第二百三十九話:悪巧み・Ⅰ



「はい、マスター。今日の昼食だよー」


「おー、すまないな」


「最近、ファーヴニルゥの料理ばっかり食べているよな」


「ふーはっはっはァ! まあ、忙しくて自分で作る時間がないという理由もあるが。ファーヴニルゥの料理の腕が俺様の求める水準に達してきたからな」


「ふふーん、もっと褒めていいんだよ? 僕は成長する完璧な兵器――マスターの剣なんだからね」


「実際にうまいんだよな……。凄い成長だ。というかなんだこの料理」


「俺様の料理スキルはほぼ学習されてしまったてな。今では勝てるのは料理レシピの知識ぐらいだ。だが、ファーヴニルゥもいろいろと自主的にレパートリーを増やすために試行錯誤しているようでな」


「いいよね、交易。色んなものが流れてくるってのはとてもいいことだ。馴染みの商人さんに料理のレシピが載った本が手に入ったら持ってきてーって言っておいたらばサッと来てさ。それって宮廷料理の一種らしいよ? 名前はなんだっけ……サドルォだっけ?」


「へえ、葉物でミンチにした肉を包んで煮込んでいるのか?」


「ロールキャベツに近いが……香辛料が効いているなそれに中の肉もこれは鶏肉か。よく煮込んであって味が染みていておいしいな」


 ディアルドの言葉にファーヴニルゥはふふんっと自慢げに笑みを浮かべた。

 最近、彼女はこうして彼の身の回りの世話をすることに熱心になったなぜかどこからか調達してきて着るようになったメイド服を身につけて。


「料理の腕をあげたなー、というか最近はそればっかというか」


「人も増えてきたから最近僕のやることがなくてね。領内のモンスター狩りも任せるようになっちゃって……僕がいれば十分なのに」


「冒険者の仕事を奪うわけにはいかんだろう。折角、増えてきたというのに飯の種を奪うわけにもいかんからな」


「そういえば冒険者って増えてきたよな」


「うむ、ああいった職業の人間というのは機を見るに敏だからな。こっちに活動拠点を移した方が儲けられると思ったのだろう。ベルリ領ができたおかげでオーガスタは王国領の端というわけではなくなった、それは即ち今までよりもモンスターの脅威が遠くなり安全になったということだ。それは基本的には良いことだが……」


「モンスターを倒して金を得ることが多い冒険者にとってはいいことじゃないと」


「まあ、そうだな。別に需要がなくなるわけでもないし、モンスター討伐だけが冒険者の仕事というわけではないが」


 先のことを考えれば身の振り方を考えるものは出てくる。

 そして、そんな彼らの多くはルベリティアへと活動を移すようになった。


「その理由はわかるか」


「マスターの力によってできたこの街が素晴らしいからだね!」


「ふーはっはっはァ! まあ、それもある。オーガスタの冒険者ならこっちのことをよく知っているだろうからな」


「繋がりは深いからな。交易路の周辺のモンスターの間引きとか護衛とか大抵あそこだし。たまに専属の護衛を雇っている商会ともあるけどさ」


「そうだな。だからこそ、やつらはうちの発展に関してよく理解している。だからこそ、新天地を目指すよりかは安心できるし出来たばかりの開拓領であるが故に仕事に困ることはないだろうという打算もある。それになにより王都……中央の方が厄介そうだというのも大きな要因だろうな」


「王子たちの争いか……まだ終わってないんだってね」


「というよりも泥沼化だな。両王子の王位継承権争いにアズガルド連邦国の謀略の関与も表ざたになり、さらには魔導協会ネフレインの干渉――どうにもならん」


 アズガルド連邦国によってばら撒かれた心を操る呪具、どうにもそれが使われたらしいクィンティリウス王子の派閥で起こった暗殺事件、呪具の存在にキレた魔導協会ネフレインによる強権的な呪具回収などの取り締まりなどなど。


 まさしく混沌といっても状況になっているのだとか。


「なあ、兄貴。王国は大丈夫なのか?」


「うーむ、ここまで事態が拗れてしまった以上は問題が多少あるとはいえさっさとクィンティリウスに王位を譲ってしまうのが俺様としてはいいとは思うのだが……どうにも王家の動きが遅いな。まっ、こちらが心配してどうにかなる問題じゃない。放っておこう、関わりたくないし」


「最後のが本音だよな」


「うむ。なんか冒険者を傭兵として雇い始めているとかの話も聞いているしな」


「そうなの?」


「ああ、王都の方から流れてきた冒険者がそんな話をな。まあ、うまく立ち回れば立身出世もできるかもしれないということでのる者も居たらしい。有名なところは奪い合いになっているとか何とか……」


 当然、立身出世にそこまで興味がない者も居るわけでそういった者たちは王位継承権争いというものに巻き込まれることを恐れ、そういったことに巻き込まれなさそうな僻地へと新天地を求めた――つまりは最東の地であるベルリ領に。



「うわぁ、なんだろう不穏すぎる」


「まったくだな。まあ、上の動向なんてどうでもいい。重要なのはいろいろな要素が重なってルベリティアが活発になってきているということだ。人も物も集まるようになってきた。正直、俺様の想定よりも順調に進んでいる。時世に助けられたところもあるが」


「増えてきたもんね」


「まあ、天才である俺様の手にかかれば当然の結果だがな遅かれ早かれというやつだ!」


「凄い自信だ……」


「当然であろう! 特にあれだ歓楽街が大きな助けになっていることは確かな事実だ」


「いや……まあ、そうだけどさ」


「ふーはっはっはァ! 俺様の功績を素直に讃えるがいいぞ、ルベリよ? んー?」


「くっ、腹立つ……」



 自慢げに言ったディアルドにルベリは悔しそうな顔でスープを飲んだ。

 彼の言ったことは事実でたしかに歓楽街の存在はルベリティアにいい影響を与えていることを認めざるを得なかったからだ。


「あそこ、凄い稼ぎまくってるんだよな」


「当然だ、このベルリ領において生活基盤の確保にかかるコストは低いからな。衣食住のうちの食と住に関しては領民であれば最低限の権利だ。その分、税は取る形にしたがそれを差し引いても暮らしていく分には余裕が出る」


 余裕があるならば日々の生活に彩を求めるというのが人間であるとディアルドは知っていた。


 つまりは娯楽だ。


「人はパンのみにて生きるにあらず。遊べるなら遊びたいというのが人の性よ


 歓楽街を任せたセレシェイアという女傑は中々にやり手であった。

 ディアルドが口を一部は出したものの、そこは王都において人気娼館の元締めをしていた女だ、彼女はそういったことにおいてプロフェッショナルといっても過言ではなかった。


「領民だけじゃなく、外部の商人とか冒険者もあそこに通うことを目的にやってくる人も居るんだって」


「王都での人気娼館ということはただの娼婦ではなく、貴族を相手にするような教育された高嶺の花だからな。普段なら手が届かない花と一夜を共に……うーむ、実にいいな!」


 ディアルドは思わず拳を握って力説した。

 そんな彼をルベリは半目で眺めていた。


「兄貴」


「これは男の性なのだ、そんな眼をするなルベリよ。あとファーヴニルゥさん?」


「僕のほうが綺麗だから、僕が一緒に寝てあげるよマスター」


「いや、色んな意味での危険を感じるから……はい、わかりました。まあ、そういうわけで順調に街は発展しててよかったねということで」


 ファーヴニルゥの言葉から逃げるようにディアルドは話を終わらせた。

 その様子を見て溜息をつくルベリ。



(とりあえず、兄貴があそこに行きそうになったらファーヴニルゥを突っ込ませればなんとかなるか)



 そんなことを考えながらルベリは昼食を取りながらをディアルドと話した。

 城で食べるのも悪くはないがこうして肩ひじを張ることもなく、雑談をしながらこっそりと取る時間がルベリは好きだった。



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