第二百三十四話:始末・Ⅲ




「何とかなったな!」


「何とかなった……かなぁ?!」



 ディアルドがそんなことを口にしたのは諸々の処理が終わった後のことだった。

 ぐってりとルベリティアへと向かうオフェリアの馬車の中でルベリはそう呟いた。



「何を言っているのだ。ちゃんと事態をおさめたではないか」


「うんうん、さすがはマスターだ」


「ふーはっはっはァ! 当然のことをそう褒め称えるな! もっとくれ!」


 疲れた表情をする彼女を尻目にどこまでも偉そうなディアルドに、それを褒め称えるファーヴニルゥの光景。

 いつも通りといえばいつも通りの様子にルベリはため息をついた。


「まあ、あの事態からよくもまあ着地できたもんだよな。正直、衝突は避けられないとばかり思ったぜ」


 そんな彼女に追従するようにオフェリアも口を開いた。

 彼女の言った通り、ベルリ家とリビアン家の衝突は避けられない事態になりかけていたが――結果としてそれは回避されることとなった。



「あいつらを引き渡したのがよかったのかな」


「そうだな、証人であるやつらを引き渡さなければ向こうも引くこともできなかった。ファーヴニルゥの手柄だな」


「えへへー」



 それもこれもデオドラが引いたからだ。

 ファーヴニルゥが連れてきたアズガルド連邦国からの刺客、今回の事件で暗躍していた彼らを引き渡すことで棚上げという形になった。


「ファーヴニルゥがいないから何をしているかと思っていたけど、アイツらを捕まえてたのか」


「ああ、俺様が命じていた。やつらの手のものが潜んでいるのは間違いなかったからな」


「複雑なことをやらせるためには改めて処理をする必要があるんだっけか」


「その通りだ。うまく呪具を流して洗脳状態にできたとしても細かい指示を出す人間が必要不可欠だからな、オーガスタ近郊に潜んでいるのは間違いなかった。ファーヴニルゥにはそれの確保を頼んだというわけだ」


 術式を読み解き、不自然なほどに流入してくる魔導具と偽った呪具の数からおおよその意図を見抜いたディアルドはその打開をファーヴニルゥへと託し、それを見事に彼女は果たしたのだ。


「オーガスタのどこかに潜んでいるのはわかっていたからね。見つけ出すのはそれほど難しくなかったよ」


「オーガスタって結構広いし、人も多いと思うんだけど」


「僕にかかれば楽勝さ。まあ、街で起こっている様子を遠目から隠れるように観察している一団がいたからそこに襲撃をかけたら正解だっただけなんだけどね」


「それで……やつらを引き渡したのは? 被害という意味ではうちに呪具を流し込むなんてふざけたことをやられたんだ。アズガルド連邦国に対してけじめは取らせる必要がある――と思うんだけど」


「ルベリ……成長したな」


「おお、本当だぜ。私も嬉しい。それこそ貴族の掟――舐められたら殺す」


「怖いわ!? というかなんなの二人……親目線というか師匠目線というか」


「ふーはっはっはァ! 領主らしさ、貴族らしさを身につけるルベリの姿に俺様の目頭が熱くなってな。まあ、嘘だが」


「おい」


「まあ、当然そっちはそっちでするに決まっているだろう。アズガルド連邦国の連中め、やりたい放題やった報いは必ず受けさせる。――が、それはそれとしてやつらのばら撒いた呪具が面倒くさい。うちに流れたやつやオーガスタに流れていた分は回収できるだろうが」


「あー、伯爵の暗殺に使われたかもしれないって話か」


「ああ、あくまで疑惑の段階だがな。だが、やつらが今の政情の不安定さを利用するためにこっそりと流している可能性は――かなり高いといえる」


「それは厄介だな。洗脳ができる呪具が流れているなんて」


「どれだけの量が流れたかもわからん。その癖、悪用された場合の被害も大きいというまさに最悪の魔導具だ。だからこそ、魔導協会ネフレインには頑張ってもらわないと」


魔導協会ネフレインに?」


「ベルリ家ととても相性が悪い組織ではあるが、やつらの役目の一つに魔導具、マジックアイテムの管理が存在する。魔法関連技術は基本的にやつらの管轄だからな、当然そっち系の管理もやつらの役目だ」


「つまり、呪具も?」


「危険な呪具の回収、破壊も魔導協会ネフレインの役目の一つだ。しかも、それが洗脳系の精神魔法術式のものならば――特に彼らは熱心に動くはずだ。教義的に認めてはならない存在だからな」


 しかも、疑惑の段階とはいえその呪具が王位継承権争いにまで関わっていた可能性があるとなると――


魔導協会ネフレインも本気にならざるを得ない。王国あっての魔導協会ネフレインだからな。貴族社会にあまり興味を示さないやつらでも王国がガタガタになってしまうのは御免こうむるだろうからな」


「なるほど、だから兄貴はあいつらをデオドラに」


(今回の一件、さすがに王家へと届くだろう。王家にとっても由々しき問題だからな。そして、魔導協会ネフレインもやる気となると……)


 普段、足並みがそろわないことが多い王家と魔導協会ネフレインの関係だが、今回の呪具の存在に限っては恐らくスムーズに話は進むことになるだろう。


(王家から呪具の売買、所持などに関する禁止令が布告されるはずだ。そして、それを受けて魔導協会ネフレインも大きく動くことになる)



「――まあ、しばらくはこちらにちょっかいをかけてくる余裕はないはずだ」


「なるほど、マスターは後始末をさせるためにあいつらを」


「ふーはっはっはァ! その通りだ! まあ、是非ともキリキリ働いて呪具を一掃して欲しいものよ!」



 デオドラとの戦いに手心を加えたのはそのためだ、魔導協会ネフレインにとって重要な存在である彼女に大怪我でもさせてしまったら話が拗れてしまうことは請け合いだ。


 だからこそ、明確に勝ち負けが発生していない段階で相手が引くに足りる理由――アズガルド連邦国の刺客たちの存在が必要だった。

 要するさっきまでの戦いはファーヴニルゥがそれを持って来るまでの時間稼ぎでしかなかったというわけだ。


 思いの外、相手が強くわりと焦ったが……まあ、終わりよければすべてよしということでディアルドは気にしない方向だった。


「まあ、なんだ。ひとまず、やつらも国内のことにかかりきりになるはずだ。あとで見舞いの品でもゼルオラに送っておくことだなルベリ」


「えっと……いいのかな。いや、あんなことになったわけだし」


 ゼルオラとはオーガスタで別れることになった。

 ディアルドの手によって彼女の精神を蝕んでいた術式は解除されて問題はないだろうということでセオドールたちに引き渡すことになった。


「なに、この程度の諍いは貴族間ではよくあること。互いに暗殺を計ったり日常茶飯事! それでも互いに利益があるなら人の眼があるところでは笑顔で握手をする。それぐらいできてこその貴族」


「貴族社会怖いな!?」


「そのことを考えれば死人が出ずに終わった今回の一件など気にしていても仕方ない。幸い、どうにも操られていた時の記憶はゼルオラにはないらしいからな」


「それは本当に良かった」


「どのみち、嫌でも関わらざるを得ないお隣さんだ。好きなように付き合えばいい」


「……わかった!」


 肩の荷が下りたかのように笑顔になったルベリを見ながら、ディアルドはひとまずは一区切りはついたかと安堵のため息をついた。


(一時期はどうなるかと思ったがうまく着地ができたみるべきか。全く俺様としては外のことなど気にせずに内政ゲーを楽しみたいというのに……世の中というのは都合よくいかないものだ)


 そんなことを考えつつ、切り替えるように彼は口を開いた。



「……帰ったらパーティーでもするか」


「え?」


「ルベリも大変だっただろう、それを労う意味も込めてな」


「兄貴……」


「刺されても頑張ったもんな」


「思い出せんな。ううっ……ないはずの傷の痛みが」


「ふーはっはっはァ! ごめん」


「ああ、うん。悪気がないのなら」


「そこら辺の嫌な記憶も忘れるためにバーっとな?」


「へぇ、いいじゃねーか。たしかに変な陰謀に巻き込まれて疲れたしさ」


「マスターがいうことなら賛成だよ」



 ディアルドの言葉にオフェリアやファーヴニルゥも賛同を示した。

 それに彼は気をよくしたのかどことなく自慢げな様子で言葉を重ねる。



「完成には程遠いがひとまず基礎的な部分はできた。王都からの引き抜きの人員も留守の間にこちらについたしな」


「うん?」


「帰ったらすぐに準備に取り掛かる。ルベリはその間、城の方で休んでいるといい。なーに、この俺様に任せておけば万事解決!」


「ま、まあ兄貴がそう言うのなら? 言葉に甘えて……」



 ディアルドの言葉に一瞬違和感を覚えたルベリであったが、彼が自身を労わるためにパーティーを用意するという言葉に頬を赤くしながらそういった。

 平静を装っているがどことなく嬉しそうな様子。



 そんな彼女を微笑ましく見ながら、その反面客観的にその光景を見ていたオフェリアは嫌な予感を覚えた。



(なんかこう……ダメそうな気配が……)



 そんな予感のなか、一行はルベリティアへと戻り。

 そして――





「この度は私たちを飼ってくれてありがとうございました。この歓楽街を管理させていただきます、セレシェイアというものです。領主様、どうかこれからよろしくお願いいたします」


「「「領主様、よろしくお願いいたしまーす♪」」」




 キラキラと輝くピンクネオンの照明。

 紙吹雪に最近王都で流行っているというバニースーツに身を包んだ女性たちが給仕のように食事や飲み物を運んでいる。




「は?」




 その光景を見ながらルベリは能面のような顔で呟く。



「セレシェイアは王都の人気娼館の元締めの一人でな。やり手の女傑というやつだ、とくにコスチュームプレイに対する知見の深さが素晴らしい。俺様が広めた概念を取り入れ、新機軸をつくりあげた柔軟性と行動力を高く評価した。この歓楽街を任せられるのは彼女しかない!」


「……」


「区画の建物にも拘っていたな。やはりこういったい場はネオンの輝きこそが至高だ。あとはアレだな、ほらミラーボールとか。やはりこういった場で女の子に囲まれて飲む酒は最高だ。ああ、勿論それだけじゃないぞ。他にも――」




「ローズクォーツ代行」


「はい」


「そこに座れ」


「いやあの、ここ床……」


「座れ」


「はい」





 眼がすわっているルベリの視線に怯えるようにディアルドは正座をし、そして説教が始まったのだった。


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