第二百三十八話:巨兵・Ⅳ
「例えばどんなこと?」
「こうやって抗議をしてくる一方でハインリッヒ鉱山に軍を差し向けていない。このことからルベリはどう推察する?」
「えっ、どうって……。うーん、確かにそうだよな。貴重な採掘所なわけだし国として見ればできれば安全を確保するべきだよな」
「うむうむ」
「今までは駐屯していた冒険者や兵たちで大方、周囲のモンスターたちも撃退なりなんなりできていたからこそ鉱山の経営も順調だったはず。でも、シグマという存在のせいで今までの安全神話は崩れ去っている」
ディアルドのルベリを考え込みながら呟いた。
頭の中を整理しているのだろう。
「普通に考えればここは戦力の増強が急務だ。いくら今の時点で大きな被害が出ていないとはいえ、駐屯している戦力ではどうすることもできない存在が毎日のように現れるのだ。昨日と今日は無事だったとしても明日はどうなるかはわからない」
「鉱山の採掘ができなくなったら重大な損失だ。他にも鉱山はあるけどだからといって一つ使えなくなるなんてのはあってはならないことだ。それに魔石ってのはアズガルド連邦国の魔工学において重要なものなんだろう?」
「そうなるな。魔石は魔導具やマジックアイテムの作製には欠かせないもの。それ故に相対的にそれらの価値は王国よりもアズガルド連邦国の方がはるかに高くなる」
「そんな大事なものなのに戦力を強化して万全な体制にしようとしないのは――」
考え込むルベリは一つの結論を出した。
「軍を派遣することによるデメリットを気にしている――とか?」
「では、そのデメリットとはなんだ」
「ブレジオフ山脈は王国と連邦国が取り合いをしていた場所だ。今はそれぞれ一部を占拠することで小康状態にはなっているけど、決してちゃんとした協定を結んで互いに割譲した場所じゃない。両国からすればできれば全部支配下に置きたいというのが本音のはずだ」
「当然だな、資源のある領土などあればあるほどいいに決まっている。とはいえ、長年にわたる戦いの結果、今の形に落ち着いたわけだが……」
「そんな状況下だと軍を投入するってのは判断としては難しい。どうしたって王国側を刺激する可能性があるからな」
「まあ、王国からすれば理由をつけて王国内に侵攻するための下準備に見えるよね」
「そういうことだ、ファーヴニルゥ。事実がどうであれ軍を差し向けるのは王国側を刺激して戦闘の発端につながる可能性は――無いとは言えない」
「特に例の暗殺事件の関りも疑われている状況だと王家も……」
「重い腰を上げるかもしれんな。なにせ王位継承争い……骨肉の兄弟の争いにアズガルド連邦国は関与しているかもしれないのだ。そんな状況で不審な動きをすれば過剰反応した結果、そのまま戦争へ――というのは決してあり得ない話ではない」
「それをアズガルド連邦国は嫌ったから軍を派遣していない――どうだ、兄貴!」
「25点!」
「えっ、低っ……」
「それらの理由も確かにあるが……やつらが腰を引かしているのは主にルベリ――お前を意識してのことだと思うぞ?」
自分の出した答えに余程自信があったのだろう、自慢げに答えたルベリの言葉を切って捨て――ディアルドは続けた。
「私?」
「正確にいえばお前が所有しているイリージャルの存在だ」
「イリージャル」
「あれは元々、やつらが目をつけていた存在だ。どれ程知っているかは未知数だが、かなりの規模の作戦、人員を使って実行したのだ。その力についてはおおよそ知っていると思って間違いない」
事実、向こうはどうやら
イリージャルの存在を知っているのであれば当然の連想だ。
「まあ、イリージャル産の魔導兵器である――ということぐらいは察しがついているのではないかな」
「えー、それってやばいんじゃ」
「問題はない。どうせ直接的にその点について抗議することもできまい」
「どういうこと?」
「例えばその点を突いて抗議したとしよう。それでこちらが居直ったらどうする?」
「居直ったら?」
「ああ、そうだ。こっちが居直ってそれこそイリージャルの力を使って魔導兵器を大量に用意して向かわせてきたら?」
「いや、そんな……って、ああそういうことか」
ディアルドの言葉にルベリの理解が追い付いた。
「要するにそれだけのことをやられる自覚があるってことか。」
「そういうことだ。先日の一件、アズガルド連邦国の手の者による謀りだった。やつらがそれを認めることはないだろうがな。そして、やつらの密偵を捕らえたのはファーヴニルゥ――ベルリ家の人間だ。当然、あの事件の裏側についても知っていると向こうも理解している」
「「ベルリ領に仕掛けようとしていた謀略。それを知っているのなら報復をしてきてもおかしくはない」ってことか。まあ、実際そのお返しに嫌がらせをやっているんだけどさ」
「だが、向こうとしてはその嫌がらせがそれで終わるのかは皆目見当がつかないわけだ。少なくともこちらが保有しているイリージャルの力があればさらなる報復を行うことも可能ということだけしかわからない」
彼らからすれば嫌がらせじゃなく本気で被害を与える手段にでる動機も力もベルリ家にはある。
「だから、あんな感じで婉曲的にやめてくるようにしか言ってこないってわけか」
「腸は煮えくり返っているだろうがな。軍が出て来ないのもこちらを刺激しないためだろうな」
無論、
それに失敗すればベルリ家はアズガルド連邦国は与しやすいと本格的な攻勢に出てくる可能性もあるし、仮に
通常戦力では破壊不可能などほどに防御に特化した魔導兵器だ、これを撃破するには軍もそれなりの魔導兵器を出す必要があるからだ。
そんなものがあるかはわからないが、あったとしても今の状況では切りたくはない。
「だから、やつらは動かない。精々が軍からの流し物を送って効果を試すぐらいしかできない」
「なるほど」
「あっ、もしかしてマスターが相手の連中の一人だけ逃がせって言ったのは……」
「ちゃんと例の事件の顛末がどうだったかを正しく本国に報告して貰う必要があったからな。その結果、アズガルド連邦国はこちらのでかたに戦々恐々の毎日というわけだ。――傑作だな!」
「兄貴……」
高笑いを始めたディアルドに人が悪いなとは思いつつ、アズガルド連邦国に対してはあまりいい感情のなかったルベリも思わず内心でいい気味だと嗤った。
(私の領地に手を出そうとして来やがって……)
「ま、そういうわけだから今のところはその調子でいい。アズガルド連邦国からのご機嫌伺いは来るだろうが適当に扱っておけばいいさ」
「わかったよ。それよりさ、そろそろ飯にしようぜ」
「飯って……もうちょっと言葉使いをだな」
「いいじゃねーか、兄貴たちしか居ないんだしさ」
「あまりこっちに長居せずに城に帰るんだぞ?」
「わかってるって」
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