第二百二十八話:「絶氷」の名:Ⅱ



 瞬間、部屋の中を紫色の氷が埋め尽くした。

 魔法によって作り出された水晶のような透明度を誇る美しき紫氷の瀑布。



 それに完全に反応できたのは話しながらも既に準備を済ませていたディアルドだけだった。



「いきなりかよっ!?」


「オフェリア様っ!?」



 オフェリアや彼女の配下である騎士たちも、当然なにか起きた時にすぐに反応できるようにと気を張っていたが――想定を上回るデオドラの魔法の展開速度の速さに意表を突かれた形だった。




「≪水流盾ウォーター・シールド・三連≫」




 水属性の下級防護魔法。

 それを複数同時展開、当然デオドラの氷波を防ぐことなどできるわけもなく凍結するが――それでいい。


 魔法によって生み出された水流の盾が全て凍り付くまでのわずかな時間、稼いだ時間に、



「≪蝕ノ儀アザトース≫」



 生み出された魔法の触手はオフェリアたちへと殺到し、捕らえると同時にディアルドは壁を打ち破って建物の外へ――




「全く、これだから魔導協会ネフレインの連中は粗っぽくて困る」


「逃がさない――ここであの人の障害になり得る存在は排除する」




                  ◆




「あの野郎! ふざけんなよ、ペリドットとやり合おうってのか?!」



 間一髪のところをディアルドの手によって助けられたオフェリアはそんな気炎をあげた。


「ふーはっはっはァ! 貴族の爵位など気にする人種などではないことぐらい知っていたのではないか?」


「程度ってもんがあるだろう!?」


「お、お嬢様……」


 触手に巻き付かれたままだというのに元気なものだなっと、飛行魔法を使って空を飛ぶ彼は思った。

 恐らく怒りがいろいろと上回っているのだろう、地金がでている主の言動に同じく巻き付かれたままの配下の騎士たちは困惑の声をあげた。


「普通に攻撃してきたな。セオドールらも一応躊躇する素振りはあったのに」


「基本的にやつらは魔導協会ネフレイン第一主義だからな、それ以外の権威の効果は薄い。末端でさえそうなのだから上の方に行くと凄いのが居る」


「凄いのって……」


「「絶氷」は特にな。過激派というか……やつは信奉者だ」


「信奉者?」


「ああ、賢人会の――いや、この話は今はいいか。とりあえずはこれからどうするかということだ」


 ディアルドはそういって後方に視線をやった。

 その方角は彼らがさっきまでいた宿のある方角、高速で飛行することが可能なディアルドの魔法によって距離を取ることには成功したものの迸るような魔力の塊の気配は依然としてこちらに迫ってきている。



「飛べるわけではないからか、機動力ではこちらの方が有利か。このまま領内に帰るという手段もあるが――」


「絶対に却下だ! 侯爵家に喧嘩を売ったことを後悔させてやる! なあ、ルベリ!」


「えっ、あっ、うん。まあ、いきなり攻撃されて逃げ帰るってのもな……。というかそもそもそんな選択、兄貴するつもりないんだろ?」


「バレたか!」


「兄貴の性格からして売られた喧嘩はとりあえず一発殴り返さないと気が済まないだろうし」


「理解のある上司で俺様はとても嬉しい……」


「やかましいわ。というか逃げ帰ったとしてもあの調子ならそのままベルリ領にまでやってきそうな気がするんだよな」


「まあ、そうだろうな。ちょうどその理由もあるし」


「理由?」


 キョトンとした顔のルベリに「こいつ、気付いていないのか」と呟きながらディアルドは彼女が抱えているものを指さした。



「あっ」



 正確には「もの」ではなく、「人」であったが。


「ゼルオラ……抱えてきちゃった」


「言っておくが俺様は悪くはないぞ。ルベリを抱えようと捕まえたら、ルベリが勝手に連れてきただけだ」


「い、いやだってゼルオラも危ないと思ってとっさに……妹がそばにいるのに構わずにあんな攻撃をするなんて」


「まあ、一応読み取れた術式の内容から察するにあたらないように気をつけてはいたみたいだがな」


「えっ、そうなの?」


「それは間違いはない。とはいえ、多少巻き込まれたとしてもくらいの考えで放ったのは間違いなさそうだがな」


「ダメじゃん」


「「絶氷」はそういう女だ」


「……なんかベルリうちのこと以外で、個人的な恨みを買っているような反応だったけどなにをしたの?」


 ジトっとした視線を向けてくるルベリに対し、ディアルドは素知らぬ顔で答えた。


「顔合わせ自体は初めてのはずなのだがな……。まあ、魔導協会ネフレイン関係だとそれなりに思い当たる節もあるがどれが直接的な原因かは判断材料に欠けるな」


「恨まれる心当たりが複数あるんだ……」


「俺様が天才過ぎてな……過ぎた天才は恨まれるのが世の常、だからすまない」


「狙われているのに余裕あるね、兄貴」


「お前もわりと肝が太いよなルベリ。まあ、ともかくこうして男爵を連れてきてしまった以上、向こうはこっちを誘拐犯にしたてあげることができるってわけか。さらわれた親族を取り戻す、攻め入るには大義名分としちゃ十分か。というか目を覚まさないけど大丈夫なのか?」


「洗脳を解除したことによる反動だ。問題はない。問題はない……が、さてどうするか。彼女を返したところで現状は変わらない。向こうはこの機会を利用してこちらを攻撃する気なのだからな」


「だよなぁ、そしてこのまま領内に帰っても攻め込んでくる可能性もある」


「大規模に攻め込まれてしまう事態になってしまえば最悪だ。この場合、勝敗自体は重要じゃない。リビアン家とベルリ家、オーガスタとベルリ領とで衝突が起きたという事実が残ってしまうことが一番の問題だ。どうしたって遺恨は残るし、順調だった交易も水の泡だ」


 ただの小競り合いだけならそんなもの王国内では日常茶飯事、たいしたことではないが……規模が大きくなってしまえばそれではすまなくなってしまう。


(そこまで事態が発展してしまった場合、大きく計画を修正する羽目になる……それだけは勘弁だ)


「まあ、のことだろうが」


「兄貴?」


「いや、なんでもない。ともかく、現状では不本意ではあるが一戦やらかすしかないな」


「戦う……「絶氷」とですか?」


 オフェリア配下の騎士の一人が言った。

 ペリドットという侯爵家に仕えているだけあって「絶氷」の強大さを理解できているらしい、どこか不安げな声だった。



「ああ、このまま逃げ回ったところで事態は好転しない……というか捕まらなければ貴様らの同僚が狙われるぞ?」


「それは……」


「どうやら「絶氷」の俺様たちに狙いを定めているからこそ他の騎士たちは見逃されているだけで捕まらないとわかれば凍りづけぐらいにはするだろう」



 ディアルドの言葉にオフェリアは眉を吊り上げた。


「上等じゃねーか」


「現状では一応は狙いを定め、いたずらに被害を広めないように配慮する程度の理性はある。ここはオーガスタ、彼女の身内であるゼルオラがおさめる領地だからな」


 なにせ間接的に支配していると言っても過言ではない領地なのだデオドラとてある程度の気は使う。


 そう――ある程度までは、だ。

 ディアルドは知っている、魔導協会ネフレインの過激派の連中は最終的には合理ではなく教義を重視する。


 このまま、ディアルドたちを捕らえられず逃がすぐらいなら人質を作ったり、街中で放つようなものではない広域攻撃魔法術式も必ず使用する、と。


「だからこそ、オーガスタの中で戦うのが一番面倒が少ない。下手に街の外で戦うことになったら「絶氷」はそれこそ憂いもなく上級攻撃魔法を連発してくるだろうからな」


「相手がまだ周辺に配慮している意識がある間に戦った方がマシってことか」


「ふーはっはっはァ! まあ、そういうわけだな」


「けど、倒せるのか非常に腹立たしいけど間違いなく王国内でも有数の実力者だ。いくら相手に本気を出させないように戦うとはいっても……」


「なに、なんとかはなるさ。やりたい放題されたわけだしこちらとしてもそれなりにやり返さないとな」


 そうディアルドは不敵に笑みを浮かべると建物の一つに降下し、オフェリアたちを解放した。




「さてと、ではいくか――ルベリ」


「……えっ、私も!?」


「なに折角の機会だ、こちらとしてもこの状況を利用しないとな」




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