第二百五十五話:千変万化・Ⅲ
「それにしても順調だ。二人が居てくれて助かったよ」
「ふっ、称賛は受け取るが訂正だ。俺様とファルとヤハトゥの三人だ」
「ああ、すまない。三人の協力があってこそだな。それにしてもアルドとファルの実力のおかげで障害になる魔導兵器を排除できているから道中はスムーズだな。それに歩みに迷いがない。このくらいの階層ならもう何度も?」
「もちろんだとも」
アズガルド連邦国に入るのが初めてなのだから、当然ヘノッグスの迷宮に入ったことなどあるはずもない。
だというのにディアルドはギースの言葉を流しながらシレッと答えたのだった。
「それで、だ。さっきの話なんだが……」
「さっきの話? なんのことだ?」
「惚けるな、なにか気にしていただろう? ほら、
「ああ、あれか……。ふむ、そうだな」
ディアルドは周囲をさっと軽く見渡した。
ここはヘノッグスの迷宮の七階層の内部、荒れ果てた迷宮のような通路が続いている。
「ギースはここがかつてはどんな場所だったと思う?」
「かつて?」
「ヘノッグスの迷宮と名付けたのは後世の人間だ。別に初めから迷宮として作られていたわけではない。単純に魔導兵器のせいで探索が思うように進まず、地下に何処まで広がっているかわからないからそう呼ばれるようになっただけと聞く」
「ああ、そういう意味か」
「ヘノッグスっていうのも昔のこのあたりの地名だったんだっけ?」
〈肯定します。――つまりはヘノッグスの迷宮という単語はこの遺跡の本質をなにもあらわしていないということになります〉
「なるほどね。まあ、これだけの魔導兵器が未だに稼働し続けているとなると遺跡の奥には魔導兵器を作る工場かあるいは整備や修理する施設が動いているのは間違いないと思う」
「それは間違いないだろうな、でなければ回収もしているはずなのに一向に底が見えないというのはおかしい。最もそれがどの程度の規模の施設なのかは議論の余地があるがな」
「規模の大小があるにせよ、そういった施設が完備されていたってことはそれなりの場所だったと思うんだよな。それなりに重要な施設じゃなければそこまでしないと思うし」
「ふむ、続けるがいい」
「だから、通説だと古代の軍事施設かなにかだという説が有力だって聞いたことがあるけど」
「……残念ながら少し違うな」
ギースの言葉をディアルドはそう言って否定した。
「どういうことだ? なぜそんなことがわかる?」
「まず軍事施設にしてはここは防衛機構が貧弱すぎる。劣化してその機能の大半を失っていること加味しても、だ」
「……貧弱か?」
彼女はそう言ってあたりを見渡した。
そこにはファーヴニルゥによって機能停止させられた無数の魔導兵器の残骸が散らばっていた。
ギースとしてはこんなに大量の魔導兵器がわいて出てくるような場所が防衛機構が貧弱だといわれても実感がわかないのだろう。
「ああ、貧弱だな。大まかだがこの遺跡は天帝七国時代のものと推測できる。根拠は遺跡自体の劣化と随所に見かけられる文字だ」
「文字? 古代の文字が読めるのか?」
「ふーはっはっは! まぁな。そして、文法の使い方によってある程度だが年代は特定が可能だ」
「それが天帝七国時代の時代ってわけだね、マスター」
「そうだ。そして、当時の技術力を考慮すると……」
ディアルドはちらりと隣を歩くファーヴニルゥを見て、続いて胸に抱いているヤハトゥに視線を移した。
彼が知っている当時の技術力の粋を集めた存在たち、彼女たちを基準にすればこの遺跡に現れる魔導兵器は弱すぎた。
現行の魔法や剣などの武器で対処するには丈夫すぎるというだけで強さ自体はそれほどでもない。
「せいぜい、警備用の魔導兵器といったところか」
「こんなに強いのにか?」
「僕に比べれば圧倒的に弱いしね!」
「……まあ、そうかもしれないけどさ」
ここに来るまで大活躍だったファーヴニルゥに言われると言い返せないのかギースは少しだけ口ごもった後で改めて問いかけた。
「せめて燎原のファティマや最近噂の巨兵のような存在くらいないとな」
「巨兵ってあの南で出没するようになったって噂のあれか?」
「ほう、知っているのか?」
「鉱山の採掘に影響が出てるって話だからな。魔工師の一人としては他人事じゃ居られない。あれってあのベルリ子爵の仕業だって噂だ」
「あのってどのだ?」
「王国で再興したっていうベルリの家の女当主。まだ二十にもなっていないっていうのに随分なやり手な人物らしい。どんな手を使ったのかは知らないけど驚くほどの速度で領地を発展させていってる話だ。一説には悪魔に魂を売ったんじゃないかって」
「ふーはっはっは! なるほどな。時にファルよ。この場合の悪魔って誰になると思う?」
「誰になるんだろうねー、マスター」
「……なにを言っているんだ?」
楽しげにファーヴニルゥへと尋ねるディアルドの姿に困惑するギース。
そんな彼女に彼は続きを促した。
「いや、なんでもない。それにしてもそうか随分と噂になっているようだなベルリ領」
「そりゃそうだろうな。単に再興されて復活できただけの家だったらそこまで話題にならなかっただろうが。あそこはいろいろとおかしいからな」
「ふむ」
「あの
ギースの言葉にディアルドは深く同意するように頷いた。
「うむ、全くだな。恐ろしい女傑というべき人だなベルリ子爵は……。なんでも新たに再建した街の名前をルベリティアと自身の名を冠した名前にしたり、銅像を建てまくっているとかなんとか」
「自己顕示欲……」
「ああ、ほかにも歓楽街を作ったりとても文化に開明的な側面もあるらしい。水着とかも着て領民に見せたり」
「淫ら……いや、うん、開明的な文化に理解があるといいなおそう」
それやったの、というかやらせたのマスターだよねというファーヴニルゥの視線を受け流しディアルドはギースへと吹き込みにかかった。
単に面白がってやっているわけではない、彼女を通してアズガルド連邦国に噂を広めるという高度な情報戦の一環だ。
そんな話を広めて何になるのかということについてはとりあえず置いておくとして。
「あとはあれだな。日夜、領主のために身を粉にして働く領主代行を虐げるという恐ろしい暴虐性を見せることもあるとかなんとか」
「お、怖い人なんだな……たしかに魔導協会もやりあったたし」
「やはり、件の巨兵を送り込んできているのもベルリ子爵が? ううむ、やりかねない。仮に事実だとしたらベルリ子爵はどれほどの力を隠し持っているのやら。ふっ、天才である俺様とて背筋が凍る」
やれやれ、といわんばかりにディアルドは言い切ると話を戻した。
「まあ、そこら辺の話はさておいて話を戻すとしよう。ここがどういった施設なのか。さっきも言った通り、ここは軍事施設にしては少々防衛機構が貧弱だ。だが、その割にはヘノッグスの迷宮内には探知や分析系統の魔法が効かないように妨害がされている」
「ああ、そうだ。そのせいであまり奥に進めないんだ。周辺や現在位置の把握がヘノッグスの迷宮内では困難だからな」
「機密保持、つまりは中の存在を調べられたくないように対策をしているわけだ。……それに軍事施設にしては低い、というだけで防衛機構はきちんと組まれている。軍事施設ほどではないがそれでも十分な重要施設であった――というのは的外れな考察ではないだろう」
「なるほど、何かしらの重要な施設だったというのは間違いないと」
「ああ、そうだ」
「その施設っていうのは?」
「そうだな、いくつか考察できる要素はある。例えばなぜ地下に作ってあるのかとか、地上に近いほうではなく地下のほうを強力な魔導兵器を守らせているのか」
「それは……」
「答えはもうすぐわかる」
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