第二百三十六話:巨兵・Ⅱ
「ふぅん、
「ええ、まるでこのルベリティアにある巨大な像のような大きさの動く鎧のようなモンスターでして。それがここのところ毎日、鉱山の近くをうろつくようになったとかで」
「ほう、それはそれは大変だ。だが、しかし鉱山街は優秀な冒険者たちが活動していると聞く。彼らに任せていれば安心ではないかな?」
「いえいえ、それが
「それは何とも凄いな。ああ、そんなモンスター側が領地の北に出現するとはな。気をつけなくてはならないな」
その日、ルベリティアの城内にてルベリは一人の商人と歓談していた。
男の名はマークス、アズガルド連邦国から来たという商人だ。
本来であればドルアーガ王国とアズガルド連邦国は長年にわたって争ってきた中、停戦協定こそ結んではいるものの和平には程遠い関係だ。
当然、国レベルでは仲が悪いのだが民間レベルであればそうでもない。
大きな戦争が起こったのもだいぶ前ということもあり、国境をこっそりと渡り密輸密売する商人というのは暗黙の了解では存在していた。
マークスもそんな商人の一人だった。
「ええ、気をつけるべきかとベルリ子爵。とはいえ、現れるようになって数ヶ月。ベルリ領では見かけないというのは運がよかったのでしょうか」
「そうだろうな、そんな報告は受けていないし。ベルリ領の北部はまだまだ知られざる領域だからな」
「
「つまり、ベルリ領の北部に
ルベリはマークスの話を聞きながら、アメリアというメイドに声をかけた。
最近、城で働くようになった子だが気がよくきき、それに前の場所での教育が良かったのか所作も丁寧な彼女をルベリは気に入っていた。
「そんな怪物がいるだなんてとても恐ろしいことです、ルベリ様」
「まったくだな」
彼女の持ってきてくれた紅茶を飲みながら、ルベリは泰然とした態度を崩さずにマークスと向かい合う。
「うちの冒険者たちにも北部の探索をさせてみようかな。何か見つかるかもしれない。大方、ルベリティア周辺を根城にしているモンスターの調査は済んでいるだけどあくまでそれぐらいでね。本格的に開拓をするには色々とまだ足りない」
「ほう、北部の開拓を行うと?」
「なに王国領の東の開拓を我がベルリ家は任せられた。それこそが使命だからね」
「今のままでも大層な発展具合だと思いますがね」
「しかし、王家から命じられた東部の開拓令は続いているのでね。それに私は存外に欲が深いようだ。まだまだ、もっと我が領地を栄えさせたい――という欲が留まることを知らない」
「領主としては当然の欲、いや正しい欲というべきでしょうな。しかし、欲のまま北部の開拓を行うというのであればその先はハインリッヒ鉱山と接することになりますな」
「ああ、そうなっちゃうかもしれないね。お隣同士ということになる。その時は仲良くしないとね」
「………」
「なに、ただの将来の話。もしかしたらの話さ。北部に冒険者たちを送るのも――その将来のための一助になったいいな、という程度の話さ」
ルベリの言葉にマークスという男の顔に初めて綻びが見えた。
笑顔を絶やさない男であったが笑顔以外が見えない男でもあった。
「
「ほう、そうなのか?」
「ええ、たしか何やらオーガスタで騒ぎが起きた後の頃合いですな」
「ああ、あれか多少の行き違いもありオーガスタを治めるリビアン家と諍いが発生してな。あれは大変だった。でも、すぐに和解してね」
「おや、そうなのですか?」
「なにせ王国内でご禁制の呪具が流通している事件が発覚してね。いやー、とても驚いたよ」
「ほう、呪具が……それは何とも」
「
「なるほど、それで王家からのあの布告だったわけですね。確かに呪具なんてものが流通しているなどあってはならないことですからな」
「結構、数はそうでもないが広く流通しているらしくてね。摘発をする
「そうですね、実にその通りだと思いますよベルリ子爵」
そういってマークスは出されていた紅茶に口をつけた。
「あっ、もう冷えてしまっているので新しいものを注ぎましょうか?」
「いえいえ、私が話ばかりをしていたのが悪いのですから」
にこやかに悪いながら一口飲み、口の中を湿らせるとマークスは続けた。
「色々あったのですね。……そして、そんなオーガスタの一件の後に
「なるほど、ちょうどあの頃かアズガルド連邦国も大変だな」
「ええ、実に。ところでベルリ子爵は
「うん? モンスターではないのか?」
「巷ではそう言われています。ですが、モンスターにしては異様であり生物らしさがない。かといって魔物のような凶暴性もない」
「モンスターでも魔物でもないならいったいなんだというのか」
「そうですね、例えば魔導兵器というのはどうでしょう?」
「面白い考えだ。魔導工学に優れたアズガルド連邦国ならそんな巨大な人型の魔導兵器も作れるというのか」
「いえいえ、連邦国の現在の技術を集めてもできるかどうか」
「ならば魔導兵器というのは難しいのではないか?」
「しかし、それはあくまで現在の技術でならということ。例えばそう――古代技術とか。古代文明においては
「そうか、初耳だな」
「そうですか、初耳ですか」
「ああ、初耳だな。しかし、そうか古代文明の技術や力であればその
「ええ、全く。ベルリ領周辺は未踏破地区。長年、人が踏み入れることができなかった領域。古代の遺跡も多く残っている、という話も聞きますしね」
「となるとその
「なるほど、その考えは思いつきませんでした」
にこやかな談笑を続けているといつの間にか時間になっていた。
「ルベリ様、お時間が」
「ああ、もうそんな時間か。すまないがまだ仕事があってね」
「いえいえ、私などに時間を作って貰い光栄でした。では、また伺わせていただきます。その時はよろしくお願いいたします」
そういって去っていくマークスが扉の向こうに消え、アメリアは口を開いた。
「いったいなんだったんでしょう。あの人、本当に商人なのでしょうか。初めに軽くそういった話をした後はハインリッヒ鉱山に現れたというモンスターの話ばかり」
「注意を促してくれたんだろう。その
「そう……なのでしょうか?」
「そうさ」
ルベリはそうアメリアに返すとソファーから立ち上がった。
「ルベリ様?」
「公務の準備を進めておいてくれ。その前に少し顔を出してくる」
「はい、かしこまりました」
そういうとある場所に向けてルベリは歩き始めるのだった。
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