第二百二十一話:呪具・Ⅰ



 ベルリ領の南東部の森林地帯にて。

 ニールとエリザベスは言葉を交わしていた。



「こいつらは……間違いない、魔導協会ネフレインの戦闘部隊だ」


「わかるのか?」


「これでも幹部の一人なんだぞ? ……まあ、ほとんど仕事らしいことはしなかったけど」


「それはどうなんだ」


「部署の違いだよ。魔導協会ネフレインといってもいろいろと部門に分かれているんだ。私はその中でも研究部門に属していたから……」


「だとしても聞いた限りだとエリザベスはかなり――いや、今はいいか」


「なにか言いたそうな顔をしているね? 遠慮せずに言ってみるといい」


 などとエリザベスに言われるもニールはそれを受け流し、彼女は冷静に辺りを見渡した。


 そこに複数の人が倒れていた。

 彼らはベルリ領へと侵入を試みた者たちだ。


「しかし、何故……彼らが」


 最近、幾度も行われた領地への侵入、その度にヤハトゥによって追い返されていたわけだが今回に限っては対応が変わることになった。


「まっ、つまりはそういうことなのだろうさ」


 そう言いながらエリザベスは辺りを見渡した。

 辺りには戦闘が繰り広げられた痕跡と破壊された魔導機兵ファティマが二機ほど転がっていた。


「偽装化した魔導機兵を倒すとはな」


「恐らく前に追い払ったやつから話を聞いて対策をしてきたんだろう」


 魔導機兵単体であればそれ用に対策を用意して立ち向かえば、エリザベスやニールほどの腕が無くても倒すこと自体は難しくはない。


 ただ、それはあくまで用意が出来ればという話だ。


「ふむ……間違いないね、対物攻撃魔法だな」


「ああ、聞いたことがあるな。それで魔導機兵がこんなに……」


「魔導機兵の強みはあの頑丈さだ。上級の自動人形ゴーレム魔法もそうだけどね。基本的に貴族が覚える戦闘用の魔法ってのは対生物モンスター、対人間を想定したものが主力だ」


「まあ、普通はそれで事足りるからな」


「そう。だけど、それじゃあ上級の自動人形ゴーレム相手だと有効打にならない。大抵は金属とか鉱物を主体として創造されるからね。鉱物系のモンスターが嫌われるのと同じ理由さ。まあ、上級攻撃魔法となれば話は別だけどそういうのは誰でも使えるわけじゃない。それで生み出されたのが物理的な貫通力、破壊力に特化した魔法術式だ。まっ、あまり使う人間は多くないんだけどね。理由はわかるかな、先生?」


 揶揄うように問いかけてきたエリザベスにニールは肩を竦めた。


「さっきお前が言った通りだ。対生物、対人間であれば≪水流刃ウォーター・カッター≫などの属性魔法で事足りる。要するに用途が限定的すぎるからだ」


「その通り。物体を破壊することに特化し過ぎた魔法で過剰だし、それに何より貴族的な見栄え……とでも言うべきかな、ともかくそういうものも足りないからあまり好まれる魔法じゃない。そんな魔法の使い手がこうもすぐに用意できるなんて――ああ、やっぱり」


 倒れていた者たちの身体を調べていたエリザベスは何かを見つけたのかそんな声を上げた。


「どうしたんだ?」


「これを見てくれ」


「これは?」


 彼女に見るように促され、侵入者たちの腕を見たニールは眉をしかめた。

 そこには入れ墨のように魔法陣が直接人の肌に刻み込まれていたのだ。


「きみは魔導協会についてどのくらい知っている?」


「急にだな……まあ、私が知っていることといえば大体は革命黎明軍に所属していた時の受け売りだがいいか」


「構わないよ」


「そうだな、王国の魔法技術、知識を管理している巨大な組織で貴族や王家に対して強い影響力を持っていること。魔導協会ネフレインは素養のある人間を協会員として取り立てることも多いがその過程で貴族出身の者を引き抜くこともいいとかなんとか。基本的に栄誉なことであると喜ばれるらしいがそうでない時もあるとか」


「ああ、それも事実だね。才能があると引き抜いちゃうからね。それで問題になったって話を聞いたことがある。まあ、大体は権威で黙らせるんだけどね」


「それは……問題にならないのか?」


「ならないよ。上位貴族でさえ魔導協会ネフレインを敵に回すのは簡単じゃない。それに引き抜かれた側も大抵の場合は問題視しない。何せ魔導協会ネフレインには莫大な富を背景にした厚遇が約束されるからね。実際凄いものだよ、才能さえあればあそこではかなり自由にやらせて貰えたものさ。ディアルドたちというに出会わなければ私は何時までも所属していただろう」


 エリザベスは実感の籠った言葉でそう呟いた。


「それほどなのか……聞いてはいたが」


「ああ、私も詳しくは知らないけどね。正直、魔導協会ネフレインはどれだけ金を持っているんだろうと思ったことは結構ある。……他には?」


「他は……そうだな本拠である拠点がかつてダンジョンだったという迷宮を利用しているとかそれと――ああ、そうだ。魔導協会ネフレインといえばあれだろう? 四つの部門に分かれているとか何とか。さっきエリザベスも言っていたが」


 ニールは思い出すように目を閉じながら耳をぴくぴくとさせた。

 彼女が考え込んでいる証だ、彼女自身はその癖を自覚していないが。


「確か――そうだ。「探求ディリエ」、「法理ステイン」、「執行コール」、「守護トトリ」の四つの部門があると聞いたことがある」


「その通り。その部門を率いているのが魔導協会ネフレインの最高幹部ってわけ。私は「探求ディリエ」――つまりは魔法の研究を司る部署の幹部だったってわけ。次期部門長を期待されていたぐらいに優秀でね」


「まあ、こうして裏切っているわけだが」


「言葉が悪いな……まあ、加担していることは間違いないし裏切ってるといえば――まあ? まっ、そこら辺はともかくとしてさ。仮にベルリ領に対し魔導協会ネフレインが動くとして、どこが動くんだろうって考えていたんだ」


「思いっきり魔導協会ネフレインの方針に反した行為。魔法の教育、つまり魔法知識、技術の拡散をしている以上、総力を挙げて対処に来るんじゃないのか?」


「それはないよ。基本的に部署同士って仲が悪いし、魔導協会ネフレインは通常業務だけでもいろいろと多岐にわたってあるからね」


「ああ、確か魔導階級の認定のための試験やらなにやらも魔導協会ネフレインの管轄だったか」


「そう。あれは王国の魔導士にとって重要なものだし他にも学院の運営とか魔導書グリモアの管理保存とか細かいことを言い出せばきりがないくらいに多い。だから、総力を挙げて――みたいなのはよほどのことが無い限りまずない。となるとどこかの部署に任せるって話になるけど――」



 「探求ディリエ」、それは魔法の探求、研究を第一とする学術の徒。

 「法理ステイン」、それは魔法の法、制度を策定し、厳守させる法の番人。

 「執行コール」、それは魔法の理を脅かす咎人、それを断罪するための剣。

 「守護トトリ」、それは魔法の神聖さを守護するための守り人、聖なる盾。


 それらが魔導協会ネフレインの四つの部門。

 動く可能性があるとすれば――



「――それは守護トトリ以外の三つ、全てに可能性があった」


「そうなのか? 執行コールだとばかり……」


執行コールは勿論だけど探求ディリエ法理ステインも怪しい。私が言うのもなんだけど、ここには探求ディリエが好きそうなものがいっぱいあるし、法理ステインに関しては明確に反しているからな。これが革命黎明軍みたいな組織ならともかく、ベルリ家は一応貴族の身分なんだからまずは法理ステインから――ってのも十分にあり得る……と


「……?」


「ああ、これで確定だ。自身の配下にこんな魔法陣を刻み込むのはまず間違いなく執行コールの部門長――執行長デオドラ・ルードヴィヒくらいなものだろうさ」




「デオドラ・ルードヴィヒ? 聞いたことがあるな……確か」


「ああ、天位フロードの魔導階級を持つ魔導協会ネフレインの誇る最強の一角――「絶氷」のルードヴィヒさ」


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