

 それから積荷があるであろう後部ブロックに行くとそこには驚く物があった。


「爺ちゃん、これってまさか……AアサルトFフレーム?」


 そこにはハンガーに横たわるAFが一機あった。全高は標準サイズの十六メートル級。分厚い装甲のずいぶんとマッシブな機体だ。

 重装甲タイプのAFではあったが、それはあまりにもおかしなものだった。

 装甲の厚さだけなら優秀かもしれないが、こんなにずんぐりむっくりな状態だとまともに戦闘なんて出来ない。

 これはまるで……そう、まるで強力に敷かれた包囲網に突撃する為だけに施されたような装備だった。最初から回避行動なんて完全に無視した特攻兵器に見える。


 それにしても驚くべきはその保存状態だ。輸送機は全体の傷みが激しいのに、この機体はそんな様子はない。

 長年海に浸かっていたので装甲表面に多少フジツボが付着しているが破損している様子は全くない。


「凄い……これなら整備すれば動くかも……」


「恐らく装甲であるナノニウムアーマーが機体保護モードになっているのじゃろう。それで装甲の腐食が食い止められたのじゃろうな」


「ナノマシンの自己修復機能のお陰ってことか。でも装甲は無事でも内部フレームにはナノニウムは使用されていないはずだから内側はボロボロになってるよね」


「いや……もしもこの機体がわしの想像通りなら、内部フレームもナノニウムで構成されているはずじゃ」


「ええっ!? そんな機体聞いたことないよ。フレームにまでナノニウムが使用されてたら完全自己修復が可能じゃないか。そんなバカげた機体なんて――」


「――そう、そんなバカげた機体は確かに存在する。大罪戦役で猛威を振るった高性能AFは複数存在したのじゃからな」


「それってもしかして『シャーマニックデバイス』のこと? それって戦時中の与太話じゃなかったの?」


 そんなAFがあるなんて信じられなかった。一機で数十機のAFを倒したとか言われたら誰だって嘘だと思ってしまうだろう。

 半信半疑の僕を他所よそに爺ちゃんは機体に近づいてフレーム部分を確認し始める。すると手でこっちに来いと合図をした。


「カナタ、これを見てみい」


「これって……!」


 フレーム部分もまた百年海中にいたとは思えないほど損傷はなかった。触れてみると表面の薄い層が剥がれて新品同様のフレームが顔を出す。


「アーマーと同じじゃ。ナノニウムの保護モードによって表面が壊死したナノマシンによりコーティングされていて、その下は全く損傷はない。間違いなくこの機体はシャーマニックデバイスの一機じゃな」


「本当にそんな凄い機体があったんだ……」


 今ではサルベージャーに伝説として語り継がれているシャーマニックデバイス。それが現実に目の前にあると思うと興奮で胸が熱くなる。

 機体の状態が問題ないのなら次に気になるのはコックピットだ。仰向けに横たわる機体によじ登って胸部にあるはずのコックピットハッチを目指す。

 爺ちゃんはさすがに危ないのでこの場で待機してもらうことにした。


「えーと、多分この辺りにあるはず……あった!」


 AFのコックピットは大体胸部にある。この機体もその例に漏れず予想通りの位置にハッチがあった。

 宝箱を開けるようにワクワクしながらハッチ開閉スイッチを押す。しかし何も起こらない。


「……あれ? まさかここまで来て動作不良?」


 ワクワクが絶望に変わろうとした時、音声が聞こえてきた。


『外部からのハッチ開閉希望確認。これよりコックピット内コールドスリープモードを解除します。しばらくお待ちください。――解除開始』


 いきなりカウントダウンが始まった。それにしてもコールドスリープってどういうことだ?

 まさか中に誰かいるとでもいうのだろうか。だとすればそれは百年前の戦争中の人物ということになる。


「カナター、どうじゃ? ハッチはあったのかー!?」


「爺ちゃん、ハッチはあったんだけどスイッチを押したら何だかコールドスリープ解除中ってなったー!」


「何じゃと!?」


 下にいる爺ちゃんの驚きの声が聞こえる。それはそうだろう、僕も驚いている。

 大罪戦役で使用された兵器の回収は今までに何度もやってきたが、さすがに人を回収した事は無いしそんな事例は聞いたことがない。


『――コールドスリープ終了、ハッチ開放します』


「あ、ハッチが開く。どうしよ!?」


 どうするべきか分からず慌てているとハッチが開いてしまった。コックピット内からコールドスリープの名残か白い煙の様なものが出てくる。

 恐る恐る中を覗いてみるとシートに女の子が座っていた。僕と同い年くらいだろうか。綺麗なプラチナブロンドの長い髪に透き通るような白い肌をしている。

 それに凄く綺麗な人だった。コールドスリープの為なのか水着のようなパイロットスーツを着込んでいる。


「う……ううん……」


 彼女の目がうっすらと開く。そして僕と目が合うと再び目を閉じて眠ってしまった。

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