第二百三十三話:始末・Ⅱ
それは荘厳な光景だった。
蒼い燐光を帯びた翅を展開しながらゆっくりと降りてくるファーヴニルゥに対し、デオドラは目を奪われたかのように見上げている。
彼女ほどの魔導士であれば、ファーヴニルゥが威圧するようにわざと放出している魔力波からその力のほどを理解できる――いや、できてしまう。
「これほどの魔力。それもまるで無尽蔵を思わせるような……っ!」
「まあ、実際に底なんてないからね。それよりもキミ――マスターと戦っていたようだけど……つまりは敵ってことでいいんだよね?」
そういってファーヴニルゥが視線の力をほんの少し強めると、デオドラは慌てて後方へと飛びのいた。
魔導士が自身の力を最も発揮させることができるのは中・遠距離戦――つまりは一定の距離をおいての戦いだ。
魔法の発動には魔法陣の展開という段階を踏むためだ。
無論、デオドラほどの腕の魔導士ともなればその展開速度も並ではない。
相手が凡百な相手なら近距離戦でも余裕をもって魔法を放てる自信があったのだが、
(ダメだ、まるで「魔剣」の……これほどかっ!)
対峙してわかった。
どこぞの「王国最強」を思わせる雰囲気に彼女は距離を取って備えたのだった。
「まあ、待て。ファーヴニルゥ、それよりも」
「うん、マスター」
全力で魔法陣を展開したデオドラを特に何の感情もなく眺めていたファーヴニルゥであったが、ディアルドの言葉にパッと感情を取り戻すと成果を誇るように魔法陣を展開すると、その中のものをポイッと地面へと投げ捨てた。
「ひィいいいっ! な、何でも話す……何でも話すから」「た、たしゅけて……」「お願いしますお願いします」「うばー」
魔法陣の中から放り出せれたのは人間だった。
複数の商人のような恰好をした男性、しかもひどく怯えている様子だ。
「なんか様子がおかしくない?」
「うん? 面倒だったから登録されてた自白用の魔法を使ったんだ。ちゃんと用法用量を守ったよ、褒めて!」
「えぇ……なんか白目になってるやつがいるんだけど。自白用じゃなくて拷問用じゃ」
「ふーはっはっはァ! まあ、結果よければすべて良しということで。そこら辺のことは後で考えるとして――今は仕事を見事遂行したファーヴニルゥを褒めたたえるべきところ! えらーい! よくやったぞファーヴニルゥ! さすができる子だな!」
「わーい!」
「あっ、褒めちゃうんだ。まあ、助かったのも事実だし」
そういってルベリもとりあえずファーヴニルゥを褒めたたえ、彼女はご満悦な様子で胸を張った。
そんな明らかに緩んだ空気にデオドラは苛立った様子で口を開いた。
「っち……いったいなんだというのだ」
「こいつらはここら一帯で呪具をばら撒いていたやつらだ」
「――呪具、だと」
「その様子だと本当に聞き流していたらしいな。お前の妹であるゼルオラも被害にあっている」
聞き捨てならない単語にデオドラは思わず聞き返した。
本来であればディアルドもルベリも抹殺対象、話を聞いてやる理由もなく子いい機会であることを利用して排除するべきなのだが――新たに現れたファーヴニルゥという存在が彼女を抑制させた。
対峙してわかる、ファーヴニルゥの気配。
それはあの「魔剣」と同種のもので未知数の力を秘めている。
さらにいえばディアルドたちの戦闘で受けたダメージも決して軽いものではない。
そして、何より――
( 噂のことも考慮に入れると「蒼穹姫」に手を出すのは……)
そんな彼女の内心はさておき、ディアルドは話を続けた。
「精神を操り洗脳する魔法術式、それが組み込まれた魔導具だ。それがここ最近、この辺り一帯で流通を始めていた。ベルリ領にも流れてきてな、それが発覚した」
「…………」
「問題は誰がこんなものを作ったのか。そして、流したのかということだ。洗脳の魔法術式なんてもの普通はこっそり使うものだ。だというの同じ術式が組まれた魔導具がかなりの数で流通していたとなればなにか目的があったと考えるのが自然だ」
「目的?」
「ああ、そうだ。端的にいってしまえばあれらはうちの――ベルリ領への攻撃だ」
「うちへの!?」
「ベルリ領へ持ち込まれていた魔法術式には所持した相手を洗脳状態にした後、ある場所へと向かうように組み込まれていた」
「ゼルオラの時と一緒だ」
「そうだ。呪具そのものに複雑な指令自体は書き込めなかったのだったろう。呪具自体に仕込まれていたのはその精神を奪う効果と「見つからないように指定された場所へと向かうように」という指示のみだ。そこで待ち構えたやつが新たに命令を与えることで手駒にする――まあ、そういった手段だったのだろう」
ディアルドにとって術式を解析すること自体は難しいことではない、それ故に実物を一目見た段階でおおよその事情を察することはできた。
「ルベリティアは硬く守られている。少なくとも外からの外敵には万全な備えをしている。そこら辺のことは「絶氷」殿も知ってのことかもしれないが」
「何のことかわからないな」
「ふーはっはっはァ! まあ、そこはいいだろう。問題は外からでは崩しにくいが内からなどうかということだ」
「そうか、その呪具で身につけた相手を手駒にすることができれば」
「街の情報を外に流したり、あるいは侵入の手引きも出来るかもしれない。――そう睨んだのだろう」
だが、それは阻止されてしまった。
ルベリティアで魔導具の売買が禁止令が一時的に布告された段階で察したはずだ、こちらのやろうとしたことがバレてしまったと。
「だからこそ、次の策に移行した。それがこの状況だ」
「……」
「つまりはベルリ家と
だが、その過程に思わぬ成果として当主であるセルオラ・リビアンを支配下に置くことに成功してしまった。
「そこでそいつらは考えたわけだ。もっと手っ取り早く方法を。つまりはゼルオラ・リビアンにルベリ・C・ベルリを襲わせること。しかも、他人の眼がある状況で、だ」
成功しようが失敗しようが、そうなってしまってはもはや争いは不可避な状態になる。
それこそが彼らの狙い。
「都合よく、貴様もあのタイミングで来たものだ。俺様たちがあの場にいることを誰かに都合よく教えて貰ったか?」
「……ちっ!」
ディアルドの言葉にデオドラは地面に転がっている彼らを見て舌打ちをした。
恐らくは思い当たる節があったのだろう。
「……それで。こいつらはいったい何者だ?」
「ここまで説明すれば大方の推測ぐらい立てているだろう? この王国では邪法として
「アズガルドの人間だって言ってたよ」
「連邦国か」
ファーヴニルゥの言葉にデオドラの表情に初めて迷いが生まれた。
状況を呑み込めてきたのだろう。
「その通りだ。連邦国では精神干渉術式は別に禁術の類ではない。むしろ、研究が盛んだという話だ。亜人狩りのこともあるしな。そして、何よりもやつらには暗躍する理由があるからな」
「確かに……うちとオーガスタとの間で紛争が起これば向こうとすればやりやすくなるか」
「特に今は中央の政情も安定していない時期だ。介入するにはもってこいの時期だな。それに……知らないわけではあるまい?」
「何をだ」
「惚けるな。洗脳をする魔法の話を聞いて頭に過らなかったわけではあるまい?」
「……トップマン伯爵の一件か?」
「わかっているではないか。あの一件のせいで王子たちの争いは硬直化してしまった。王国にとっては不幸なことで、そして連邦国にとっては幸運なことにな」
「あの事件にも関わっていたと?」
「さてな。いくら天才である俺様とて確実なことは言えんし、証拠もない。が、関わっていたとすればあの不可解な事件にも説明がつくという話だ」
「……」
「もし、仮にこれが事実であればこれほど厄介なこともあるまい。やつらの介入によって継承権争いが泥沼化し、その隙を突いてこうやって連邦国は王国内部で争いを発生させようと手を打ってきている」
ディアルドの言葉にデオドラは眉をしかめた。
彼の言葉を理解できたが故の反応だ。
ディアルドの言っていることが正しければそれは由々しき事態だ。
「何をしろ、と?」
「役目を果たせというだけだ。
その言葉に彼女は――
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