第二百二十六話:オーガスタ異変・Ⅳ



「これで……」


「ああ、問題はないはずだ。この様子だとこっちでも出回っていたということだな。おい、貴様ら……セオドールとか言ったか? 協力しろ、お前たちにとってもこの魔導具は看過できないはずだ」


「それは……」



 ディアルドの言葉に考え込んだセオドール。

 その彼に聞こえないように声を潜めながらオフェリアは尋ねた。


「いいのか? 確かにそれも問題だが……。ゼルオラの凶行に関しては一度置いておくとしても、それでもマズい所まで行ったんだぞ?」


「とはいえ、だからといったこのまま衝突したつもりか? 何も得るものはないと思うが」


「それは……」


「オーガスタがいろいろと混乱するとベルリ領にまで被害が出てしまう。それは避けたい。それに何より……この状況、いささか作為的だとは思わないか?」


「作為的……」


「ばら撒かれているこの呪具がたまたま男爵の手に渡り、そして洗脳下におかれて子爵の殺害を試みた――まあ、ないだろう。聞けば少しの間、男爵は行方不明になってたとか」


「間違いねぇよ、兄貴。そして、ついさっき街外れの空き家で見つかった。だけど、彼らが言うには前に探した時に居なかったって話らしいけど」


「ふむ、なるほどな。つまりはこういうことだろうな。男爵に渡された呪具には恐らく洗脳に成功したら自らの足で別の場所に向かうように設定されたのだろう。そして、確保した彼女に再び洗脳を施した」


「再び?」


「ああ、この小さなペンダントに刻めることができる術式情報には限りがある。精神干渉魔法だとより情報量も複雑なものになるからな、そうなると複雑な命令を実行させるのは難しいのだ」


 ディアルドの言葉にオフェリアはなるほどと頷いた。

 先ほどまで憎々し気に彼を睨んでいたセオドールらも話を聞きながら何かを考え込んでいる様子だった。


「様子から察するに「子爵を殺すこと」が命令されていたようだがそれならばおかしい点が複数ある」


「おかしい点?」


「まずそんな命令を受けているのなら子爵が目に入った段階で命令を達成しようとしていたはずだが……そこのところはどうだった?」


「……いや、普通だったと思う。目が覚めてからしばらく寝ぼけているような様子だったけど話自体は普通に出来ていた」


「となると命令に対して何らかの条件が含まれていたということだ。他におかしな点があるとしたら――これだな」


 そう言ってディアルドは地面に転がっていた短刀を拾い上げた。


「これで彼女は子爵を刺そうとした。……というか刺した、ということで間違いないか?」


「ああ、そうだ。よくわかったな」


「ふーはっはっはァ! 天才に不可能はない。この部屋に突入した時の大まかな状況からその程度、わざわざ言われずとも推察はできる。――恐らく彼女はそこにいる者たちから短刀を拝借し、それを使って不意を突いて刺殺しようとした。……となると当然一つの疑問が出てくる」


「疑問?」





「そうだ。――なぜ、彼女は使という疑問だ」





 その言葉にルベリは驚きに目を見開いた。

 確かにそうだった、ただ彼女の命を狙うならばわざわざ短刀を使わなくてもゼルオラは人一人を殺す程度の魔法を習得していた。


 ならばそれを使って不意を狙えばいいだけなのにセオドールとともにやってきた騎士の短刀を使うという手段を取っている。

 これは明らかにおかしな行動だった。



「魔法という手軽な手段があるのにもかかわらず、あえて迂遠な形で凶器を手に入れてそして刺すという工程を挟んでいる。単に「子爵を殺せ」という命令を刻まれたのならもっとシンプルに実行するはずでこれはあり得ない行動だ。だが、事実として彼女はその行動を取った。となると――と考えるのが妥当だ。おい、お前」


「おいって……私か?」


「お前たちはなぜ、ここにやってきた?」


「なにって……市民からの報告があったからだ。子爵たちがゼルオラ様らしき意識のない少女とともにこの宿の中に入ったということを」


「それで急に来たのか」


「つまりは誘導された結果か」


「っ、どういう!?」


「薄々とはわかっているのであろう? そこまで愚鈍ではあるまい。男爵の行動から推測される命令の内容はこうだ。「ベルリ子爵を殺す」というのを主の命令としつつ、その条件にお前たちリビアン家の関係者の存在を絡めている。恐らくだが「お前たちの目の前で実行すること」、「殺害する場合、お前たちの持つ凶器を拝借して実行にうつすこと」と言った感じか」


「それが条件?」


「ああ、恐らくな。ペンダントを詳しく検査すればもう少し詳しいこともわかるかもしれないが、いったん洗脳状態になっていると直接的に破壊しないと妙な影響が残りかねないのがな」


 そう言って破壊されて地面に散らばったペンダントの破片をディアルドは拾いながら呟いた。


「とにかく、まあそんな感じの推察ができるわけだ。……さて、ここから導き出される犯人の目的は?」


 視線で促されルベリは答えた。


「私たちをぶつけ合わせる……こと?」


 少し考えて彼女は答えた。

 もしディアルドの言った通りの条件の洗脳を施していたというのなら、そう考えるのが自然だろう。


 事実、彼が突入しなければなし崩し的に全面的な争いに発展していたのは避けられなかったはずだ。

 なにせセオドールの配下の騎士の凶器を使ってゼルオラはこちらを殺害しようとしてきたのだから共謀、共犯であると受け止めるのは自然なことだ。

 彼女の様子が真っ当ではないことはわかってもそれが精神干渉による魔法によるものだとはルベリ達は確証もないのだから。


「条件が満たされて殺害を計ろうとした時点で犯人の狙いはほぼ達成できたようなものだ。殺害に成功するにしろ、失敗するにしろどうしたって両者の間には溝ができるわけだからな」


「確かに……つまり、それが目的だったと?」


「確かにわざわざ短刀で殺そうとしたのはおかしい。事実として助かってるしな、手段が魔法だったら助からなかったかもしれない。あえて手段に制限をかけていたのなら最優先の目的が別にあったと考えた方が辻褄が合う……」


「――というわけだ。このまま敵対関係を続けた状態で物事を進めるのは今回の事件を仕組んだ者の思惑に乗ることになる。それはなんとも馬鹿らしい話じゃないか? なぁ?」


 ディアルドはそう言ってセオドールらに視線を向けた。

 彼らはそれに対して何か言いたげな視線を返したものの、言っている事には一応筋が通っていると考えたのだろう。


 向けられていた敵意が明らかに弱まっていくのをルベリは察した。


「……セオドール様」


「筋は通っている。それに近隣で流通している魔導具の量が明らかにここ最近増えているという報告も聞いていたが……」


「それはベルリ領でも同じだ。話によると例の中央のゴタゴタのせいでいくつか貴族の家が没落してその影響で流れてきたものだ――と言っていたが果たしてどこまで事実なのか。まあ、派閥争いによって下位貴族の家に多大な影響が出ているのは確かだがな」


「そうなのか? 聞いてないけど……ベルリ領は無事なのか?」


「判明してからは取引自体を全面中止にさせた。代行権限を使ってな。商人たちを締めあげたが奴らもまた買い取っただけのようだ。魔導具の詳細についても詳しくわかってはいなかった」


 体よく利用されたのだとディアルドもヤハトゥも見ている。


「そもそも呪具だという認識すらなかった。魔導具類の見極めは本職でも難しいからな、知識がなければ見極めることは難しい。それを利用したのだろうな」


 実際、呪具を売り込んだ相手は別にそれ単品を売り込んだわけではなく他の魔導具とともに売り込んだらしい。

 こちらは確かに説明された通りの品であることは確認できたので、商人たちは呪具の方も説明された通りの効果を持ったただの魔導具であると認識していたのだ。



「ふーはっはっはァ! なかなかに手間をかけたやり方だな! 俺様、キレそう!」


「……ゼルオラ様は無事なのだろうな?」



 ディアルドに対しセオドールはそう問いかけた。

 彼の手によってペンダントを破壊された後、気絶するように眠ってしまったゼルオラの方へと目を向けながら。


「安心するがいい。単なるフィードバックによるものだ。それよりも、だ」


「わかっている。……ゼルオラ様の身が最優先だ。それ以外のことはひとまずは置いておくとしよう。一連の流れに疑義が出てきたのは確かだからな。だが、あくまでこれは一時的なものだ! 我々が貴様らを認めたというわけではないからそこのところは間違うのではないぞ!」


「あー、わかったわかった。ともかく、いったんは停戦ってことでいいのだな? 子爵」


 セオドールの言葉に対してそう返しながらルベリへとディアルドは視線を投げつけた。

 床に倒れ込んでしまったゼルオラの頭を膝に乗せていた彼女はそれに対して頷くことで返答した。


(ひとまずはこれで何とかなりそうだ……いや、何も解決はしてないけど。それでも流石は兄貴だ)


 解決はしていないものの事態終息のための光明は見えた。

 ルベリはそう感じた。



「――まあ、そういうことだ。ひとまずは手打ちとしようではないか。そして仲良くな? それはそれとして一つ聞いておきたいことがあるのだが」


「なんだ?」


「おおよそ、リビアン家の背景は掴めたがゼルオラ・リビアンとは何者だ?」



 おおかた、適当などこぞの貴族の生まれの娘を今回の為に用意したのだろうとディアルドは推察していたのだが、どうにもセオドールらの反応からして違うなと彼は考えていた。



 それにしてはどうにも彼女の身を彼らは大事にし過ぎている。

 いや、正確に言うならばゼルオラの身に危害が及ぶことに――とでもいうべきか。





「……そうか、そこまでは気づいていなかったか。いいだろう教えてやる。彼女は――」




 わずかな逡巡の後、セオドールは話しておいた方がいいと決めたのだろう、口を開き答えようとした瞬間、




 ――建物の天井が唐突に爆散したのだった。




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