第二百五十六話:地下・Ⅰ




「ここら辺だな」


「きゅ、九階層……ここまで潜れるなんて――というか途中、盛大に破壊して短縮したけど」


「ふーはっはっは! まあ、これが一番早いからな」


「いや、そうかもしれないけどさ」



 ヘノッグスの迷宮、その地下九階層までディアルドたちはやってきていた。

 恐ろしい進軍速度であったがその進軍速度には秘密があった。


 侵入者を排除しようとする魔導兵器、それらをあっさりと処理できるファーヴニルゥの存在は当然として、ヤハトゥの活躍も目覚ましかった。

 このヘノッグスの迷宮という遺跡内はかなり強固な解析系魔法への阻害が発生しており、基本的発動することが難しい。

 そのため、ヘノッグスの迷宮内部の構造を調べることが難しくこれまでの冒険者、そしてかつて攻略しようとした軍人たちは手探りで構造さえ未知数な遺跡内部を進むしかなかった。



 だが、ディアルドたちはそうではない。

 ヤハトゥによってヘノッグスの迷宮の内部の構造はほぼ把握するに至っていた。



 解析系や探知系の魔法が使えないのになぜそれをすることができたのか……答えは簡単だ。

 ヤハトゥが行使した魔法は単に音を発生させるだけのものだ。


 等間隔で発生する魔法によって生み出された空気の振動。

 それが壁や床にあたることによって発生する反射、それをヤハトゥは解析することで階層の構造や動体反応などを把握することに成功した。


 あとはそれに従って最適な最短ルートを選べばいいだけの話だ。

 時には強引にファーヴニルゥの手によって障害物を破壊することによって短時間での走破をすることができた。

 

「壁とか床をぶち抜いたのはさすがに……」


「ここら辺の階層は知られていないのだからバレやしない。最初から壊れていたということだ」


「黙ってればセーフだよ!」


「うーん、まあ……いや、うん、そうだな。そういうことにしておこう」


 ギースはそういった自分を納得させるように頷いた。



「それになんというか元から荒れていたのは本当のことだし」


「そうだな」



 彼女の言ったとおり、九階層は今までの階層よりも随分とあれていた。

 単純な経年劣化によるものではなく、明らかに戦闘が行われた痕跡のようなものがいくつかあった。


「瓦礫とかは少なかったけど……壁とか天井とかの傷、明らかに戦闘によるものに見えるな」


「うむ、瓦礫がないのは回収でもされたのであろう。恐らくは遺跡内を巡回するようにまわっている魔導兵器、あれらのせいだ」


「あいつらが?」


「施設の維持を目的としているのならそれくらいはやるだろう。とはいえ、細かな修理まではできないようだがな……」


 あたりを見渡しながらそんな考察をディアルドは呟いた。

 それほどに九階層は荒れた様子だった。


 抉れたような後やなにか鋭利なもので切りつけられたような痕跡などが至る所に存在していた。


「かなりの戦闘が行われたみたいだね」


「ああ、そのようだな。どんな戦いが行われたのやら」


 そんな九階層の中を進むと行き着いたのは行き止まりにたどり着いた。

 大きく開けた空間であり、扉などはなくただ巨大な壊れた魔導兵器の残骸が転がっていた。



「行き止まり? それにこの魔導兵器は随分と大型だな。見るも無惨に壊れているが……」


「そうだね、さすがに大きすぎて解体はできなかったのかな? 放置されているようだけど」


「ふむ……ヤハトゥ」


〈解析の阻害が強力でこの場での調査は難しいかと。損傷も激しく、経年劣化も激しいので〉


「む、それならば仕方ないか」


〈ですが、金属の材質とその劣化具合からすると機能を停止したのは数十年ほど前だと思われます。少なくとも百年は経っていません〉


「となるとこいつを破壊したのは……」


〈可能性はあります〉


 ディアルドはあたりを見渡した。

 大型の魔導兵器の残骸と戦闘の痕跡以外に目立ったものは周囲には存在しなかった。



「となると……」



 彼はそう呟きながら周囲を探索すると壁の一部に切れ込みのようなものがあることに気づいた。



「ここが最深部なのか? 妙に広い空間だけどそのわりにはなにもないような……」


「いや、違うな。まだ先がある」



 ギースの言葉をディアルドはそう否定した。


「なんだって?」


「ここを見てみるがいい。見づらいが壁に切れ込みのようなものが見えないか?」


「……本当だ。もしかして」


「ああ……隠し扉。どちらかといえばシャッターのようなものか? この先にいかせないため、あるいは――まあ、それはいいか。……


 一見するとただの壁に見えなくもないがディアルドがそこに手を触れ、魔法を発動させようとした瞬間に魔方陣が浮かび上がってきた。

 壁一面に浮かび上がってきた魔方陣はどうやらプロテクトらしい。



「魔方陣……」


「強力な防護魔法だな。万が一にも破壊されないようにと強固に作ってある。よほど、開けられたくないらしい」


「つまりはこの先が一番奥ってことになるのかな?」


「そうなるな。これまでこんな防護魔法による障害はなかったわけだし」


「たしかにな。でも、どうする? そうだとしてもこれって解除できるのか」


「ふむ、そうだな。セオリーとしてこういった扉への防護魔法は解除方法とセットで術式は作られる。解除方法を限定することで防護性能を底上げしているからな。なので解除方法の一番のセオリーとしては正しい解除手続きを行うことだな」


「いや、正しい解除手続きっていわれても……」


「術式を読む限り、特定のアイテムを所持していることで扉を開けることができるようになっているようだ。それが鍵となっているわけだな」


「つまり、そのアイテムがあると開けることができると」


「だが、そんなアイテムは当然ここにはない。となると正規の手段で解除することは不可能。となると次の手段はこの術式自体に干渉して無効化する手段だ。術式を弄ることで条件を満たしたと誤認させて開かせるなり、術式自体を無効化させたりやり方は色々あるが」


「できそうなのか? そういった技はよほど卓越した魔導師でなければできないと聞くが」


「俺様を誰だと思っている? ……といいたいところだがな」


 ディアルドは扉に浮かび上がっている魔方陣の術式情報を読みながら顎に指を当てて考え込んだ。



「この術式……単一の術式ではなく、多層式の術式となっている。見てみろ、魔方陣が重なっているだろう?」


「え? ……あ、本当だ」


「多層式の術式というのは一つ一つの魔方陣が互いに影響を与えることでより高次元に情報密度を圧縮できる。一つの魔法とは思えないほどに強力かつ複数の力を込めることができるのが特徴だ」


「そんなの見たこともないけど」


「まっ、基本的には古代技術だからな。遺跡とかでたまに見つかる程度だ。なにせ恐ろしく繊細な技術だからな一つの魔方陣を展開するのにも気を遣うのに、それを多層式にして相互に干渉させる必要がある」


「……聞いているだけで頭が痛くなりそうな技術だな」


「ああ、なにせ一つでもミスがあれば意味をなさなくなるからな。難易度が高いなんてものじゃない。だが、その分きちんと使いこなせれば強力だ。特に術式に対する干渉に関してはな」


「どういうことだ?」


「一層の魔方陣よりも多層式の魔方陣は外部からの干渉に強くなる。複数の魔方陣が互いを補完するようにして一つの魔方陣として機能しているからな。だから、発動している魔方陣に対して干渉しようとしても弾かれる。無理をすればできなくもないが……どうだ?」


 ディアルドはそうヤハトゥに問いかけたが彼女は首を横に振ってその問いかけに答えた。


〈回答します。――ダメですね、恐らくこの遺跡で稼働している魔導炉の魔力の大部分はこの魔法術式の維持に回されています〉


「うむ、さすがに魔導炉相手にはやりたくないな。強引に弄って暴発するのも勘弁だし」


 術式を書き換えるという手段はそれなりにリスキーな行為だ。

 微妙なバランスの元に成り立っている術式を弄くるのだから当然なのだが、単に機能不全になるだけならいいが思いも寄らない形で魔法が発動してしまう場合や単に爆発してしまう場合だってある。



「なら、どうするんだ? ここまで来て帰るというのは」


「大丈夫だ、問題ない。こうなったら三番目の――最後の手段しかあるまい」


「最後の手段? それはいったい」



 残る手段、最後の手はもちろん。




「――ファル、ここを切り裂け」


「はーい……魔法術式を解凍――「バルムンク=レイ」!!」




 この手に限る。




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