第二百五十三話:千変万化・Ⅰ



「私もあくまで聞いた話でしかないんだけどさ――」



 そう前置きをしてギースは話し始めた。


 話は彼女の曾祖父の時代にまで遡るらしい。

 その時はまだ生体魔導工学というのはそれなりに知られた技術で魔導工学と二分する勢いのある学問だったとか。


「当時は国も主軸とするものをどちらにするか決めあぐねていた時期らしいよ」


「その時期と言えばちょうど王国に負けっぱなしの頃だな」


「そうなのマスター」


「ああ、アズガルド連邦国がかなり大きめの敗戦をしてな、それを切っ掛けに一気に王国は戦線を押し上げようと王国軍も準備を進めていたのだが……」


「だが?」


「結局は無駄になった」


「えっ、どうして?」


〈回答します。――端的にいえばベルリ領が滅んだからです〉


「それって」


「そう、あの黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンだ。あのモンスターが現れたせいで王国は動けず、大敗を喫したアズガルド連邦国は九死に一生を得たわけだ。私たちからすれば救世主みたいなものかもしれないな」


「まあ、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンが旧ベルリ領を縄張りにしてしまったため、アズガルド連邦国も迂闊に王国の東部を狙うために南下するという手段が取れなくなったがな」


「あの蜥蜴って結構、重要な役割を果たしていた?」


 ファーヴニルゥの言ったとおり、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの存在はあの一帯では大きな意味があった。

 彼女がさっくり倒してしまったが周辺のパワーバランスを大いに崩れる要因ではあった。


「そうだな。あんなのでも国家レベルの厄災をもたらすことのできるモンスターだ。そんなものが二国の近くに縄張りを持ったのだからな。以降は王国と連邦国の戦争も抑制的になった。まっ、あくまで抑制的になっただけが……」


黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンをあんなの……とは。いや、そうだな。たしか彼の龍は討たれたんだったか。あれほどのモンスターをどうやって」


 当事者が二人、ここにいるがディアルドにしてもファーヴニルゥにしても素知らぬ顔をして話を続ける。


「少なくともやったのはわかっている。現ルベリの当主であるルベリ・C・ベルリだ、彼女を中心として黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンは倒された。そして、ベルリ家の再興を果たした。実に泣かせる話ではないか、没落して居なくなったと思われていた子孫が領地を奪ったモンスターを倒し、そして再度領地を賜って領主となるわな」


 他国であれルベリのよいしょをディアルドは欠かさない。

 イメージ戦略というやつだ。


「まるで物語の主人公のような話だな。凄腕の魔導師たちや美しき少女の魔導剣士もいたと聞くがどこまでが本当なのか」


「少なくとも黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンが倒されたのは事実だ。王家も認めているからな。流れてくる噂話の真実が何処まで本当なのかは俺様も気になるところではあるが、話が逸れているから戻すとしよう」


「ああ、そうだな」


 話を戻すとして。

 大敗を喫したアズガルド連邦国は方針の転換を迫られていた。

 純粋な魔法の技術や知識において、王国は連邦国よりも上で一人一人の魔導師のレベルの違いは顕著だった。


 このままでは勝てない。

 魔導師以外でアズガルド連邦国としての軍事力の強みを作らなければならない。



「そこで魔導工学と生体魔導工学か」


「ああ、どっちなるかで揉めにもめたらしい」


「だが、正直今の技術水準なら魔導工学の方がいいだろう? 大量生産できる魔導兵器を作った方が効率的だ」


「そっ、実際当時の軍部や国もその意見に賛成で魔導工学派が優勢で生体魔導工学派――私の曾祖父の仲間なんだけど、そっちは劣勢だった。まあ、仕方ないとは私も思うよ」



 ギースとしては生体魔導工学に誇りは持っているが、それはそれとして魔導工学自体を否定する気はないのだろう。



「だが、事件が起きた」


「事件、事件というと」


「ああ、アーガイルの悲劇だ。あれは魔導工学派たちが仕掛けたものらしい。本来なら下手なことをしなければそのまま魔導工学技術を国家の基幹技術として決定しただろうに、ダメ押しの功績をほしがったんだ」


「……ヘノッグスの迷宮の攻略か」


「そうだ、当時魔導工学派の急先鋒だったアーガイル将軍はヘノッグスの迷宮の攻略を提唱した。「王国が例の黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの出現で動けなくなった機会を利用し、その隙にヘノッグスの迷宮を攻略。遺跡の古代文明の技術を持ち帰り、解析し、より強大な魔導兵器を作り上げ、王国に鉄槌を振り下ろそう」ってな」


 ギースは鼻で笑うようにそう呟いた。


「結果を先に知っているとなんともいえない気分になるね」


「まあ、そうだな。それで意気揚々と攻め込んだ軍は敗北っと」


「軍って言っても魔導兵器の有用性を見せつけるのも理由だったから、結構な数の魔導兵器も投入されたらしい。これだけの魔導兵器があれば楽勝だ――ってな」


「だが、失敗した」


 何があったのかは不明だが最終的に壊滅的な被害を被り、敗走する結果となったわけだ。



「あーあ、やっちゃったね」


「ふん、わかってきたぞ。その一度目の失敗だけで終わってしまうといろいろなところに迷惑がかかる。だからこそ、生体魔導工学派……つまりは曾祖父たちは生け贄にされたということか」


〈肯定します。――そう考えるのが打倒でしょう〉


「えっ、どういうこと?」



 ディアルドの言葉にヤハトゥも納得の声を上げたが、ファーヴニルゥはいまいちぴんとこなったらしい。

 そのため彼はかいつまんで説明を彼女におこなった。


「要するに自信満々で軍を動かして壊滅させるだけでもだいぶあれだが、あれだけ自慢げだった魔導兵器まで投入して負けてしまったのだ。そうなると魔導工学技術自体にどんな目を向けられる?」


「あっ、「もしかして魔導兵器って大したことないんじゃないか?」ってこと」


「そういうことだ。ならどうするか? 簡単だ。ことだ。そうだろう?」


 ディアルドの言葉にギースは頷いた。




「正解だ。失敗した事実をどうにかしようと思った魔導工学派たちは、いろいろと圧力をかけて生体魔導工学派にもヘノッグスの迷宮の攻略をさせるように謀ったんだ」


「いきなり命令された私の曾祖父たちも随分と困ったらしいんだけど、国からの正式な依頼。「ヘノッグスの迷宮攻略用の魔導兵器をつくれ」という命令に従って、当時の生体魔導工学技術のすべてを費やして一つの兵器を作った」




「その名は――千変万化アトラク=ナチャ





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