第二百三十話:「絶氷」の名:Ⅳ




「ひィいいいっ?!」


「ふはははっ! 情けない声をあげるなルベリ! 眼下の他所の領民も見ているのだぞ!」


「しょーがないだろ!? 私だけ飛べないんだからさぁ!? た、高い……っ!」


「時々俺様に強請って飛行させる癖に繊細なやつめ」


「ただ飛ぶのとこうして戦闘で飛ぶのとは全然違うだろ!? 動きも早いし攻撃もされるし――うわっ、今なんか掠った?!」


「ふはははっ! というかなんで俺様ばかりに頼むのだ。ファーヴニルゥにでも頼めばいいのに」


「絵面があれじゃんか!?」


「いや、俺様でもたぶんアレだと思うが……まあ、おまえが気にしないのならこちらから言うこともないか」



 オーガスタの空で二人は騒がしくそんなことを言いながら飛んでいた。

 とはいってもルベリには自力で飛ぶ手段はないため、ディアルドに抱えられる形だが。


 そんな二人に向かって襲い掛かる氷の散弾。

 一つ一つが氷柱のようになっており、尖った先端がその勢いのままに突き刺されば人の身体など軽々と穴が開くだろう。


 ディアルドはそれをひょいと避けると飛んできた方角に目を向けた。


「まあ、あれだ。そろそろ、慣れるがいい。向こうもやる気を出してきたようだからな」


 彼らと対峙するように向かい合っていたデオドラは口を開いた。


「なかなかにやる。飛行の魔法術式……これほどとはな」


「お褒めの言葉を頂き、なんとやら――できれば攻撃してくるのをやめて欲しいのだがな。話し合いで解決するという文明的な手段を取る気はないか?」


「点での攻撃は埒が明かないとなるとやはりこうか」


「ふーはっはっはァ! まるで話をする気が無くて笑えてくるな! 始末する気満々だぞ、ルベリ」


「笑い事か!?」


「安心して欲しい。ディアルド・ローズクォーツはともかく、ルベリ・C・ベルリは貴重な「イーゼルの魔法」の使い手。標本として生きたままこちらに回収する」


「よかったなルベリ! 生かしてくれるらしいぞ? 恐らく凍りづけで研究所送りだ!」


「いや、全然よくないが!??」


 二人の言い合いをよそにデオドラは恐るべき速さで魔法陣を展開すると魔法を解き放った。





「――≪黒氷ゼノア―ス≫」




 凍てつく

 それは凍結魔法の神髄の一つである「時間」を凍てつかせる魔法。

 最高位の封印術でもある最上級の拘束魔法、一部でも触れてしまえば浸食が広まり思考すら覚束なくなり凍りづけになるというデオドラの凶悪極まりない魔法だ。


 それは下手な攻撃魔法よりも恐ろしい。


「ふーはっはっはァ! とくに防御不可能というところがな。概念自体に干渉する魔法であるが故、物理的な防御は意味をなさない。つまり、これから逃れるためには回避するしかないということ」


 黒い氷波はあくまでもというだけで本質的には氷の属性魔法とは根本から異なる魔法。

 その事を知らずにデオドラの前に幾多の敵は敗れ去ったのだろうが、



「まあ、ただし――


「≪進化の光セルトロ≫」




 ルベリが展開した魔法陣から溢れ出た魔法の光、それに触れると阻むことができないはずの黒い氷波は防がれてしまった。


「で、できた!」


「ふっ、やはりいけたか。「イーゼルの魔法」ならば「絶氷」の魔法にも対抗できる。同じく時間に干渉する魔法だからな」


 顔をしかめつつ再度デオドラから放たれた黒い氷波、だがそれはまたもやルベリの手によって防がれる。

 その様子に彼女は舌打ちをしつつもその表情に驚きは少ない、まるである程度予想はできていたと言わんばかりに魔法陣を組み替え氷属性の攻撃魔法を織り交ぜて放ってきた。


「ちょっ、兄貴?!」


「問題はない、攻撃魔法の方はこちらで対応するからルベリは黒い方の対処を頼む」


「わ、わかった!」


 ディアルドはそう指示を出すと自らも攻撃魔法を展開して砲撃を開始した。

 それと並列にデオドラの魔法陣から術式を読み取る作業も行っていく。


(……ふむ、実物を見るまでは何とも言えなったがやはり「イーゼルの魔法」と構成が似ている。というよりも劣化模倣版だなこれは)


 自らの「翻訳」の力を使って読み取っていけばデオドラの魔法――≪黒氷ゼノア―ス≫はベルリの古式魔法体系である「イーゼルの魔法」とよく似ていた。


(セレスタイト式の魔法体系には時間操作に関する魔法は組み込まれていない。だからこそ、古式魔法体系だったわけだが……だからといって研究していないわけではないか。恐らく魔導協会ネフレインが独自に解析を進めて作られたのが時を停止させる≪黒氷ゼノア―ス≫と――)


 相手の攻撃を掻い潜るようにディアルドから放たれた光の鞭。

 それはデオドラを捉えるかと思われたが、



「――≪白氷セフィロス≫」



 当たる直前に現れた白い氷の壁によってそれは阻まれた。

 それこそが凍結魔法の神髄のもう一つ、「空間」を凍てつかせる魔法。


(≪白氷セフィロス≫、か。空間自体を凍てつかせることによってどんな攻撃でも破壊不可能な氷の壁を生む出すという)


 防御不可の≪黒氷ゼノア―ス≫と破壊不可能な≪白氷セフィロス≫、それこそが「絶氷」の名を不動のものにした凍結魔法の力。


(とはいえ、これらは基となった「イーゼルの魔法」に比べるとだいぶ劣化しているな)


 ルベリが使っている術式とデオドラが使っている術式を見比べディアルドは内心でそう判断を下した。

 なにせルベリの使う「イーゼルの魔法」は一つの魔法術式で「時間」も「空間」も対象としている。


(本来のベルリ家は滅んでしまったからな。あるいは血脈自体は残っているかもしれないが「イーゼルの魔法」に関しては俺様が偶然に書を見つけてそれを解読しなければ遺失していた。そこら辺を考えると研究不足だった部分を特化させることで補って運用可能な術式として成り立たせている、といったところか。ルベリの身を確保したがっている理由もそこら辺が理由か)


 恐らく研究に役立てたいのだろう。

 魔導協会ネフレインからすれば失われた古式魔法体系の使い手、是が非でも捕まえて魔法研究の発展に役立てたいと考えるのは、彼らとしては当たり前の考えなのかもしれない。



「それが「イーゼルの魔法」か。よこせ、それがあればもっと――」



 とことん、自身の都合しか考えないのが実に魔導協会ネフレインらしいとディアルドは素直に思った。

 その強欲ぶりは彼個人としては好ましくも思ったが、それはそれとして。



「自分だけが利用できる立場だと思っているのは……実に気に入らないな」


「こう、か?!」


「っ、貴様……!?」



 幾度かの攻防。

 飛行魔法を使うディアルドたちの機動力とデオドラの凍結魔法による防御力が拮抗し、互いに攻め手に欠けた戦いを繰り広げていると不意にルベリは魔法陣を組み替えたかと思うと、



 その魔法陣から放たれたのは黒い波動。

 それを見てデオドラは慌てて≪白氷セフィロス≫を展開した。



「ん? 失敗したか……?」


「いや、今の調子でいい。もっと試してみろ」


 ルベリが放った黒い波動、それは≪黒氷ゼノア―ス≫に酷似していた。




「模倣したのか!? この短時間で……!?」


「ふーはっはっはァ! いーや、ただの模倣ではないぞ! 正確にいえば――吸収だ。いい手本があるなら学べるところは学ぶべきだからな」





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