第二百四十二話:とある連邦軍人の愚痴
「またか?」
「はい、またです」
「全く、議会の連中も厄介なことをしたものだ」
「全くですな。だが、彼らからすれば軍部の体たらくがそもそもの原因だ。――ぐらいはいいますかね?」
「言うだろうさ、我らが議員様はね。実際、軍部としても「もし手に入れることができていたら」と思わない日はない。特に最近はね」
「
閣下と呼ばれた男は答えた。
「それはそうだろう。あんなもの古代兵器の力によるものと考えるのが普通だ。正規品ではないにしても軍用の魔導兵器、全然効かなかったらしいじゃないか。どれだけ頑丈だというんだ
「全くです。それをこうして嫌がらせに使ってくるとは――ベルリ子爵もなかなか剛毅な人間のようで」
「やはり、イリージャルによって建造された魔導兵器かな」
「そう考えるのが自然でしょう。ただ、その目的が嫌がらせというのは……」
「嫌がらせというよりも報復と捉えれば理解できる。ほら、例の」
「ああ……。しかし、なんで議会の連中は強引に王国に介入を? かの子爵のスタンスの不透明さを考慮してしばらくは――という話だったと聞いてますが」
書記官の言葉に男はため息をつきながら答えた。
「切っ掛けはやはり王家のゴタゴタだろう」
「継承権争いですか」
「ああ。国王も病に伏せ、王位継承争いで二人の王子が争う混沌とした状況だからな。その状況を活かしたかったんだろう。事実、泥沼化にすることについては成功した」
「それは確かに」
「連邦国にとって長年争ってきた王国の打倒は悲願だ。二人の王族を争わせ国体を弱体化させる……その機会に思わず飛びついてしまった」
「そこまではわかるのですがなぜベルリにまで手を出してしまったのかがわかりません。あそこは王家のゴタゴタとは距離を置いているという話です。内乱の機運を煽るだけなら手を出す必要性が……」
書記官は目の前の机に積み上げられている資料の束に目をやった。
そこに積み上げられている書類はすべてベルリ家に関するものだ。
「あそこは異常です。発展の速度がどう考えてもおかしい。開拓地であるにもかかわらず、すでに街――いや、都市と呼んでも問題ないほどに規模になっている」
「恐るべきは古代兵器の力、というべきか。あらためて過去の記録や古文書をかき集めてイリージャルについて調べたらしいが……なるほど、あれだけの力があれば確かにそれも可能だろう」
「子爵自身の腕もあるのでしょうがね。全く見事な手腕です」
「だからこそ、上は恐れたんだろう」
「恐れた、ですか?」
「ああ、ベルリ領の急速な発展。今は王家のゴタゴタとも距離をとり、興味も示さずに領地の発展にのみ注力している。だが、いつまでもそれが続くかと言えばわからない。野心に火がつき、さらなる拡大を求めないとは誰にもいえない。特に北へと向えば良質な鉱山が手に入る」
「それを恐れて今のうちに手を打っておこう、と?」
「さてな。例の件には軍は関与をしていない。だからどういった意思決定のもとで行われたのかは推測するしかないが――まあ、大きく外れてはいないだろう」
男はため息をつき、ぐいっと酒を飲んだ。
飲まなければやっていけないからだ。
「ちょうど
「ベルリ子爵の手によってよりに呪具の存在は明らかにされ、こちらの工作員も捕らえられ引き渡された。その結果、我が国の暗躍が知られることになった」
「まったく大きな痛手だ。
「確かにそうですね」
「それに何よりベルリ子爵の怒りを買ったのが最悪だ。将来的な不安の排除のために手を出した結果、怒らせてしまっては意味がないだろうに」
それに対処するのは一体誰になるかといえば当然軍部ということになる。
冗談ではない、と男は吐き捨てた。
「やらかしておいて尻拭いはこちらだ。向こうがお優しく嫌がらせだけで済ませてくれるからいいものを……」
「現状で把握できている限り、
「正規軍を投入するしかない。だが、それはやりたくないらしい。下手に刺激したくないという話だ」
「刺激した結果が
「全く待ってその通り。だが、そんな事実を上が認めるわけもない。命令は「ともかく
無茶な話だ、単純に火力自体が足りないのだ。
知恵や工夫でどうにかなるものではない。
巨大であり、ただ堅く、そして重い。
それだけだというのに、だからこそ打つ手が存在しない。
だというのに、やれと言われる。
酒を飲みたくなりもする。
「正規軍の投入は渋っておいてそんなむちゃくちゃな」
「冒険者を集めてみたが……まあ、無理だった。投入した魔導兵器でも相手にならない。どうしろってんだ」
「向こうが嫌がらせだけで済ませてくれて幸いでしたね」
「悔しいがあれが本気で攻めてきたらと思うとぞっとするよ。上の連中の言いたいこともわからなくはない。気分次第で本当にゾロゾロと攻めてくるかも知れないんだ、あんな存在が」
だからこそ先手を打つ。
決してわからなくもない理屈ではあるが、それに失敗した結果苦労する羽目になった男たちからすれば余計なことをしやがってという気持ちしかない。
ともあれ。
「現状ではどうすることもできん。子爵の機嫌が変わってやめてくるのを祈るしかないか。監視体制に関してはどうだ?」
「はい、鉱山周辺一帯への増員は順調です」
「
「かしこまりました閣下」
「全く古代兵器の力のほんの一部に過ぎない存在なのにここまで手に終えんとは」
「さすがは上が求めた古代兵器というべきでしょうか」
「それを他所にとられては笑い話にもならないがな。上はいったいどうするつもりなのか」
「今回の件で上も懲りたでしょう。迂闊にベルリに手を出そうとはしないと思いたいところですが」
「何事もなければそれでいいさ。嫌がらせに付き合うだけでいいのなら構わないんだがな……それにしても古代兵器か。手に入れだけでただの一貴族がここまでの存在となるとは、一度この目で見てみたいものだ」
アズガルド連邦国内のとある基地にて。
二人の男がそんな会話を行った数日後。
国境警備の注意がそれた隙を狙い、アズガルド連邦国領内に山を越えて潜入した存在に気づくことができた者はいなかった。
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