第二百四十三話:イザベリオス・Ⅰ
ガタンゴトン、という音が響き窓から見える景色が流れていく。
その様子を眺めながらディアルドは先ほど購入したサンドイッチを口に運ぶ。
「ふーはっはっは! うむ、不味い!」
「本当だね、野菜の鮮度が悪いというかパサついてる」
〈推測します。――保存技術が未発達なのでしょうか〉
「まあ、車内販売などこんなものだろう。領地だと基本的に新鮮なものばかり食べられるから思わず言ってしまったが、別に食えないほど悪いというわけではない。要因はやはりヤハトゥの推測通りだろうな」
「保存技術かー」
「基本、領内だけでの消費だからそれほど気にしてはいなかったが帰ったらそこら辺も気にしてみるべきか? 冷蔵庫があれば便利になるだろうし」
〈肯定します。――それでは冷蔵保存に関連する情報の検索を行っておきます〉
「ああ、よろしく頼む。それにしても飯は不味かったがこれは悪くはないな。うむ、実に悪くはない」
ディアルドはご満悦な表情で今、乗っている蒸気機関車のことを褒め称えた。
「こんな大きな乗り物、王国では見たことがない。アズガルド連邦国は本当にそういった技術力は王国よりも先んじているんだね」
「うむ、本当にな。これで鉱山で採掘した魔鉱石を効率よく運搬しているのだろうな。人も物も一度に運べる運搬手段というのは実にいい。単純に乗り物としても嫌いじゃないが」
「王国では乗り物と言ったら馬車だしね」
「あれも趣はあるのだがな。やはり、非効率だからな」
彼とファーヴニルゥ、そしてヤハトゥの三人は今、アズガルド連邦国領内で運行している蒸気機関車に乗車していた。
目的はアズガルド連邦国の首都、イザベリオスへと向かうためだ。
「飛行魔法に関してはほぼ個人用だしな。やはり、都市の発展には物流の改善は必須。昔はトロッコも運用されていたという話であるし、オーガスタとの交易……いつまでも陸路というのもな」
ぶつぶつと考え込むようにして呟くディアルド。
領主代行の地位を持つにふさわしい、領地の発展を常に考える家臣の模範のような行動だが、実態としては単に気に入ったので自分のところにもほしいぐらいの感覚だったりする。
そんなディアルドの横でファーヴニルゥはニコニコしながら飲み物の用意をしている。
彼女は彼がそうやって考えこんでいる姿が好きだった、とても楽しそうだからだ。
「うんうん、マスターが嬉しそうでなにより。はい、飲み物」
「おお、すまんな。気が利くな」
「それほどでも……あるけどね!」
「ははっ、こやつめ。それにしても最初の街にたどり着いたとき、まだ機関車が発車していなくて助かった。それほど、便があるわけではないらしいからな。一つ逃がすと次が来るまでだいぶ待たされることになっただろう」
そう呟きながらディアルドは時刻表のことを思い出した。
あれの通りならばこの便を逃せば半日は待たされることになっていたはずだ。
「まあ、運がよかった。ふっ、日頃の行いだな」
「それにしても首都であるイザベリオスってどんなとこなのかな」
「俺様もそれは知らんのだ。だが、この蒸気機関車をみるにいろいろと期待が持てそうだ」
〈肯定します。――ヤハトゥとしても王国よりも得られるものが多いのではないかと期待をしているところです〉
「王国はダメなの?」
〈――王国の魔法術式に関してはなかなか興味深く解析していますが、効率的ではあれど発展性に関しては疑義を感じます。ヤハトゥとしてはもっと自己のアップデートにつながる技術や知見などを求めています〉
「ふーはっはっは! 自己の向上を目指す、その心意気はよし!」
「ふっ、まあ頑張れば良いんじゃないかな? 身体を持たないと成長するのに不便でかわいそうだね」
〈――給仕の真似事をするだけで自己の成長をなしたと規定できるのはとても楽そうで良いなーと、ヤハトゥは思います。あなた殲滅兵装では?〉
「最強に強くて美しいだけの僕が、さらに奉仕までできるようになってマスターの役に立てるようになった。これが成長じゃなくてなんだと言うんだ」
ふふんと笑いながらファーヴニルゥはせっせとディアルドの世話を焼いている。
具体的に言えば彼が乱雑に食べてこぼしてしまったサンドイッチのくずを掃除したり、タイミングを見計らって飲み物を渡したりなどなどだ。
最初こそ遠慮気味なところはあったものの、とても楽しそうに行ってくるので「まあ、いいか」となったディアルドはされるがままの状態だ。
そもそも超がつくほど美少女のファーヴニルゥに甲斐甲斐しくされて気分がよくならないはずもなかった――というのもある。
「今の僕は最強で無敵な剣にしてメイド。どうだ、羨ましいだろう?」
〈――むむむ〉
「羨ましいものなのか?」
唸っているヤハトゥにディアルドは思わず尋ねた。
〈返答します。――よりお役に立てられるのならそれに勝るものはありません〉
「それはそう。というか使命だしね」
「そういうものか」
ファーヴニルゥとヤハトゥの被造物的な価値観は時たまによくわからないこともあるがそういうものなのだろうとディアルドは気にしないことにしている。
「まっ、それはそれとしてこうして潜入できてよかった。今のところは順調そのものだ」
「うん、そうだね。汽車にも乗れたし」
「うむ、俺様たちの設定は流れの魔工師だ。見聞を広めるためにイザベリオスに向かっている――という設定。ファーヴニルゥはファルという名の俺様に仕える従者だ。わかっているな?」
「わかったよ、マスター。正体がばれると困るからね」
「ふーはっはっは! そもそも普通に不法入国だしな、正体について隠すのは当然だ。ああ、しかし名前はどうするか……ディーは使ったしな」
ディアルドは少し考え、名前を思いついた。
「……そうだな、アルドとするか」
「安直だね、マスター」
「ふっ、偽名なんて安直なぐらいでいいのだ。まさか監視対象の領主代行が自国に潜り込んでいるなどとそうそう考えないだろうからな」
「なるほど」
「まっ、そういうわけでここにいる間は俺様はアルドだ。知見を広めるために従者と旅をしている魔工師。それでいいな?」
「わかったよ、マスター」
〈――了解しました。我が主。それでヤハトゥはどういった役になるのでしょう?〉
「ヤハトゥは俺様が作った魔導具ということにするか。魔工師としての証明としておまえを見せれば認めざるを得まい」
そう言ってディアルドは自らの膝の上にちょんと座るヤハトゥを抱き上げてそういった。
見た目や手触り的にはただの人形のようにしか思えないが、それでもわかる人ならばわかる技術の結晶だ。
「いざという時の証拠には十分だ。自立型の魔導傀儡といったところか……まあ、喋るのはやめておいた方がいいだろうがな。さすがにそれは誤魔化しがきかんしな」
〈――了解しました、我が主〉
「まっ、あとは高度な柔軟性を維持しつつ現地で適宜対応していくということで」
「行き当たりばったりだよね、マスターって」
「ふっ、そう褒めるなファーヴニルゥ。まあ、なんだ。どんなところなのか楽しみなものだなイザベリオス」
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