第二百五十七話:地下・Ⅱ
「ここは一体……」
ファーヴニルゥの極めて淑女的なノックに開いた扉を通り、ディアルドたちはヘノッグスの迷宮の地下第十層へとたどり着いていた。
如何に強固な防護魔法で固められていたとしても、都市一つを殲滅することすら可能なファーヴニルゥの相手には不足だった。
まるで紙のように切り裂き、彼らはその扉の先に進むことができたのだった。
そして、その扉の先――通路を進んだ先にあった光景は。
「人が……浮かんでいる」
ギースが呟いたように人が並べられていた。
広い空間に液体の入ったガラスのシリンダーのようなものの中に、彼女たちは浮かび並べられていた。
いや、それだけではない。
よくみればパーツも浮かんでいた。
目や腕、足や手など部位にわかれたそれらもサイズは小さめのガラスのシリンダーのようなもの中に。
異様な光景だ。
ギースは息を呑んでいる。
「予想通りだったな」
「予想?」
「ああ、軍事施設にしては防衛機構が貧弱。だが、ここへと侵入者が至らないようにするための障害はたしかに存在していた。それはつまり重要度こそ軍事拠点よりも低いが重要な施設であるということは間違いないということだ。では、なにを守っているのか」
答えはそこに浮かんでいた。
「ここは保管庫だ。あるいは倉庫といってもいい」
「保管庫?」
「ああ、保管庫なら警備を雇ったりすることもあるだろう? そこに保管しているものが価値があればあるほど」
「それが……あれだというのか? 人の――死体?」
「いや、一見するとそう見えるかもしれないが……」
ディアルドはシリンダーの装置の一つに近づいた。
そこには腕が浮かんでいたがよく観察するとそれはただの人の腕ではないことがわかった。
「よく見ろ、これは義手だ」
「義手?」
「ああ、付け根の部分を見てみるがいい。金属のようなものが見えるだろう?」
「……本当だ。ということはこれってもしかして」
「生体魔導工学……その先にある技術だ」
生体魔導工学は人と魔導工学を融合させ人の機能を拡張させる技術。
ギースの使う
その技術が発展していた古代ならば尚更だ。
「この様子からするとパーツの保管庫とでもいうべき場所なのかもしれないな」
「これが……全部!?」
「そう考えるのが妥当だろう。なにかを守っているとは思っていたがこういったものとは少し意外だったな」
「見た目はほとんどただの人間にしか見えないけど」
「古代の技術ならそれぐらい可能なのだろう」
純度百%人工物のファーヴニルゥという存在を知っているディアルドとしては見た目が人間程度驚くにあたいしない。
「なんならちょっと貰っていくか」
「え」
「技術の収集としてこれほどいいものもないだろう。さすがに人体丸ごと持って帰るのは隠蔽するのは難しいか。だが、腕や足の一本や二本ぐらいならかまわんだろう」
「見つかったらまずいことには変わらない気もするけど、マスターの命令なら仕方ないよね」
当然とばかりに保存状態の良さそうな装置の一つに近づき、その内部に浮かんでいた人体パーツを回収するディアルドたち。
その躊躇いのなさにやっぱりこいつらやり手の盗掘者だな、とギースは確信を強めた。
「よし、どうだ。見てみろ、これは明らかに人工的に作られたものだ」
「ほ、本当だ。この皮膚とかどうなってるんだ。見た目にはただの皮膚に見えるのに一定の圧力を加えると高質化する……不思議な物質だ。それに内部は完全に」
最初はその行為にドン引きしていたギースであったが彼らから渡された腕を調べていくうち、どこか興奮したように鼻息を荒くしていく。
「間違いない、これは生体魔導工学の……腕や足はわかるが内臓の臓器らしきものまであるのはなんだ? もしかして、それも代用ができるのか?」
「まあ、そうなのであろうな。だからこそ、こうやって保管されているわけで」
「……義手や義足まではわかる。それなら今の技術でも……まあ、こんな本物の腕そっくりじゃなくゴツくはなるけど作ることはできるからな。とはいえ、臓器まで……理屈上はできるけど」
ブツブツと呟きながら考えをまとめているギースを尻目にディアルドはファーヴニルゥとヤハトゥに指示を出し、片っ端から情報になりそうなものを記録させる。
ヤハトゥとは違う系列の古代技術の一端、今後いかせる機会があるかはさておいて貴重なデータであることは間違いない。
根こそぎ奪えるものは奪っておきたい。
やはり、ディアルドは盗掘者なのかもしれない。
「それにしてもこれだけ義手や義足なんてものを保管しているとは。ここは医療施設の一種でもあったんだろうか」
「なぜそう思う? 医療行為として使っていた――とは限らんぞ?」
「えっ、でも義手とか義足なんて……」
「まあ、本来であればあくまで失ったものの代わりでしかない――が」
生体魔導工学の本質はその生体の機能を拡張させること。
限界を超えることを目的とした技術。
「ただの代用品をわざわざこんな場所まで作って保管するとも思えない」
「でも、現実にこうやって保管されているよマスター?」
「ただの代用品の保管庫にしては過ぎた場所だが――代用品ではなく、改良品ならば話は変わってくる。そういう話だ」
ディアルドは片っ端から彼の目で翻訳できる残っていた資料に目を通しながら呟いた。
「代用品じゃなくて改良品? ……つまり、あえて元の肉体を捨ててより高性能な人工のパーツへと付け替えるってこと。そんなこと――」
理屈ではわかる。
例えば鎧、武器、魔導具にしても今あるものよりも性能がいいものがあるなら換えるのは自然なことだ、性能で優れているものより劣るものを使う理由はない。
ならば、それは自らの肉体にもいえることだ。
より性能のいい肉体があるのなら、交換できるのなら換えることは自然なことなのかもしれない。
「少なくとも古代のアジュバラ人はそう考えた。それがこれだ。ただ、医療的な観点での代用品としてならば腕や足だけでなく、なぜ肉体一つが存在していたりする? おかしいであろう?」
「それは……」
「どうにも当時の技術があれば脳さえあれば肉体はいくらでも改造できたようだ」
「それってつまり――」
〈肯定します。――脳を入れ替えることによって肉体丸々一つを手に入れられるということですね。たしかにいちいち、腕や足などの部位を交換していくよりもコストパフォーマンスに優れています〉
「要するに完全な人型で浮かんでいるアレらは交換予定だったアジュバラ人の肉体フルセットってこと?」
ファーヴニルゥの言葉にディアルドは頷いた。
「そうだな、そう考えるとさっきのギースの表現は正しかったのかもしれないな」
シリンダーの装置の中に浮かんでいる彼らはアジュバラ人になるはずだったが、その役目を果たせなかった肉体――ある意味で死体という表現は近かかったのかもしれない。
(まあ、生きたことすらない肉体を死体と称するのも違和感があるが)
古代人の道徳や倫理観の欠如に関し、いろいろと慣れているディアルドとは違いギースは衝撃を受けているようだ。
そんな彼女のことを無視して彼は話を進める。
「まあ、アジュバラに関する考察は今は置いておくとしてだ。そろそろ、本題に入るとするか。ここが最下層だとすると」
「そ、そうだな。私は
「ああ、それにここにくる入り口にいた大型の魔導兵器。あれは恐らく門番のような役割をしていたのだろう。それが破壊されていたと言うことは」
「
「となると
ディアルドの言葉通り、第十層もかなり破壊されていた。
シリンダーの装置の三分の一は破壊されている様子で、研究かあるいは整備のためらしき機械も瓦礫の山に埋まっていた。
「さて、
大きな広間。
その隅でなにかが動いた気がした
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