第二百三十一話:「絶氷」の名:Ⅴ
奇跡使い、という存在が居る。
魔導士というのは世の
完全な知識の集大成といえるものだが、その手順を飛ばして感覚的に魔法を創り上げることができる存在だ。
魔力に対する感受性が極めて高いが故に傑出した才能ではあるが、学ぶことすら必要なく魔法を使えるという存在は王国における魔法体制と合致しないため存在自体が否定的に扱われる。
なにせ彼らの存在を認めることは既存の社会制度の否定にも繋がりかねないからだ。
奇跡――魔法とは限られたものだけが使えればそれでいい。
それが王国における共通の理念。
ルベリ・C・ベルリはその理念に反する異才をもった少女であった。
「やばい……なんかわかるよ、兄貴!」
「ふーはっはっはァ! それも当然、基となったものが同一の魔法だ。親和性があるのは必然。であるのならいい見本になると思ったが……思った以上の成果だ」
彼女の扱う、「イーゼルの魔法」は既に失伝して久しいものだった。
ディアルドが偶然見つけた書から復活させたが書に記されている以上のことは知りようがない。
故にルベリの魔導士としての成長はこのままいけば頭打ちになるだろうとディアルドは気にかけていた。
無論、現状で使える二種の魔法でも十分に応用幅が広いとはいえ彼女の才覚を考えるとそれで終わらせるのはどうにも惜しい。
「イーゼルの魔法」以外の魔法を習得させるという方法もあったが、二種の根幹から異なる魔法体系を習得させるのは混乱してしまう危険性もあった。
自身の異能によって習得可能できているディアルドとて下手に混ぜて運用するには気を使うので戦闘時においては「イーゼルの魔法」を使わないのだ、感覚派の極致でもあるルベリだと下手に学ばせてしまうとどちらも使えなくなってしまう可能性もあった。
そんなことを考えている時に現れたのがデオドラ・ルードヴィヒという存在だった。
彼女の使う魔法は時間干渉として有名でその基は「イーゼルの魔法」の術式だとディアルドは推察していたが――それは正しかった。
仮にそうではなかったとしてもルベリの成長の足しにはなるだろうと思い彼女をこうして戦闘に参加させたわけだがその望外の成果に彼は自ら褒め称えた。
「いいや! 天才である俺様にとって企みが成功するのは必然といっていいほど当然なことではあるのだがな!」
「世迷言を……っ!」
「どうした? もっと魔法を使ってくるといい! 「絶氷」の名が泣くぞ!」
「っ、ちィ!」
魔導士にとって魔法とは誇りだ。
特にそれが特別であればあるほど、研鑽と努力を必要とするが故に思い入れが強くなる傾向が強い。
デオドラもそうなのだろう。
自らの異名にも関係する自慢の魔法を才能だけで吸収され、模倣される――それがどれだけの屈辱か。
今までこちらのことなど知ったことか言わんばかりにマイペースだった彼女の表情に初めて感情らしい感情が浮かんだ。
「≪
(ふむ、使ってはこないか)
だが、放たれた魔法は単なる氷属性の攻撃魔法だ。
無論、練度はそこらの魔導士とは比べ物にはならないものだがデオドラの得意とする凍結魔法ではない。
(≪
あくまでも想像でしかないがディアルドはそう推察している。
というかその二つの魔法が凍結魔法の全てならばデオドラはもう少し動揺してもいいはずだ、だというのに苛立っている様子はあれど余裕を保っている様子を見るにまだ切り札は存在すると彼は確信していた。
(
ディアルドはデオドラの戦い方に違和感を持っていた。
氷属性の攻撃魔法数種に≪
並の相手であればそれで十分かもしれないが凍結魔法はルベリに無効化され、ディアルドの飛行魔法の機動力によって攻撃魔法も回避されている。
そんな現状を考えれば魔法の種類を増やして攻め立ててもよさそうなものだが、先ほどから使ってくる魔法に変化がない。
(これは警戒されているな。気取られるような真似はしたつもりはなかったんだがなぁ……)
ディアルドはその答えに関して予想はついていた。
恐らくデオドラが魔法を制限して使っているのは自分に模倣されるのを嫌ってのことだと。
彼の力――術式を一目見るだけで解析する『翻訳』の力を知っているのであれば使用する魔法術式の数を増やす行為はただ相手を利する行為でしかない。
それを理解しているが故に数を制限して圧をかけるような魔法戦。
(飛行魔法の消耗の多さに気付かれている? いや、単に自身の魔力量に自身があるだけか……)
単に足場作って浮いているだけのデオドラと飛行魔法という常時魔力を消費する魔法を展開しているディアルド。
その状態で魔法の撃ち合いをやれば先に魔力が尽きるのは常識的に考えれば彼の方だ。
戦術的に見ればデオドラの戦い方は極めて正しい。
(俺の力の詳細に知っている点を除けばな)
ディアルドは自身の力――『翻訳』の力について公言したことはない。
魔法の模倣はよくやるがそれらはただの自らの才能であると嘯いていた。
何故かといわれればどうしたってバレれば面倒ごとに巻き込まれることが目に見えていたからだ。
一見すると大したことのない力に見えるがこの力をもってすれば失われた古代の文字も読めるし、暗号化された文書だって解読できる。
そして、何よりも魔法術式を読み解ける力。
これが一番便利であり問題でもある力だった。
魔導士にとって魔法というのは特別なものだ。
それ故にその特別性を揺るがす奇跡使いを忌避するし、排除しようとする。
その性質から考えれば大っぴらに『翻訳』の力は公表するべきではない。
王国内の魔法の技術、知識を守る
だからこそ、ディアルドは魔法を模倣したとしてもそれを自身の異能によるものだとは軽々しく公言はせずに単なる才能だと言い張った。
(世の中、大概のことは言い張っていれば何とかなる。どれだけ理不尽に魔法を模倣されたとしても俺様が「とてつもない天才だから」と言い張れば最終的にはそれを信じる。常識から外れた力だからなこの力は)
納得できなくとも「一目見ただけで全てわかる異能」を持っていると考えるよりも常識的な考えから「ただ単にディアルドが異才である」からと考えた方が自然というものだ。
(だというのにデオドラは俺様に魔法を見れれば学習されるという前提で魔法を使っている)
如何に飛びぬけた才能があったとしても戦闘中に魔法を見てそのまま模倣するなど普通に考えて無理な話。
だというのに彼女はそれを想定している。
(凍結魔法ならばあるいは見られても模倣するのは困難だと考えて使ったのかもしれないがこちらにはルベリが居た。それで振出しに戻ったといったところか)
デオドラの一挙手一投足を分析し、ディアルドが弾き出した答えが彼の異能について彼女はすでに知っているという事実。
そうであるならばあの敵愾心の強さにも納得がいく。
(
自分で考えておいてなんだか殺されても当然なことしかしてないな、とディアルドは素直に思ったのだった。
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