第二百三十二話:始末・Ⅰ




(――まあ、それはそれとしてだ)




 迫り来る氷塊に対抗する形で炎の槍で打ち砕きながら、ディアルドは冷静に思考を巡らせる。


 相手の意図は読めた。

 なぜ彼の異能が知られているのかはひとまず今の状況には関係がないので置いておくとして、



(この戦いをどうするべきか)



 現状、デオドラの戦術には隙がない。

 彼女の攻撃はこちらに届かないが、こちらの攻撃もまた相手には届いていない。


 デオドラが無理に攻めてくるのではなくじっくりと守りを固めつつ消耗戦を仕掛けてきているからだ。

 飛行魔法を使っているこちらの方が消耗が早いため、長期戦に持ち込まれるのは非常にマズい。


(とはいえ、逃げようとすれば相手も本気になってくる。天位フロード級の本気の魔法を使われるとさすがに手を焼く。いや、俺様たちだけならば問題はないがオーガスタの街がな……)


 どちらかといえば妹であるゼルオラが領主をやっているデオドラの方が街の被害を気にするべきなのに、ディアルドの方が気にしているという現状。

 いざとなれば多少の犠牲もやむないと平然と使ってくるだろうという嫌な信頼感だけはある。


(というわけで逃げるのはなし。気分的にもよくないからな。とはいえ、このままだと……ふむ、ギリ間に合いそうもないか?)


 攻めあぐねている。

 いや、正確にいえば今の手加減をしている状態のデオドラならばどうにかできる手段はディアルドにはあった。



(――だが、それだと「絶氷」を。そうなると魔導協会ネフレインとの全面戦争に入ってしまう。それは大変よろしくない。面倒だし、やってもらうこともある)



 デオドラ・ルードヴィヒは厄介な相手だった。

 その実力もそうだがなによりもその立場が不味い。

 エリザベスも組織内ではそれなりに将来を嘱望された地位にいたが彼女はそれよりも上で最高幹部の一人だ。


 そんなデオドラを害してしまえば魔導協会ネフレインは完全に敵に回る。


(いや、まあ現時点でも十分敵ではあるのだがな! というかこっちから敵に回したのだがな! それはそれとして……できれば鼻っ柱だけをへし折って引かせるのが最良――とはいえ、さすがにきつくなってきた)


 まるで雪崩のように襲い掛かってくる氷の攻撃魔法を掻い潜り、あるいは迎撃しながらもじりじりと限界が近づいてきた魔力の底を気にしながらディアルドは決断を迫られていた。


(ルベリティアからこっちまでちょっと魔力を使い過ぎた。余力があるうちにどうるべきか決める必要があるが……さて)


 微妙に間に合わないなと思考の片隅で考えながら、彼は魔力を練り上げながら魔法を新たに展開しようとして、



「兄貴……私、いけるかもしれない」


「……ほう?」



 そんなルベリの言葉に展開途中だった魔法陣を霧散させた。


「いや、はっきりとわかったわけじゃないけどさ。……兄貴は≪白氷セフィロス≫に手を焼いているんだよな?」


「ああ、そうだ。あれは指定した「空間」の時を停止させることによって破壊不可能な壁を作り出す魔法だ。白い氷のように見えるのは視覚的な問題でしかない」


 時を凍結させられた空間はいかなる物理的な干渉を受けず、絶対的な防壁となる。

 どれだけ破壊力がある魔法であっても「空間」自体を破壊するほどの魔法など存在しないからだ。


 少なくとも現代の魔法においては。

 故にディアルドとしても困っているのだ。


「あれを真正面から破壊するのは不可能だ。どうにかそれを掻い潜って直接デオドラを攻撃できないかと試しているのだがなかなかうまくいかない」


 防御の隙を狙ってはいるのだがこれがどうにも難しい。

 相手に攻めっ気があればうまく突くことはできたかもしれないが、デオドラは守りを重視して無理に攻めることなく魔法の撃ち合いを仕掛けてくるため切り崩せないのだ。


「≪黒氷ゼノアース≫と同じ凍結魔法なら「イーゼルの魔法」で打ち消すことはできるよな」


「まあ、同じ時に干渉する魔法だからな。それは可能だろう。だが、問題は≪白氷セフィロス≫が防護魔法として極めて高い完成度を誇っているということだ」


 盾や壁を生み出し、術者を護る防護魔法の術式において一番重要なものが何かといえばそれは強度や範囲ではなく展開速度だ。

 どれだけ強力な防護魔法でもとっさに展開できなければ意味がない、それは≪白氷セフィロス≫にも言えることだった。


「≪白氷セフィロス≫の術式は防護魔法としてかなり洗練されている。術者の近距離のみに発生させることに制限し、そして術式の対象を空間のみに指定することで容量を削減して発動しやすくしている」


「空間のみに?」


「ああ、生物を対象にしないということだ。≪黒氷ゼノアース≫とはそこが違う。≪白氷セフィロス≫の術式では≪黒氷ゼノアース≫のように閉じ込めて封印ということはできない。「自身の近距離の空間を凍結させて破壊不可能な盾を作り出す」という魔法が≪白氷セフィロス≫の本質だ。それのみに特化して余計な部分を削除したからこその展開速度……」


 破壊不可能な盾を高速で近距離に展開できる、というのがあの魔法の強みだ。

 この魔法を使って守りに入られると真っ当な攻略は難しい――というか不可能に近い。


 精々、飽和攻撃を仕掛けて魔法を使わせて魔力切れを狙うぐらいだろうか。


(まあ、天位フロード級の魔導士相手にまともな魔法の撃ち合いに持ち込んで有利を維持し、消耗戦に持ち込んで――勝つなど、現実的ではない策ともいえない策だが)


 それぐらいに真っ当な手段で勝つのは難しいほど、デオドラ・ルードヴィヒという魔導士は手ごわい相手。

 だというのにルベリはいけるかもしれない、と言ってみせた。


「ふーはっはっはァ! たしかに「イーゼルの魔法」ならば≪白氷セフィロス≫はどうにかできるであろう。だが、無力化されたとしてもすぐに張り直されれば意味がないがそれはどうする?」


「そ、それもなんとかなる。っていうのも――」


「そうか! では、やるか!!」


「まだ詳細を話してないよ、兄貴!?」


 とりあえず、何とかできそうだというルベリからの言葉を聞いた時点でディアルドの腹は決まっていた。



 なぜなら、そっちの方が楽しそうだからだ。



「近づけばいいんだな? では、行くぞ!」


「いや、そうなんだけどそうじゃなくて! もうちょっと話を聞いてからでも――「問題ない!」なにが!?」


「お前を信じているからだ!」


 ディアルドがそう言い返すとルベリは頭がぐしゃぐしゃとかくと腹を決めた眼で彼を見た。




「やっちゃえ、兄貴!」「ふーはっはっはァ! おうともさ!」




 弾かれたように二人は空を翔けた。



「っ、はやい!? 今までは加減をしていたでもいうのか!?」



 先ほどまでの飛行速度も速かったがそれよりは明らかに速度を増した様子にデオドラは驚愕に声をあげた。

 彼女は知らない、この飛行魔法は古代の決戦兵器の飛行術式を模倣し作られたもの。


 人間が運用する観点からいろいろと普段使う分に限ってダウンスケールしているだけであり――本来であればもっと速い。

 まるで流星の如く、天を翔ることができる魔法。



(まあ、これでも全力ではないのだがな。というか全力で稼働したら俺様たちはミンチになるか魔力の消費量の増加に耐え切れずに術式を維持できずに落下死か)



 ともかく、ろくな未来にはならないだろう。

 だからこそ、ディアルドは限界ギリギリを見極めたうえで運用する。


 現在の魔力量、自身が出せる最速の飛行速度。

 それらを加味した上で最短でデオドラへと迫るルートを策定し――翔ける。


 とっさに放たれた魔法は空を切り、彼女が迎撃の魔法を展開する隙はなくなった。



「≪白氷セフィロス≫、≪白氷セフィロス≫、≪白氷セフィロス≫」



 迎撃が不可能になったことを悟ると同時にデオドラは術式を発動させた。

 展開されるのは破壊不能の盾である≪白氷セフィロス≫の魔法、それを複数同時に展開し広範囲をカバーした。


「これで……っ!」


 この速度を利用して≪白氷セフィロス≫の盾を回り込まれ、無防備な自身を狙われることを考慮したのだろう。



「ルベリ」


「問題ない、突っ込め兄貴!」



 真っ直ぐデオドラに向かって突撃するディアルドたち。

 当然、目の前には≪白氷セフィロス≫の白く凍った空間の壁が存在する。



 二人はこの魔法をいかにして突破するつもりか。

 回り込むか、あるいは打ち消す形で無効化するか。



「空間を対象に魔法を使う。空間を剣の形に固定して指定。対象の選別、指定された空間そのもの。生物ではなく、非生物でもなく。ただ、空間のみを対象。そして、空間自体の時を――加速させる」


「これは……なるほど。手を貸してやろう。俺様が補助する、思いっきりやれ」



 いいや、ディアルドとルベリは真正面から≪白氷セフィロス≫へと挑みかかった。



「馬鹿な……なにを!?」



 赤熱する。

 剣の形に固定されたルベリの手の中にある空間。


 その内部で発生している無限の加速。

 制限なく固定された空間内で起こる加速は無制限のエネルギーを生み出し、紅のプロミネンスになって溢れる。



 それ故の――紅い剣。



「さしずめ、森羅万象を切り裂く加速剣――≪紅炎レーヴァテイン≫とでも名付けるか」


 そんなディアルドの呟きよりも早く、彼の手が添えられたルベリの持つ≪紅炎レーヴァテイン≫は突進の勢いをそのままに、≪白氷セフィロス≫へと、そして――




「いっけぇえええええええ!!」




                    ◆



 「停止」の力と「加速」の力のぶつかりあい。

 元来であれば同じ対象に対し、矛盾する形で魔法を行使すれば術式は崩壊し無力化できる。


 ≪黒氷ゼノアース≫に対してやったのがそれだ。

 だが、今回ルベリがやろうとしたことはそれではない。


 停止の力である≪白氷セフィロス≫に対し、加速の力である≪紅炎レーヴァテイン≫で真正面から攻略しようとしたのである。



 その結果が――これだった。



「げほっ、ごほっ。爆発するなんて……」


「術式が途中で崩壊したからな、思い付きと才能だけで作るからそういうことになるのだぞ?」


 ≪紅炎レーヴァテイン≫の術式は途中で維持ができなくなったために崩壊してしまった。

 才覚だけで作り上げたのは凄まじいがそれだけでは完成度が足りなかったのだろう、性能を出し切ることはできなかったが――


 それでも無意味ではなかった。

 元来、破壊不能なはずの≪白氷セフィロス≫に半ばまで≪紅炎レーヴァテイン≫の刃は届き、そのせいもあって≪白氷セフィロス≫の術式の方も崩壊した。



 近距離での二つの強力な魔法術式の崩壊。

 それらが互いに干渉することによって爆発に近い現象を引き起こす結果になっただろうとディアルドは睨んでいた。



「やれやれ、だな。だが、まあよくやった。ふーはっはっはァ! 真正面から「絶氷」の魔法を撃ち破るとはこれはなかなかの偉業だぞ? そうは思わないか?」



 彼はそう問いかけた。

 ディアルドたちと同じく至近距離での爆発に巻き込まれ、地面へと墜落したデオドラに対して。


「き、貴様……らぁ!」


 かなりの高さから落下したはずだが彼女も彼と同じように着地に関しては魔法によってなんとかしたのだろう。

 落下による怪我に関しては少ないが近距離で起こった爆発によるダメージはかなり深いようだ。

 高級な魔導士のローブは煤けて一部が破れ、額から血を流している。



 まあ、そこら辺に関してはディアルドたちも似たようなものだが――



「――≪回帰の光オルトロ≫」


「こちらの怪我は「イーゼルの魔法」でなんとかなる。やはり外傷にはこれだな! こちらの怪我は治せるが凍結魔法では傷を治すことはできない。……判定勝ちといったところか」


「貴様らごときに負けるなどあっていいはずがない! もういい、こうなったらすべてを≪冷獄アブソリュートの――≫」



 絶対だと思っていた自身の凍結魔法が真正面から破られた。

 そんなことは認められないと感情を露にしデオドラは新たに魔法陣を展開しようとするも、




「いいや、こちらの勝ちで終わりだ。……問題はなかったか」


「うん、マスター。ミッションコンプリートだよ。でも、もしかして遅かった?」


「いいや、ちょうどいいタイミングだ。お前の仕事は何時も完璧だよ、ファーヴニルゥ」




 それはファーヴニルゥの登場によって阻まれることになった。


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