第二百二十七話:「絶氷」の名:Ⅰ





 蒼い、蒼い女が居た。



 建物の上層部を吹き飛ばし、建物内では見えなかったはずの黄昏色に染まった空。

 そこに一人の女性が浮いていた。


 魔導士らしきローブ姿に大きな杖をもち、深い蒼色の髪をたなびかせその女性は足元に白い氷を発生させ空中に留まっていた。


「浮いてる……あれって飛行魔法?」


「違うな。あれはだ。足元に透明な足場を作っているようなものだ。浮いているわけじゃない」


「いや、空間そのものに対する凍結魔法って……」


「ふーはっはっはァ! 間違いなく上級魔法だ。それもあれほど緻密な魔法術式をいとも簡単に……そんなことができる魔導士など王国内でも限られる」


 そういってちらりっとディアルドはセオドールらに目を向けて尋ねた。


「おおよそ、正体に関して推測がついているがいちおう聞いておいた方がいいか?」


「……あれはデオドラ――デオドラ・ルードヴィヒ様」


「デオドラ・ルードヴィヒって……あの!?」


 セオドールの言葉に反応したのはオフェリアだった。



「たしかその名前って……」


「……王国内でも最高峰と呼ばれる天位フロードの「絶氷」の二つ名を持つ魔導士だ」


「たしか……習ったな。十年前の魔物の王国西南部で発生した魔物の大量発生を一人ですべて氷漬けにしておさめたって。その時の功績から「絶氷」の二つ名を賜ったと」


「ああ、デオドラ・ルードヴィヒだ。私も直接会ったことはないけど聞いていた特徴と合致する。それになにより、この途方もない魔力は……っ!」


 魔法を行使しているわけではないというのにその身にかかる圧力に、オフェリアはうめいた。

 優秀な魔導士であれば魔導士であるほど魔力に対する感覚は鋭敏化する。


 彼女はデオドラから放たれる魔力の大きさを感覚的に察することが出来た。

 だからこそ理解する、出来てしまう。


 明らかに格上の存在の魔導士。


(別に誰よりも強いなんて思ったことはないけど……)


 ここまで差を感じると出会ったのはオフェリアにとって初めてだった。


「まあ、間違いなく本人だな。亜人種でもないのにあそこまでの魔力量……うーむ、やるな。天才である俺様よりもちょっぴり魔力の潜在量に関しては上であることを認めざるを得ない」


 ディアルドとしてもあまり見たことはない。

 実物を見るのは初めてだが、これほどかと思わず彼は感心した。


「いや、ちょっぴりか?」


「ちょっぴりだな。まあ、それはともかくだ。あー……一体なにをしに来たのか、聞かせてもらってもいいかな?」


「兄貴」


「いや、話が進まないだろう?」


「そうかもしれないけどさ。なんか明らかに敵意を向けられているというか視線が刺さってるというか」


「まあ、そりゃ敵意の一つもないなら普通にお邪魔をすればいいだけだからな。宿の入り口から入ってノックして「お邪魔します」とでもいいながら入ってくればいいだけだろう?」


「えっ、いや、まあ……」


「まさか、魔導協会ネフレインでは部屋の入り方すら教えていないわけではないはずだ。それとも天井を吹き飛ばして入ってくるのが魔導協会ネフレイン流の礼儀なのか?」


「兄貴??」


 揶揄うようなディアルドの言葉にルベリは戸惑ったような声をあげた。



「よく、囀るなディアルド・ローズクォーツ。――の分際で」


「簒奪……簒奪、ねぇ? 俺様としてはもっとカッコいい呼ばれ方がいいのだが」


「盗人とでも言うべきか? 研鑽の証である魔法を盗み取り行使する。秘奥であるべき魔法をなんと心得る」


「古臭い考え方だな。魔法の技術、知識の管理の必要性については一定の理解を認めてやらないこともないが……それ以外はダメダメだ。古臭く、かび臭く、進歩がみえん!」


「…………」



 唐突に始まった問答にルベリは目を白黒しながらディアルドへと囁いた。



「ちょっ、どうしたんだよ兄貴。なんというか挑発するのはやめた方が――」


「貴様がルベリ・C・ベルリか?」



 が、その行為が注目を引いてしまったのかいきなりデオドラから話を振られてしまった。


「えっ、あっ、はい!」


「古代魔法の一つ、それを手中におさめるとはな。……何を考えている?」


「本当に魔法のことしか頭にないやつらだな。まあ、知ってはいたが……それを言う義理はない。というかまずはこっちの質問からだ。なんのためにここに来た?」


 ルベリの前に立ちふさがるように一歩前に出ながらディアルドは注意深くデオドラを観察した。


(天才である俺様は当然、彼女が出てくる可能性について考慮していた。状況から考えればデオドラが今回の件に全く関与していない方が可能性としては低かったからな)


 ベルリ領に対して干渉をするなら、魔導協会ネフレインは相当の手駒を動かしてくる。

 なにせディアルドたちは長年王国を悩ませていた黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを倒しているのだ、もし仮に武力衝突にまで発展した場合のこと考えれば打倒な人選というべきだろう。


 だからこそ、その点に関して驚いてはいない。

 めんどくさいな、とはとてもディアルドは思っているが。



(さて、問題は今回の一件どこまでデオドラが関わっているかだが……)



「私がここに来た理由か。それほど、たいした話ではない」


「ほう?」


「妹の身を案じてだ。それ以外に理由は必要か?」


「……なんだって?」



 ディアルドは思わず聞き返し、そしてチラリとセオドールたちに視線を向けた。

 彼らはそっと目を逸らした。


 彼はそれだけで全てを察した。



「幸運にも自らの家をたてることができたゼルオラいもうとに会いに来た。なにか問題があるか?」


「ああ、なるほど……そういうことか」


「えっ、えっ? ……えーっと、ゼルオラがデオドラ・ルードヴィヒの妹ってこと?!」


「――みたいだな。後ろ盾に魔導協会ネフレインがいるのは予想がついてたけど、デオドラ・ルードヴィヒの妹だったなんて。道理でセオドールたちもあんな態度になるわけだ」


「自分の組織の上層部の人間の肉親……そりゃ、どう扱っていいかわからないわな。何か問題に巻き込まれないように大事に屋敷に閉じ込めておくしか」


「そうだ! だというのに……っ、貴様らが!」


「かといって腫れ物扱いにされたんじゃゼルオラだって気に病むしかないじゃないか!」


「腫れ物扱いなどしてはおらぬ! ただ、こちらとしても気を使ってだな。しばらくの間は我慢していただき、その間に新領主として着任して行うべき仕事の処理をこちらでやって……あとは健やかに過ごしていただこうと」


(まあ、傍から見れば完全にただの都合のいい傀儡としかみえなかったがな)


 セオドールの言葉に内心でディアルドはそんなこと考えながら視線をデオドラへと向けた。



「ルベリ・C・ベルリ、そしてディアルド・ローズクォーツ……。両名が我が最愛の妹へ危害を加えたのは間違いない」


「いや、間違いだらけだが? どちらかといえば助けてやった方でだな」


「領主たるものへの危害。見過ごすわけにはいかない」


「なるほど? さては、貴様こちらの話を聞く気がないな? なんならこの機会を利用してこちらを殺してしまおうという腹づもりか」


「お、お待ちくださいデオドラ様! 此度の一件、何者かの策謀の可能性が――」


 デオドラの様子に慌ててそんな主張を行うセオドールに対し彼女はなにも答えない。





「これより――必罰を開始する。全ては魔の秘奥の均衡を保つために」





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