第二百四十一話:悪巧み・Ⅲ
「えっ、なにこれ……えっ!? いつもの映像……じゃないよな」
ルベリは目の前の存在を見ながらディアルドにそう尋ねた。
そこには小さなヤハトゥがいた、いつもはホログラムとして現れる彼女がなぜかデフォルメされた等身で、しかも――
「ふーはっはっはァ! 見てわかるだろうにホレ」
「うわっ!? 本当に触れる。この感触……ぬいぐるみ?」
〈報告します。――司令官、そこはいけません。そこのボタンは緊急用で……〉
「動いたぁ!? っていうかなんかちょっと暖かい……」
それはまるで人形のような感触でしかも動き始めたときたものだ。
ディアルドから受け取ったルベリだったか、思わず手放してしまったが器用にヤハトゥと思しき存在は着地すると浮かび上がった。
「なにこれ、兄貴!!」
「ヤハトゥ」
「わかってて言ってるよね??」
「うむ」
「うむじゃないが?」
「いや、やはりいい反応だなって思って――よし、その目はやめよう。ちゃんと説明するのでやめてくださいね」
眼光を鋭くしたルベリにディアルドは慌てて説明を始めた。
「これは要するにもう一つのヤハトゥだ」
「もう一つのヤハトゥ?」
「うむ、細かいことは省くがヤハトゥとイリージャルがセットになっていることは知っているだろう?」
「うん、実際はイリージャルと一体になっているんだよな。普段は現れているのはあくまで映像で本体はイリージャルの中に」
「イリージャルの中というかイリージャルそのものがヤハトゥというか……まあ、そこら辺はややこしいしなんだったら天才である俺様も完璧には理解できていないから一先ず置いておくとして」
遠隔端末外装ヤハトゥ/マークⅡとは要するにその名の通り、遠隔でヤハトゥが活動するための端末だ。
本来、イリージャルかルベリティア以外では活動のできなかった彼女だがこれのおかげで外部活動が可能となる。
見かけは完全にぬいぐるみだ。
ヤハトゥの見た目をデフォルメされたデザインで、大さはディアルドが片腕で抱えられる程度。
動くことも可能で短時間なら浮遊も可能。
「んー、ようするに持ち運びできるヤハトゥ? でも、なんで動く機能……」
〈回答します。――現実空間でもある程度の活動が可能となれば我が主、司令官へのサポート能力向上〉
「というわけで搭載した」
「いや、搭載って」
「騙されちゃだめだよ。いろいろと理屈をつけているけどヤハトゥは「ますこっときゃら」枠を取るつもりなんだ!」
「何を言っているんだファーヴニルゥ」
「僕にはわかるんだよマスター、なんて狡い手を……」
〈反論します。――気を引くためにメイド服を着用するようになったファーヴニルゥにいわれる筋合いはありません〉
「なんだとぉ?」
むんずとヤハトゥを掴みあげながらそういったファーヴニルゥ。
なぜかにらみ合っている二人の様子を眺めながらルベリはつぶやいた。
「あいかわらず、仲悪いね」
「逆に仲がいいんじゃないか? 俺様たちにはわからないシンパシー的なものがあるのだろう。古代兵器独特の何かが……」
「なんだよ、それ。で? まあ、なんかヤハトゥを持ち運びできるようになったのはわかったけどアズガルド連邦国への潜入と何が関係あるんだ?」
「そりゃ、おまえ……アズガルド連邦国といえば魔導工学に秀でた国であることは知ってるだろう?」
「ああ、要するに魔導具とかマジックアイテムを作るのが得意ってことだよな」
「まあ、そうだ。一級品に関しては王国の方も負けてはないんだが、二級品以下となると工業化を進めているアズガルド連邦国の方が質も量も高い。長年の魔法技術の研究の成果だな。
誰にでも使える魔法の研究。
それを突き詰めた結果がアズガルド連邦国の魔導工学の基礎となったわけだ。
「なので、それを盗みにいこうかと」
「うん、清々しいほどクズだね兄貴」
「いや、違うんだ。別にものを盗もうという話じゃないんだ。だが、ちょっとヤハトゥに解析させて技術だけをこっそりと持ち帰ってしまおうという話でね」
ディアルドは知っている、この世界では知的財産権なんてだいぶあやふやの概念だと。
だから、セーフ。
バレなきゃ問題ないのである。
「
チラリっと周囲――イリージャルの内部を見渡しながらルベリはそうディアルドに訪ねた。
端的にいえば、イリージャルとヤハトゥを保有しているベルリにとってアズガルド連邦国の技術や知識というのは労力を費やしてまで手に入れる価値があるのかというものだ。
盗み出してくることに特に何か言わないあたり、彼女はずいぶんと染まっていた。
自覚があるのかないのかはさておいて。
「確かに古代文明の知識と技術を保存し、そして作り出すための生産工場としての機能を持つイリージャルとヤハトゥ。それらがあれば基本的に現代の魔導工学の知識や技術などはその大半はたいしたものではないだろう。だが、そうではないものもあるかも知れない」
〈肯定します。――ヤハトゥはあくまでシステムでしかありません。どれだけ保存された技術、知識が膨大であってもそれを活かして進化させるということはヤハトゥには不可能〉
創造性の欠如。
それが主を必要とするヤハトゥの欠点。
〈故にヤハトゥが湖の下で活動を停滞させていた間、イリージャルのデータバンクに残っていない技術的な発明が起こった可能性は否定できません。少なくとも王国内ではそれらしきものは見つかってはいませんが〉
「アズガルド連邦国ならばあるかもしれない。あったら、ほしいなという話でな」
「なるほどな……」
イリージャルの記録の中にもない古代では生まれなかった発明、技術、知識があるかも知れない。
あるのならそれを回収する。
(こんなのばっかやってるからいろんなところで恨まれるのでは……?)
技術、知識流出をわざとやって
(バレなきゃセーフとかいってもバレたら絶対恨まれるよな……)
少なくとも自分なら頑張って作ったものを他所のやつが勝手に盗んでいったら生涯恨むことになるだろう。
(真似できるとは思えないけど知識財産権に関すること。領内での法の整備をしておくか。「勝手に持ち出し。死刑」って感じで)
うんうん、と心の中でそんな予定を立てながらルベリは口を開いた。
「まあ、よくわかった。つまりはアズガルド連邦国への潜入の目的は「アズガルド連邦国自体の調査」、そしてついでに「魔導工学技術、知識の収集」ってことでいいのか」
「うむ、まあそうなるな。なに長い期間はとらん、ちょっとした旅行のようなものだ。お土産は期待しててくれ」
「観光する気満々じゃないか。もうちょっと隠せよ。兄貴。……まあ、ファーヴニルゥも一緒に行くなら安全性に関しては問題ないか」
「ふふん、任せてルベリ。完璧な仕事をしてみせるよ」
「いや、変な事件を起こさずに帰ってきてくれるなら私としては別に無理をする必要もないかなって」
〈確認します。――つまりは許可ということでよろしいのでしょうか司令官〉
「兄貴はいちいちちゃんと理屈までつけて断りづらい状況を作ってからいうんだから……。もうちょっと前から相談しろ!」
「ふーはっはっはァ! まあ、これも交渉術の一つだ」
「なるほどね、状況を作ってから初めて話す。ふーん、理解した」
「おっと? なんか未来の俺様に危機が訪れそうな予感が天才的な直感がとらえたがまあ気のせいだろうな。それはそれとして――不法入国だー!」
「だー!」
〈だー!〉
「不法入国という違法行為を楽しそうにするな! ファーヴニルゥもヤハトゥも真似をするな! ……やっぱ、教育に悪いんじゃ」
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