第二百三十七話:巨兵・Ⅲ





「あーにーきー!!」



 城の地下にはある特別な部屋がある。

 イリージャルへと繋がる次元回廊ディメンション・ゲート≫が構築されている部屋だ。


 つい最近までは街と採石所とを繋いでいたが街の建築ラッシュもある程度ピークを過ぎたのもあって変更を加えたのだ。

 人もある程度増えてきたため、効率は下がるものの鉱石の採掘と運搬自体は可能になったのも大きい。


 よって改めて次元回廊ディメンション・ゲート≫を構築し、今度はイリージャル内部と城の中を繋ぐことにしたのだ。


 理由は色々あったが領地の方も落ち着いてきたということもあり、本格的にイリージャルを利用しようという話になったからだった。


 古代文明の技術の粋を集められて作られた船。

 それにはどれだけの価値があるのか。


 普段からその頭脳ともいえるヤハトゥに頼り切りなルベリには見当もつかない。

 本来なら手に入れてからもっと利用するべきだったのだろうが、ディアルドはそれに消極的な姿勢を示していたためあくまで最低限の活用だった。


 その最低限の活躍でも街一つを季節が巡るよりも早く発展していくのだからすさまじい。

 領民はその力を領主であるルベリの力であると受け止め、彼女に従うことを決めて流れ着いた貴族たちも慄き崇拝の念を持つ者が現れてきている。


 膨大な農地を開拓し、街を拡大させ、交易を栄えさせ、商業を発展させる。

 再興したばかりの家とは思えないほどの勢いに。


(全部、私のせいにされても困るんだがなー)


 何もしていないというほど謙遜をするつもりはないが、大枠を決めただけで都市を発展させる工程をつくりあげたのは大体がヤハトゥだ。

 そして、合理的な指示を出し続けて都市を動かしているのも彼女の功績だ。


 まあ、そのヤハトゥが司令官とルベリをたてるため、全ての功績は彼女のもとへと流れてしまう。

 正直、過分な評価だと思っているが領主というのはそういうものだと最近のルベリは割り切っている。



 全ての責任を背負うのが領主である彼女の役目。

 それは功罪の全て、だ。



 というわけでルベリは「罪」の部分であるディアルドのところへと向かうことにした。



「ふーはっはっはァ! むっ、来たのかルベリ」


「おいーっす」


「うーっす。兄貴、それにファーヴニルゥ。ちょっと城から抜けてきてさ」


「ふははっ、悪童め! まあ、ベルリ家で最も偉いのだ。好きに生きればいいさ」


「えへへ……。で、どうだった?」



 ディアルドとファーヴニルゥが居た場所はイリージャル内の整備区画だ。

 イリージャルは機能として工場を船の中に搭載しており、鉱物資源の加工や植物の加工、生産などが行える。

 ここ整備区画は生産して運用した兵器のメンテナンスを行うための場所だった。



 ルベリは整備ドッグにおさまっているを見ながら二人に尋ねた。



「まあ、いつもの通りだな」


「あっちでは巨兵ギガントスなんて呼ばれているらしいぜ」


「ふーはっはっはァ! そうかそうか、たしか北部の伝説の一つにそんなのがあったな。……それを引用したのか? 学があるのは嫌いじゃないぞ」


「伝説って燎原のファティマ云々ってやつ?」


「それとは別だな。あっちにはそういった巨人伝説などが多いのだ。まあ、その理由もおよそ察することはできるがな」



 そういってディアルドは巨兵ギガントス――いや、を見上げながらそう言った。



「だろうなぁ」


 端的に事実だけを述べるなら、ハインリッヒ鉱山周辺に出没するようになった巨兵ギガントスはディアルドたちが送り込んだものなのだったりする。


 理由は勿論、呪具をばら撒き策謀を巡らそうとした例の仕返しだ。


 舐めたことをやりやがって、と怒ったのはディアルドだけではなく、その陰謀によってゼルオラに刺されることになったルベリの方がいろいろと恨みは深い。


「へっ、いい気味だ。ゼルオラを利用しやがって……記憶がなくなってるとはいえやったことがなくなるわけじゃない。どこからか知ったのか前のお茶会の時、ゼルオラのやつ凄く気にしててさ……」


「……」


 オーガスタの一件、あれらは不幸な事故として処理される形になったため、ベルリ家とリビアン家の交流は未だに続いていたりする。


「趣味が悪いっていうかさ。なんていうか後味の悪い魔法だよな、洗脳魔法って」


「まあ、な。精神を犯す魔法を王国魔法の開祖たるセレスタイトは邪法とした。道徳、倫理、それに単純に途轍もなく難しい魔法だからだ。なにせ人の精神に干渉する魔法だからな、仕様通りに洗脳されるだけならまだしも精神を犯されることによって対象者に重度の障害が残る場合がある。下手をすれば廃人」


「廃人って……」


「それだけ危険な魔法というわけだ。解き方にも技術を要するし本当に下劣な魔法だ。いったいどれだけの実験の果てに完成させたのか――とな」


「そんな魔法を……アズガルド連邦国は?」


「まあ、アズガルド連邦国では精神魔法に限らず、多面的な方向で魔法の研究が進んでいるという話だ。その成果の一つだろう。それが奴隷用の魔導具だ」


「奴隷……」


 アズガルド連邦国では奴隷が盛んだ。


(いや、あちらでは四級市民というのだったか……? まあ、大した違いはないか)


 件のハインリッヒ鉱山でも危険な鉱石採掘作業のために坑道の奥に行くのは四級市民の役目であるということをディアルドは知っていた。


「危険なことはそいつらにやらせるってこと?」


「きちんと労働することで三級市民にあがれるから自主的に危険な作業に服している――という話だぞ? まあ、俺様もアズガルド連邦国のことはそう詳しくないのだがな」


 天才であるディアルドとて王国内からは出たことはないため知れることには限りはある。


 少なくともについては。


「なんかあんまりいい気分がしないな」


「奇遇だな! 俺様もだ! どうにもいけ好かない魔法だ。しかも、それを使って罪のない人間を操って悪行をなそうなど……俺様は好かん!」


 きっぱりと言い切ったディアルドに対し、ルベリはどこか嬉しそうに笑った。


「だからこその大型陸戦魔導重騎兵シグマなのだからな」


「でっかい魔導騎兵を作って相手の近くに向かわせてひとしきり歩き回って散々に邪魔をする……なんというか」


「嫌がらせだねぇ、マスター!」


「ふーはっはっはァ! まあ、完全無欠の嫌がらせであるからな!」


 ファーヴニルゥの言葉にしかめっ面だったディアルドはあっさりと機嫌がよくなった。


「大型陸戦魔導重騎兵シグマはとにかく大きく、そして硬く、重い。それらを追求した魔導騎兵だ。並の魔法や剣では傷一つ付かない、ファーヴニルゥですら「ちょっと硬い」というぐらいにヤハトゥに頼んでカッチカチにしてもらった」


「それが頻繁にやってくるとか面倒でしかないな。もっとやれ」


「ふーはっはっはァ! 領主様の命であるならば……かー、仕方ないなぁ!」


「いや、普通に楽しんだる兄貴。てか、死人は出してないんだろうな?」


「無論よ、人に被害が出ないように気をつけるに術式は弄ってある。騒音問題と採掘作業に強制ストップがかかる嫌がらせを受け入れるがいいわ!」


「それにしてもシグマを毎日のように行かせているのに相手の対応は遅いね。ハインリッヒ鉱山に駐屯している戦力じゃ、止められないってことはもうわかっているだろうに」


「めっちゃ抗議は来ているんだけどな。さっきもさー」


「おい、それは俺様の……まあ、いいか」


 ディアルドが飲んでいた飲みかけのカップを奪い、まだ暖かなココアを飲みながらルベリはここに来る前の話をおこなった。



「……ふん、まあ「お前らが放ってるのはわかってるんだぞ。いい加減やめてくださいお願いします」といったところか」


「やっぱ兄貴もそう思う?」


「よくわからないけどその商人は連邦の人間なの?」


「まあ、そこの商人であるって話ではあるけどもっと上と繋がっているんだろうな。そして、そいつを通して抗議にきた――といったところか」


「殺しとく?」


「放っておけ」


 アズガルド連邦国の放った人間なのは間違いないが、そんな彼のリアクション、行動からわかることもある。



 つまりは利用価値があるということだ。







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