―オーガスタ決戦編―

第二百二十三話:オーガスタ異変・Ⅰ




「精神を侵す魔導具――いや、呪具というべきか」



 魔導具、マジックアイテムには種類がある。

 その一つに装着者に対して害を与える物を総称として呪具と呼ぶ。


 劣化して刻まれていた術式に不具合が発生し、害を与えるようになってしまった物やあるいは最初からそういうものとしてデザインされつくられた物、あるいは――


 まあ、いろいろとあるがともかく呪具というのはそういうものなのだ。

 基本的に忌むべきもの。


 それも、


「精神干渉魔法術式……王国魔法――セレスタイト式の魔法術式の体系に組み込まれていないという術式と聞くが」


「彼女はこの魔法を嫌っていたからね。それに倣って王国においてはその手の類の魔法は卑俗な魔法と嫌われている。……私もそう。開祖セレスタイトの教えに敬意を持っている身としてはね。というか一般的な王国魔導士ならそんなもんだと思うよ」


「つまりはデオドラ・ルードヴィヒも?」


「うん、基本的に魔法至上主義にしてセレスタイト至上主義なのが魔導協会ネフレインの人間だからね」


「……となるとこの精神汚染の魔導具は彼らの仕業では、ない?」


「それはわからない。私も個人としてのデオドラ・ルードヴィヒを詳しく知っているわけじゃないから。それにあれらの魔導具が彼女の手によるものじゃないとすると別の問題も出てくる」


「確かにな。そうなると別口の話ということになってしまう」


「魔導協会と事を構えるかもしれないって時にそれは勘弁してほしいところだね。まあ、ともかくこっちはこっちの仕事をするとしようか」



                    ◆




「大丈夫か? ゼルオラ」


「……ルベリ? ここはいったい」


「何日もお前は行方不明だったんだ。大丈夫か?」


「ごめんなさい。よくわからない……でも、心配をかけてしまったようですね」


「気にするなって。怪我もないようだし一安心だ」



 ゼルオラは街外れの空き家の中で見つかったらしい。

 元の住民がしばらく前に引っ越したらしい家で新しく住む人間を探している今は無人の家、そこに人の気配があると噂があり調べてみたところ彼女は見つかったとか。


「それにしても街外れの空き家か。そこで彼女は眠った状態で見つかったと?」


「はい、その通りです。近くを捜索中にその空き家の近隣の住民から頼まれまして、「居るはずのない家に人の気配がする。賊かもしれないから見て欲しい」と。本来であれば受ける必要ない頼みではありましたが、もしかしたらと思い確認したところ」


「その「もしかしたら」が的中してしまった――ということか。……セオドールたちよりも先に確保できたのは良かったとみるべきか」


 ゼルオラを発見したのはオフェリアの配下だった。

 彼女の捜索の協力のために街を捜索していた彼らだったが恐らく新たな領主であるリビアン家の者と誤認したのだろう、住民からのそんな陳情を受け確認したところゼルオラは見つかった。


 特に目立った外傷はなく、衣服に汚れもない。

 首にはルベリ達と共に市場を巡っていた時に手に入れた薔薇の文様が描かれた水色の結晶のペンダント、それを首につけた状態で彼女は眠っていたらしい。


(さて、どうなっているんだ? 失踪したかと思えばあっさりと見つかったな。誘拐か何かかとも思ったが……)


 良かった良かった、と楽しそうにベッドに寝ているゼルオラ相手に言っているルベリを眺めながら、オフェリアは漠然とした嫌な予感を感じていた。


(どうにも嫌な予感がする。見つかったこと自体は喜ぶべきところだけど、結局のところ何も判明していない。目を覚ませば何かわかるかと思ったが何も知らないと来たものだ)


 仮にも貴族の当主が行方知れずになっていたのにその事情が一向に裏が見えてこない。


(このままじゃ、マズいか。状況把握のために先に確保したけど、こうなってくると――)


 不意に外が騒がしくなったかと思うとバタンッと扉が開いて人影が流れ込んできた。


「おおっ、ゼルオラ様! ご無事でしたか。このセオドール心配しておりましたぞ。一体どこに……」


「セオドール」


「いえ、この状況を見れば一目瞭然と言ったところですかな? 子爵様」


「何が言いたい?」


「あれほど、我らがお探しても見つからなかったゼルオラ様をよくぞ見つけてくださいました。さぞや、優秀なのですねオフェリア様。貴方の騎士たちは……」


 言葉では褒めつつも彼の眼は口以上にセオドールの感情を物語っていた。


 つまりは猜疑の色。

 それに満ちていた。


(まあ、こうなるか……)


 要するにゼルオラをオフェリアたちのだけの手で見つけ出したことに不信を感じているのだ。

 更にいえば先に彼女から話を聞くためにセオドールたちに報告をせず、オーガスタにある高級宿の一室を借りて休ませていたこの状況も感情悪化の要因の一つだろう。


 話を聞いた後でセオドールらには報告を入れるつもりだったのだが、彼らからすれば「何故隠していたのか、やましいことがあるからではないか」と考えても不思議ではない状況。


(参ったな……)


 一先ず、ルベリがセオドールに状況の説明を行った。


 捜索中のヘリオストルの一人が市民からの陳情を受け、不審な様子の空き家の捜索を行いゼルオラを発見。

 怪我こそ無かったものの眠っていた状態で発見されたため、すぐに安全な場所で休ませた方がいいと近くの宿の一室を借りて休ませていた――と。

 セオドールらに対する報告はしていたつもりだったがこちらも混乱していたため、不手際が発生していたようで申し訳なかった。


 と、要点をまとめつつスラスラと話すルベリの姿にオフェリアは感心した様子で眺めていた。

 セオドールらに対する連絡を怠ったのはあえてのことだというのに、平然とただの不手際によるミスだとしらばっくれる辺り彼女はだいぶ貴族らしい図太さを身につけたような気がする。


 堂々と主張するルベリに対し、セオドールは懐疑の視線のままだ。


「ただの不手際、ですか。……それにしてもおかしな話ですな」


「おかしいとは?」


「子爵様たちがおっしゃる空き家、そこは前に一度我々が調べているのですよ。その時は当然何も見つからなかった」


「なにを……」


 セオドールの言葉に困惑したルベリたちであった。

 だが、確かに彼女たちはそこでゼルオラを発見している。


(適当なことを言っている――ようには見えないな)


 難癖をつけるために適当なことを言っているにしては彼らの様子がおかしかった。

 彼らの視線はゼルオラに向けられ、彼女の身を真摯に危ぶんでいる様子が見受けられた。


 正直、少し意外にオフェリアは思った。

 彼らのゼルオラへの扱いは当主という身であるのにも関わらず軽んじ、ろくに外にも出さない邸宅の中へと閉じ込めた籠の中の鳥のようで――


(単に利用するだけの傀儡だった、わけじゃないのか?)


 ゼルオラが居なくなって慌てていたのもそれが理由だと思っていたのだが、彼らの態度からすると本当に彼女の身の安全を心配していたらしいことがわかる。


(……よくわからないな。それにセオドールらのゼルオラを眺める表情、安堵の中にあるあの感情は――?)


 ともかく、思っている以上にセオドールたちはゼルオラのことを心配していたことがわかった。

 となるとこの状況、こちらに不信があるとはいえ難癖をつけてまで空気を悪くするようなことをするだろうか。



(……となると向こうが言っていた「ゼルオラが見つかった空き家は既に捜索済みでその時には見つからなかった」というのは嘘ではない? だが、そうなると――)



 オフェリアが考え込んでいる間にもルベリとセオドールとの言葉の応酬は続き、徐々に空気が悪くなっていく。

 彼らは明らかにこちらを不審な存在として扱い、実力行使も辞さないかのように圧力を強めていく。



 あるいは彼らにはゼルオラを人質に取っているように見えているのかもしれない。



(あっちからするとそう見えるのもわかるが……先に渡してしまうか? いや、だとしても収まりそうもないな。それこそ憂いなくって感じで動き出しそうだし)



 チラリっとセオドールが引き連れてきた配下の方に視線をやった。


(魔導士が三人、それに騎士が二人。外にも……居るな。完全に下手人扱いだ。こっちも殺気立って来たし、どうするか……)


 相手の敵対的な姿勢にオフェリアの配下たちも剣呑な雰囲気を放つ。

 このままでは――そう考えていたところ、




「セオドール!」




 鋭い声が部屋の中に響き渡った。


「ルベリ……子爵に言いがかりをつけるのはやめなさい!」


「はっ、いえっ、ゼルオラ様……しかし、これは」


「子爵様たちは私を助けてくれたのです。だというのに貴方は怖い顔をしてそして大人数で部屋に押し寄せ、そして威圧する始末。それが私の恩人に対する態度?!」


「で、ですが彼女たちは……っ!」


「黙ってて! もう……ごめんね、ルベリ」


 一触即発の部屋の中の雰囲気を壊したのはゼルオラだった。

 彼女は配下を引き連れ、部屋の中に押し入ったかと思うと厳しい顔でルベリを詰問するセオドールの姿に、彼女が虐められているとでも思ったのだろう。

 普段の様子からは考えもつかないほどに強い声を放ち、彼らをやり込んでしまった。


(やるじゃねーか)


 オフェリアはその様子に内心で感心していた。

 内向的な性格の少女だと思っていたがなかなかどうして……。


「とにかく、一度お屋敷に戻ります。もう……それでいいでしょ?」


「は、はい。我々としてもゼルオラ様の身さえ無事であれば」


 最終的にはそういった形で話はつくことになった。

 セオドールらにとってもゼルオラさえ無事ならば、と渋々と言った感じではあったが矛を収める様だ。


 こちらとしてもそれに依存はない。

 ようやく彼女が見つかったのなら予定通りにベルリ領へと帰還も出来る。



(失踪に関する謎は気になるがこれ以上は無理だな。それにリビアン家のことでもわかったことがある。戻って落ち着いてから対応を――)



 一先ず、最悪の結果だけは避けられたと安堵の空気が流れ、ゼルオラはセオドールの元へ。

 ルベリ達は引き払って妙なことになる前にベルリ領へと戻ろうと指示を出していた――そんな時、



 不意にゼルオラが近寄ってきた。



「ねえ、ベルリ?」


「ん、どうかしましたか? ゼルオラ様」



 帰りの前の挨拶をするかのように。

 軽い足取りでルベリに近づき、そして――




「――?」




 銀色の刃が煌いた。


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