第二百二十五話:オーガスタ異変・Ⅲ




「ふはははははっ! よし、セーフ! 実にセーフだ! 完璧なタイミングだな! 流石は俺様だ、完全にドラマティックなタイミングで割り込んで凶行を止めるこの運命力! 天才である俺様にのみ許された神からの祝福と言っても過言ではない!」




 展開された魔法陣から放たれた魔法の鎖によってオフェリアやゼルオラ、並びにその他部屋の中にいた人間全てを拘束しながらディアルドは哄笑を上げた。


「あのバカみたいな笑い……まさか、アイツが?」


「間違いない。これほどの魔法を一瞬で……ただの魔導士の腕ではない」


「というか奴はいったいどこから? 窓の外から来たようだが」


「……飛行魔法。やはりやつが……」


 ぼそぼそと言い合う外野の声を聞き流し、ディアルドはルベリたちへと目を向けた。


「いやー、危機一髪というタイミングであったな。だが、俺様が来たからにもう安心だ。まあ、別に細かい事情は殆ど把握していないのだがな!」


「してないんだ」


「うむ、わざわざこっちに来たというのにいないから探していたらちょうど見つけてな。慌てて突っ込んでみたのだ。ふふっ、実のところ冷や汗ダラダラで心臓がバクバクしているところだ」


「そんなの言われてどう反応しろと」


「全く人の見ていないところで問題を起こすのやめて欲しいのだが……」


「えっ、兄貴が? 兄貴が私がそれを言うの??」


「何故、俺様が言ってはいけないのか……これがわからない。あと素になり過ぎていると思うぞ子爵。公私はわけるべきだと俺様は思います……ほら、皆さん見てるから。まあ、ともあれ間に合ったようでなによりだな。天才である俺様が来れば問題など無いも同然! 全て解決!」


「凄い自信だ。状況が理解できないって言ったのに……」


「ふーはっはっはァ! なにせ俺様は天才だからな!」


「いや、まあこういう人だから……っていうか兄貴! 全然、間に合ってないからな!? なんか間に合った感をだしてるけど! 実際、危ないところだったけどさ! できればもうちょっと早く来てくれたら」


「なんだとォ……我儘か!」




「だって刺されたし! 「誰が?」えっ、いや私が……だけど。あっ、でも傷の方は何とかしたけど凄く痛くて――兄貴?」


「ふむ……」




 ディアルドが来たという安心感からだろうか、さっきまでの緊張感をなくし子供っぽくそう叫んだ彼女の言葉を聞き、彼は少し押し黙ったかと思うと、





「≪雷爆裂ライトニング・バースト≫」





 まるで小石でも投げつけるような気安さで雷撃の魔法をセオドールらに向けて叩き込んだのだった。


「「「「ぐああああああっ!?」」」」」


 彼らを拘束する魔法の鎖は時間制限がある代わりに強度の高い拘束魔法であり、抜け出すことに手間取っていたセオドールらは当然のように回避することも出来ずに直撃した。

 中には防護魔法で防御しようとしたものも居たが、その辺りも調整したので中級攻撃魔法だったのか軽減されてなお、程々のダメージを与えセオドールらは床に転がることになった。



「兄貴ーーー!!?」


「安心しろ、ちゃんと宿の中だということを配慮して調整した。ほら、ちょっと焦げているぐらいで建物に被害は少ないだろう?」


「いや、そこじゃなくてなんで急に!?」


「……あのルベリを刺したのはそっちじゃなくて」



 おずおずと口を開くオフェリアの配下の騎士の一人。

 そんな彼の言葉にディアルドは肩を竦めた。


「そうなのか? まあ、いいだろう」


「いや、良くはないと思うんだけど……」




「いーや、問題ないね。今回の一連の事件、その原因の大半はこいつら――いや、お前らの後ろに居る魔導協会ネフレインにあるんだからな。これくらいのぐらいは……なぁ?」




 ディアルドの言葉にセオドールらは答えずに苦しげにうめくだけだった。


魔導協会ネフレイン……。やっぱりリビアン家は……」


「ああ、魔導協会ネフレインの意向のもと用意された貴族の家だ。やつらは政情のどさくさ紛れてオーガスタの新領主の決定に干渉してリビアン家を用意した。当然、リビアン家の関係者も魔導協会ネフレインの関係者だ」


「やはり……」


魔導協会ネフレインの人間はそんな感じになりがちだ、王国貴族のルールというかやり方よりも魔導協会ネフレインに染まるというか、魔法絶対主義になるというか……。そんなやつらが何故オーガスタの領主にリビアン家なんてのを立てたのか。まあ、単純に自分たち寄りの貴族が増えればいろいろと楽だからってのもあるのだろうが――それだけではなかった」


「……っ、主義者め。セレスタイト様の教えを身勝手に教え広めようなどと」


「オーガスタだから、というよりもこの場合はベルリ領の隣ってのが重要だったんだろう? つまりは狙いはベルリ家というわけだ。その動機、理由は? まっ、色々とあるんだろうな。俺様たちがやっている魔法教育制に関しては言うまでもないが、飛行魔法の魔法術式や「イーゼルの魔法」という古式魔法術式なども魔導協会ネフレインとは見過ごせんのではないか?」


「それって……」


「ああ、そういうことだ。だからこそ、リビアン家などというものを用意する必要があったわけだ。ベルリ領の隣であるオーガスタの領主となり干渉するにしても、あからさまに魔導協会ネフレインが関わっていることがバレるのはいささかマズいからな」


「なるほどな、妙に魔導士らしき奴らを街を見かけるようになったのは」


「恐らくは魔導協会ネフレインの関係者だ。……何度か領地への侵入も試みていたらしいからな。追い散らしたが」


 ディアルドがそう言ってセオドールに目を向けると憎々し気な視線を向けていた彼は僅かに視線を逸らした。


「……何の話だ」


「惚けるならばそれでいいさ。今までは追い返していたが流石に面倒になってきたからな次に侵入者が現れた場合、必ず捕らえる手はずになっている。案外、帰ったらもう捕まっているかもな?」


「……仮にベルリ領の領地へ侵入しようとした不届き者が居たとして、それはただの賊だろう」


「賊、ねぇ? なかなかどうしてこの間の侵入者もいい腕をした魔導士だった。装備もしっかりしていたし、賊というのは厳しいと思うがな。まあ、捕まえていたらそいつらから吐かせれば問題はない。何せ賊らしいからな」


「貴様……っ!」


「怒るなよ。怒りたいのはこっちぐらいなんだからさ」


 ディアルドはそういうと腰に下げていた袋を取り出し、そしてその中身をばら撒いた。


「兄貴、何を……ってこれは」


 突然の彼の行動に驚きの声を上げたルベリであったが、ディアルドが床にばら撒いたアイテムを見て思わず口を噤んだ。


 それは蒼い薔薇の文様のペンダント――市場でゼルオラが商人から貰った魔導具だったからだ。


「これは最近、ある商人たちがベルリ領に持ち込んだ魔導具だ。とても便利な効果があるという触れ込みで売ろうとしていたものだ。俺様が差し止めたがな」


「差し止めた? ベルリ家で買い占めるため、とか?」


「俺様がそんな下らないことをするか! これは危険な魔導具――いや、呪具であったからだ」


 その言葉に慌てたように目を見開き声を上げたのはセオドールだった。



「じゅ、呪具だと?!」


「ああ、しかも効果は人の精神に干渉するという邪法の魔法術式だ」


「精神干渉に関する魔法は禁じられている! セレスタイト様への冒涜だぞ! いや、待てそれが呪具であるというのなら――」



 セオドールとその配下も気づいたのだろう。

 未だに拘束魔法で捕らえられ、身動きが出来ない状況であるにも関わらず何とか動こうと藻掻いているゼルオラの姿。


 彼女の眼はルベリを捉えたままで、拘束から解き放たれればまた同じことをし始めるというのは簡単に予想が出来る。


 異常な状態のゼルオラ。


「ああ、彼女は呪具の影響によって洗脳――操られている」


「馬鹿な……っ!! そ、そんな……」


「……その反応。それにこの状況……やはりというべきか。一応聞いておくがこれをばら撒いたのはお前たちではないだろうな?」


「な、なんだと?!」


「この魔導具を浸透させることが出来ればベルリ領を内側から崩すことが出来るだろう? お前たちにとっては望ましい結果じゃないか」


「そのような下賤な魔法を誰が使うか! 魔導協会ネフレインの法を舐めているのか!?」





「まあ、そんな風だとは思った」


「兄貴、何とかならないのか? 操られているなんて」


「ふーはっはっはァ! 天才である俺様に任せておけ! こうしてわざわざ出向いた俺様が対抗策の一つや二つ、用意していないわけないだろう! この魔導具の存在を知った時点で解析に回した」


「回したって……ヤハトゥに?」


「ああ、単に術式を『翻訳』して内容を読み取ること自体は難しくなかったがな……それに対抗するための術式を組むのにはヤハトゥの演算力が必要だった。なにせ精神干渉の類の魔法だからな、下手な魔法の解除法だと悪影響が残る可能性もある。それに注意して術式を完全解析、対抗の魔法術式を作り出した――こんな風にな」





「≪蒼薔薇の剪定ロー・リエル≫」




 ディアルドが展開した魔法陣、その中心から放たれた蒼く細い閃光はゼルオラの胸の蒼薔薇のペンダントを射貫き破壊した。



 その瞬間、まるで靄のような何かが彼女の頭部付近に現れたかと思えばそれは溶けるように消えていった。



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