第二百五十一話:ヘノッグスの迷宮・Ⅲ



 ヘノッグスの迷宮の攻略は順調だった。

 ディアルドのは魔法とファーヴニルゥの剣技、そしてヤハトゥの解析によって最短経路を見つけ出し、そこを進む。


 内部ではある程度なら探索、解析系の魔法術式も使用可能なためか特に道に迷うこともなく進むことが可能だった。

 まあ、使用可能とはいってもそれはヤハトゥ並の演算能力があればという話だが。


(内部は思ったよりも損壊が激しいな。まるでなにかが暴れたかのように穴が開いていたり、通路が崩壊していたり……なるほど、魔導兵器たちだけじゃなくこれが今まで外敵を阻んでいたというわけか)


 探索、解析系の魔法が使えないとなるとあとは地道に地図でも作って、むちゃくちゃになっている内部を、薄暗い中……それも魔導兵器を警戒しながら進まなくてはならない。


(しかも、下に行けば下に行くほど魔導兵器が高性能になっていく)


 今まで足踏みをするように攻略が進んでこなかったのはそのためか、ヘノッグスの迷宮第六層を進みながらディアルドは納得していた。

 そんな彼に対し不意にギースが呟いた。 



「凄いな……」


「うん、なにがだ?」


「いや、ここまで順調に進むことがだ。あの合金を入手し、そして解析できたということは第八層まで行けたということだ。あの装甲をもった魔導兵器はその階層にしか出現しないからな」


「ふーはっはっは! つまり、俺様たちの攻略速度に驚いているということか? わかっているものだと思ったのだがな?」


「いや、最終的にたどり着いて帰ってきたわけだから行けるだろうと思っていたが……この速度はさすがに予想外だ」


 ディアルドの言葉に彼女はそう返した。

 実際、ギースのいったとおりだった。


 最初こそ、彼女の喰月の尾レイジング・テイルの稼働を楽しんで戦闘に参加させていた彼らであったが、ある程度満足したあとはギースを後衛に回して道中に現れる魔導兵器たちを処理することにした。


 喰月の尾レイジング・テイルはその反応速度、強度、強靱さから伸縮自在な第三の手として高い攻撃力を誇っていたがやはりギース本人は魔工師――つまりは戦いは本職ではないのだろう、実際に運用されているデータをヤハトゥがこれでもかと回収した時点で無理をさせる必要がなくなった。



 そのため、ディアルドとファーヴニルゥで道中の障害を排除することにした。

 とはいえ、ほとんどやっていたのはファーヴニルゥだったが。



 最初こそ少し不満そうな表情をしていたギースであったが、ファーヴニルゥがまるで雑草を刈るように剣でたたき切っていく姿を見て口をつぐんだ。



「……魔導兵器、強いはずなんだけどな。少なくともあんなにスパンと切れたりなんて」


「もうちょっと硬くないと困る。魔剣のジークフリートぐらいに」


「なぜ、王国のジークフリート? というか硬さの比較対象が人間って」


「ジークフリート以上は難しいんじゃないか?」


「ジークフリートの方が硬いのか!?」


「なに冗談だ」



 ディアルドは本音で言っていたがそう誤魔化すことにしたのだった。


「まあ、順調に進めているなら何よりか」


〈肯定します。――うまくいっているんだから前向きに考えていきましょう〉


「……やっぱりヤハトゥっておかしくないか?」


「気のせい、気のせい。それよりも僕も少し聞きたいことがあったんだ」


「なんだ?」


「いや、さ。ギースはこのヘノッグスの迷宮の地下。深い階層に用があるんだよね?」


「ああ、そうだ。私には遺跡の奥に眠ってるであろうものが必要なんだ」


「だけど、単独でそこまで行くのは難しい。だから、協力者を欲していたってのわかるんだ。でも、なんで僕たちに声をかけたのかなって」


「うん? それは言っただろう? 魔導具店に持ち込んでいたあの作品、あれの解析を私は手伝った。それで深層での目撃例のある魔導兵器――スコルの外装と同じ合金と使われていたから……」


「だから、ヘノッグスの迷宮の地下に潜れる力があると判断したってのは聞いたよ。でも、ほらもしかしたら僕たちが潜ったわけじゃなくて誰かに依頼して取ってきてもらったとか譲って貰ったものを研究したって可能性もあるわけじゃない?」


「そういうことか」


(ふむ……たしかに言われてみると変だな。ギースはまるで俺たちが個人で手に入れたものを解析して作ったと決めてかかっていたように思えるな)


 ファーヴニルゥの言葉を聞き、ディアルドもそういえばと疑問に思ったがギースはその答えをあっさりと口にした。



「いや、それはないよ。二人も知っての通り、基本的に回収された魔導兵器ってのは軍に買い上げられることになってる」


「だが、研究用途であれば金を払えば持ち帰ることもできるはずだろう? 自力で回収したのに金を払う必要があるのは腑に落ちないものがあるが……まあ、ヘノッグスの迷宮の管理は国の直轄となっているからな。仕方ないとして」


「ああ、でもそこら辺のさじ加減は軍次第なんだよ。とくにあの合金に関しては今、軍部でも話題になっているって話でな。要研究対象になっている」


「そうなのか?」


 わりと深く考えずにヤハトゥに頼んだハニカム合金だったが、思いのほか面倒なことになったなとディアルドは思った。


「そっちと関わり合いがある同僚がいてね。だから、私も知っていたんだけど……いや、話が逸れたな。まあ、そういうわけであの合金に関するものは正規の手順で手に入れるのは難しい。まず、間違いなく見つかれば没収されるからな」


「ふむ……」


「となると、どうやってあの合金を手に入れたのか。場合によっては軍に目をつけられる可能性を考えると第三者を合間に挟むのはリスクが高い。途中で怖じ気ついてやめるだけならともかく、密告する可能性もあるからな。そうすると一番高い可能性は自力で手に入れてそして持ち出すこと……そう考えたわけだ。まあ、最初はそこまで確信があったわけじゃないけど」


 話の途中からそっちの反応を見て確信したとギースは続け、それからこういった。




「――アンタたち、盗掘者だろ?」




 自信満々の表情でこちらを向く彼女。

 それを眺めながらディアルドはその胸中で呟いた。



(ふっ、やれやれ。いわれなき誹謗中傷を受けることになるとはな。俺様がそんな姑息な真似をするなど――)



 不意に思い至り、彼は思わず隣を歩くファーヴニルゥの姿を見た。

 続いて肩に乗せているヤハトゥを見た。



「…………ふっ! そう言われれば――そうかもな!」


「マスター!?」


〈我が主!?〉



 ディアルドは思わず認めた。

 盗掘と言えば盗掘かもしれない。


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