第二百五十二話:ヘノッグスの迷宮・Ⅳ
「お、おう。まさかそんな力強く肯定されるとは……たしかに正規の手続きで金を払うのが嫌でこっそり持ち出そうとするやつの話は聞くけどさ」
「軍に払う金など俺様にはない!」
「なんか軍に嫌な思い出でもあるのか? 好きじゃないやつは結構いるけど」
ギースの言葉にディアルドの頭に過ったのはイリージャルの一件のことだった。
最初から最後までいいように扱ったが好きか嫌いかと問われれば……。
「昔、拘束されたことがあるのだ。罪もない俺様とファルを一緒に……! なあ、ファルよ!」
「ああ、あの時のことだね。全く酷い奴らだったよ」
〈ヤハトゥなど盗まれそうになりました〉
まあ、普通に好きではない。
彼の言葉に追従するようにファーヴニルゥとヤハトゥがノリで続いた。
「……なんか大変そうなんだな。、なにかやらかしたのか?」
「馬鹿を言うな、血液の代わりに礼儀と道徳が体内を駆け巡っているともっぱら噂の俺様がそんなことをするわけがない。法を破っていないというのにあれだからな、まったく、ねー」
「ねー」
〈ねー〉
「仲がいいな三人とも……まあ、ともかく軍と仲が悪いのはわかったよ。だから、軍にあの合金の技術を持ち込まなかったんだな。軍に持ち込めば研究しているのもあって、高く買い取ってくれただろうにって思ってたけど」
ディアルドの言葉に納得したように頷くギース、どうにも都合がいい形で納得してくれたようなのでこれ幸いとばかりに彼はそれに乗っかることにした。
「まあ、そういうことだな。軍のやつらが喜ぶのもいけ好かないし、買いたたかれる可能性もあった。なら、いっそ先に民生品として流してしまおうかと思ってな」
「ははっ、やることがえげつないな」
「ふーはっはっは! 意趣返しというやつだ。それに口で言っているほどそう思ってもいないようだが?」
笑みを浮かべたギースに対してディアルドはそういった。
そのことを指摘すると彼女は少しだけ気まずそうな顔をした。
「まあ、なんだ……私も軍は好きじゃないからな」
「ふむ……まっ、大抵の場合は嫌われるものだからな、ああいったところは」
「そういうものなの?」
「そういうものだ。それよりもだ、話を戻すとしようかギース」
ディアルドは話を仕切り直すように一呼吸してから尋ねた。
「俺たちを盗掘者――つまりは非合法な手段を使っている人間だと考えておきながら協力を求めた理由、それをそろそろ話して貰おうか。この遺跡の地下にあるものに用がある、としか聞かされてはいないが具体的にお前はなにを求めている?」
「……たいした話じゃないさ。このヘノッグスの迷宮の地下には失われた技術が眠っている――そんな話を聞いたことがある」
「ほう」
「まあ、技術屋からすれば魔導兵器に使われている技術自体がお宝だから強ち間違いでもない。ここはそういった意味で宝庫だからな。でも、私が欲しているのはそれじゃあない。アルドの言葉を借りれば私が欲しいのはアジュバラ遺産だ」
「……言っておくがここはアジュバラの遺跡ではないぞ。様式で大体わかるが」
「わかっている。私が用があるのはこの地下にあるものだが、遺跡のものじゃないんだ」
「どういうこと?」
ギースの含みを持たせた言葉にファーヴニルゥがそう聞き返した。
「二人ともアーガイルの悲劇については知っているよな」
「ふっ、当然だ。なあ、ファル」
「もちろんだよ、マスター。さあ、続きをどうぞ」
知ってて当たり前のように尋ねられたが、全く知らないことだったがディアルドは全力で知っている風に装い、ファーヴニルゥもそれに追従した。
そのことに気づくこともなくギースは続ける。
曰く、アーガイルの悲劇とはこの遺跡を攻略しようと投入した軍が壊滅した事件のことを指しているらしい。
ヘノッグスの迷宮を攻略しようと大規模な軍事行動はおこうも失敗、大損害を負ってしまったとか。
その時の被害のトラウマか、軍はヘノッグスの迷宮の攻略に関して冒険者たちを利用する方針をとるようになったのだが実のところ、そのアーガイルの悲劇の後にもう一度軍はヘノッグスの迷宮に対して大規模な作戦を実行したことがあるらしい。
「あまり知られていないがな」
「ふむ……なるほど、大体理解した」
「いや、なにが!?」
「ふっ、俺様は天才だからな。おおよそ話の流れさえわかれば大まかにわかる」
「おおっ、さすがはマスターだ」
「つまりはあれであろう? まず、その作戦とやらは失敗している。でなければ今の状況に説明がつかないからな。そして、問題はその失敗した作戦の内容。それは生体魔導工学技術が関係している――そうではないか?」
「なんでそれだけでわかるんだ。まだ触りしか話していないんだけど」
「ふーはっはっは! そんなものは俺が天才だからだ。天才である俺様は話も早い! ……まあ、別にそうたいした話ではない。ギース、お前は先ほど俺様たちに対してアーガイルの悲劇を知っている前提で話を進めたな。それはアズガルド連邦国ではよく知られている話だからだ」
「……まあ、そうだな」
「だが、次に話したアーガイルの悲劇の後の軍が起こした作戦に対しては知られていないことを前提で話した。それ自体は別に変な話ではない。一度目の失敗でも軍という組織にとって体面が傷ついただろう。それなのに二度目となればひた隠しにしてもおかしくはない」
ただそれならばなぜギースがそのことを知っているのか、という問題が出てくる。
そこでヒントになってくるのが彼女が言っていた言葉だ。
生体魔導工学はギースが先祖から受け継いできたものだという。
つまりはアズガルド連邦国には技術を伝えることができた人間がそれなりの数、過去に存在していたということになる。
技術というのは持っているだけでは飯の種にはならない。
どれほど素晴らしい知識であれ、技術であれ生きて行くには他者に評価される必要がある。
本当に生体魔導工学が時代に必要とされないものなら今の時代まで残っていること自体がおかしい、少なくともある程度認められている時代はあったはずなのだ。
現代の魔導工学の技術ではかなり難易度の高いものとはいえ、彼女の
だというのになぜ今の時代には技術として廃れているのか。
(たしかに現代の技術水準なら技術難易度の高い生体魔導工学よりも、純然たる魔導兵器を生み出す魔導工学の方が価値は高い。軍事力としてわかりやすく増強できるし、国の方針としてもそちらを優先するはおかしくはないが)
だからといって生体魔導工学をむざむざと失わせる理由にはならない。
(俺が国の人間ならば少なくとも完全に失われるのだけは避けるために技術者を抱き込むなりなんなりするだろう。今はまだ芽が出ずともあくまで古代に存在していた技術体系の系譜、将来的な価値を考えればそれぐらいはする。それなのにギースは一魔工師の身分でしかなく、国とも軍とも距離を置いている)
これは不可解なことだった。
生体魔導工学という希少な魔工技術の存在を知りながら、あくまで無視をしているようなあり方……だが、それに理由があるなら納得もいく。
例えば、そう。
「その失敗した作戦とやらに当時の生体魔導工学の技術者が関わっていた、とかな」
「……本当に知らなかったんだよな? 有ってるけどさ」
ディアルドのこれでもかと言うほどのどや顔を見ながらギースはそうため息をつきながら肯定し、詳細を語り始めた。
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