第二百二十九話:「絶氷」の名:Ⅲ




「いやいやいや、無理だって?! 私に戦いとか無理だって!」


「大丈夫、ルベリはやればできる子だ。今までだってやって来てたじゃないか、自分を信じろ! 最近は領主としての振る舞いにも威厳というものが出てきている気がするしな!」


「……本当か?! ってそうじゃなくてだな!」



 ディアルドの言葉を聞いてにぱっと笑みを浮かべそうになったルベリであったがハッとしたように表情を変えながら続けた。



「なんで私もなんだよぉ」


「なんだ俺様一人にやらせるつもりだったのか? まあ、俺様が天才ぶりをこれでもかと知っているルベリからすればそれで十分と考える気持ちもわからなくもないが……いささか薄情ではないか?」


「いや、そういうわけじゃないけどさ。……ほら、オフェリアたちも一緒に戦うとかさ」


「男爵を安全な場所まで運んでもらう必要もあるし、なにより連れきていた彼女たちへの配下の指示も必要だからな」


「むぅ……」


「幸い、セオドールたちは積極的ではないらしい。「絶氷」からの指示を受けてヘリオストルらを捕らえようと指示は出しているものの……遠目から見てもわかるぐらいに動きが弱い。あれならうまくヘリオストルらと合流して退避することもできるだろう」


「この状況は第三者の手によるものってやつか」


「ああ、それだ。ベルリ家と魔導協会ネフレインを後ろ盾に持つリビアン家が緊張状態になる。それで得をする勢力――というのもある」


「本当だとしたら許せねぇな。とっちめてやりたいけど、向こうは思いっきりその戦略に乗ってこっちを狙ってきてるんだよな」


「ふーはっはっ! セオドールらも伝えてはいるのだろうが「絶氷」がそれを気にするかどうか……。どのみち、彼女からすれば排除因子でしかない俺様たちだからな。「思惑に乗せられようが排除できるなら問題ない」――そんな風に考える」


 傍迷惑な話だが、だからこそデオドラ・ルードヴィヒをどうにかしない限り一連の事件は終わりようがない。


「とっちめてこのままなし崩しでやり合うのは面倒だぞ……と思わせる必要があるというわけだ。でなければ落としどころもつくれやしない」


「そりゃそうもしれないけどさ……実際問題、倒せるのか? 凄い魔導士なんだろう?」


「なんだ天才である俺様を疑うのか?」


「いや、そうじゃないけど……」


「ふーはっはっはァ!! ……まあ、ぶっちゃけ真正面からやるのは普通にしんどい」


「おい。――っていうかファーヴニルゥは? ああいうのの相手はそれこそファーヴニルゥの仕事だろ?」


「いや、こんな状況になってるとは思っていなかったからな連れてきていないのだ。というか別件を頼んでいるし」


「別件?」


「まあ、そこら辺はおいおいだ。それよりもこちらを見つけたらしいぞ」


 ディアルドは不敵な笑みを浮かべた。

 彼とルベリが今いる場所はオーガスタの中でも随一の高さを誇る時計塔の広場でデオドラを待っていた。


 いくら相手にいろいろと制限させるため、街中で戦うという選択肢をしたディアルドではあるが……彼らとしても出来るだけ被害は避けたいところ。



 だからこそ、二人は木製の大きな時計塔の上に立ちながらデオドラを待ちかまえていた。



「さて、おさらいだ。「絶氷」の得意とする魔法は?」


魔法。氷属性の魔法術式も得意だけどそれ以上に、「空間」や「時間」といったものまで凍らせることができる凍結魔法を得意とする」


「正解だ。やつが空中を歩いていたのも凍結魔法を利用したものだな。そのおかげである程度の空中戦も可能だ。本格的な戦闘となれば身体強化も織り交ぜてくるだろうから機動力はそこそこといったところだな。ただ、凍結魔法の神髄はそこではない。では、凍結魔法の本質とはなんだ?」


「えっと「空間」と「時間」を凍らせることによる防御力と拘束力。空間を凍らせることによって足場にしたように障壁のように敵からの攻撃を遮断するように「空間」を凍結させれば強力な盾になる。そして、「時間」の凍結は凍らせたものの時を奪う――とても強力な封印術でもある」


「ふーはっはっはァ! よし、よく理解できているな! さすがはルベリだな」


「そ、そうかな? えへへ……っていうかそうじゃなくて。なんか凄い魔法だけど本当に大丈夫なのか」


天位フロードの魔導士が使う魔法だからな。よくまあ、あんな難解な術式をポンポンと使うものだと感心する。実際、防御にも攻撃にも優れた魔法だ。氷属性の魔法もそれだけで十分にやっていけるほど習熟していると聞くし、まともにやり合えば苦戦は必須だ」


 絶対的な防御力に封印されてしまう凍結の攻撃。

 純粋な攻撃力も属性攻撃魔法がある。


 それらを織り交ぜることで多彩に攻めていくことこそ、「絶氷」のルードヴィヒの戦い方なのだろう。

 まともにやりあうことになれば苦戦は必須な難敵なのは間違いない。




「まあ、俺様とルベリが相手でなければの話だがな――さーて、来たぞ子爵様。ここいらで武名の一つでも轟かせるとしよう! 魔女狩りをしてな」




 逃げずに立ち止まっている二人を捕捉したのだろう、迫ってくるデオドラの方を見ながらディアルドはそういった。



                   ◆



「おい、どういうことだよ」


「わからねぇ。けど、今は街の南部の方に行っちゃダメだって騎士の方々から追い出されて」


「ああ、リビアン家の……」


「くそっ、なんだってんだ。店を放り出す羽目になった盗人に入られたら責任とってくれるんだろうな?」


「知るか、新しい領主様に尋ねてみろよ」


「できるか。くそっ、いったいなんだってん――」


 オーガスタのある一画、そこでは街の住民の一部が移動していた。

 望んでの行動ではない、突如としてやってきたリビアン家の者に追い立てられるように移動を命じられたのだ。

 事情もろくに説明されないまま高圧的に命じられ、彼らは不平不満を募らせるも相手が貴族である以上はどうしようもない、ぶつくさと文句を言いつつも大人しく言われた通りの方角に移動していると、



「おい、見ろ!」


「なんだありゃ……」



 不意に彼らがいたオーガスタ南部の区画に氷山が現れた。

 馬鹿げたような規模の現象に彼らの脳は一瞬現実を認識できなかった。


「あれは魔法、か?」


「はあ? いや、魔法ってもっとこう……」


 現実感のないスケールの現象、オーガスタという地方都市において魔導士の数は少ない。

 前の領主一族も歴代で色位カラーの階級に届くかどうかがせいぜいだった領民にとっては、魔法というのはもっと規模の小さいものだった。



 こんな氷山を生み出すような魔法など、彼らは知らない。

 そして、そんな氷山を粉砕するような魔法もまた、彼らは知らない。



 氷山を穿ちぬくように貫いた光弾の魔法。

 それは暴力的な威力で蒼い髪の女性へと迫るも、発生したの壁によって受け止められた。




「た、戦っているのか……?」




 ようやく、彼らはその事実を認識した。

 どうやら強大な魔導士たちが街中で戦っているらしいということに。



 そして、その戦っている三人の内の二人。

 遠目からは見づらいがその二人はオーガスタの人間にとっては見知った顔であることに気付いた。



「あれはディーか?」


「それにルベr――いや、ベルリ子爵か?!」




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