第二百二十話:ゼルオラ失踪・Ⅲ



「で、どう思うよ?」


「ゼルオラのこと?」


「まさか。そっちも大事と言えば大事だが……」


「わかっているって」



 案内役、そう説明されてついて来たリビアン家の人間。

 そんな彼らも流石にペリドット家の馬車の中にまで入ってこれない。

 そして、流石は侯爵家御用達の馬車というべきか、装飾だけでなく魔法もかけられており盗聴と透視を阻害することが可能なのだとか。


 つまりは密談にはもってこい、というわけだ。


 ルベリは正直、これ欲しいなと思った。

 帰ったらヤハトゥにでも頼んでみるか、などと益体ものないことを考えながら口を開いた。


「リビアン家……っていうか、セオドールたちか。あいつらってさ……なんていうか」


「わかってる。あいつらは貴族じゃない。なんていうか貴族らしさが無いんだ」


 オフェリアの言葉にルベリも頷いた。

 彼らの眼の奥、そして言動の節々にどうにも自身の方が上だというある種の傲慢さが垣間見えた。

 あからさまにそういった言動をしたというわけではないが接していればわかる。


 彼らはこちらの爵位など大して気にしていないのだ。

 平民ならば貴族であるというだけで敬意を払う、貴族であるならば憎き相手だろうと貴族社会という序列を守って振る舞う。


 それが自然なのだ。

 何せ爵位という序列を否定するなら自身の爵位の価値もまた棄損してしまうからだ。


 だからこそ、貴族である以上はその点だけは決して守ろうとする。

 内心はどうであれ子爵という爵位を持っているルベリをたてるようにご機嫌伺いの手紙が来るのもそのためだ。


(彼らは私に頭を下げに来ているんじゃない。子爵という王家から認められた爵位に頭を下げているんだ――って兄貴も言ってたっけ)


 立場が人を作る。

 そんな言葉もあるらしいが貴族社会において爵位――という立場こそが人なのだ。


 内心で不愉快に思うことはあっても王家に認められている以上は認める。

 爵位に対しそれ相応の態度をしているのであって小娘相手にしているのではない。


 これらが一般的な王国貴族の在り方……と言っても過言ではない。

 対してセオドールらはどうかといえば一応取り繕って遇しているように見えて、あからさまに魔導士を張り付けたりとオフェリア曰くハッキリ言って手打ちにしていい程度には無礼を働きまくっている。


「主君が居なくなった緊急事態だからって許される行為じゃねぇな。私たちが問題だと騒ぎたてればまず分が悪くなるのは間違いなく向こうだ。焦った結果、それすらもわからなくやらかしたってのなら可愛げがあるけど」


「どうにもそんな感じじゃないよね」


「焦っているってのは事実だろうけどな。なんていうか私たちが激発してもそれはそれでいいみたいなあからさま態度しているよな」


 ルベリとオフェリアが気になっているのはそこだった。

 セオドールらと一緒になってゼルオラの捜索にも加わったのだ、いい加減こちらが無関係であることぐらいはわかっているはずだ。

 疑わしい行動はしてはいないし、ルベリに至っては心の底から彼女のことを心配して積極的に探し回った。


 だというのに、である。


 セオドールらは監視を緩めるどころか、むしろ強めるように魔導士の数を増やした。

 これにはオフェリアの配下であるヘリオストルも不愉快気な表情を隠しきれてない。



 それほどにあからさまな行動なのだ。



「どうにも別口で敵視されている感じだな」


「オフェリア……が?」


「わかってんだろ、お前だお前」


「だよなー、はぁー」


 オフェリアの言葉にルベリはため息を吐いた。

 感づいてはいた、セオドールらはどうにも彼女を――あるいはベルリ家に対して敵意あるいは強い警戒感を持っている。 


(思い返すとそれらしいのは何度かあった。ゼルオラの屋敷に訪れる時とか睨まれるような感じを味わうことがあるし)


 恐らく、初期の態度はそれが噴出した形なのだろう。


(不信感があった相手と外を出回った後、ゼルオラが居なくなったから「犯人はこいつらに決まってるー!」って感じか? こうして捜索活動に協力することで失踪に関わっていなんじゃないか、って容疑が晴れても態度が緩むどころか強くなっているのは……そんなの抜きにしても嫌われている。敵意を持たれている――ってこと?)


 思えば当主であるゼルオラのお気に入りだったからこそ表には態度に出さなかったのだろう、だがその彼女が居なくなってしまったために態度があからさまになってしまったと考えればわからなくもない。



 わからなくもないが――一つだけ。



(なんで私ってそんなに嫌われてるの?)



 それが疑問だった。


(思い当たる節が無いかと言われればそりゃあるにはある。単純に私のことが気に入らないとか、隠し持ってる古代兵器関連のこととか……ただ、敵視となると――うーん)


 ベルリ家に対してよくない感情を持っている存在が当然いるであろうことはルベリとて承知している。

 例えばイリージャルを奪い合ったアスガルド連邦国の人間やフランクリン伯爵の暴走に巻き込まれて対処しただけとはいえ、その結果立場が悪化してしまったギルベルト派の人間、他に単純に彼女のような若い娘が力をつけてきていることが気に入らない……という人間も居るだろう。


 とはいえ、


(わざわざ隣の領地にやってきてまで敵視する……ってのはどうなんだ? リビアン家なんて家を立てる手間までかけているのに。普通、そこまでやるなら思うところがあるにしろ表面上は取り繕って友好的に接しつつ利用してやろう――みたいなのが定番のはず。兄貴にもそれには気を付けるんだぞって言われたし)


 だが、セオドールらはどうにもそういった態度が見えない。

 一応は敵視するのを隠している、という程度で敵視すること自体は抑えることが出来ない……という態度に見える。



(そこまで強力な敵視をされる覚えは流石にないぞ? ……オフェリアも言ってたけど、なんというか連中……貴族の腹黒さ、陰湿さみたいなのが足りないんだよな。いろいろと学んだ内容とずれがあるというか。企み自体はあるみたいなんだけど)


 ルベリは改めてリビアン家の背景に関して熟考した。

 ここを正しく見抜けないと対応のしようがない。



(アスガルド連邦国が王国に対して干渉しているってのは革命黎明軍の件もあるし間違いはない。けど、いくらなんでもオーガスタほどの領地の領主を任せる決定にまで影響を与えるほど干渉が出来るとは思えない。だから、除外)


(ギルベルト王子の派閥の人間はいろいろと恨んでいるかもしれないが今はそれどころじゃないだろうし、これも除外でいいはずだ。新領主の決定に介入するにはそれ相応の政治力が必要。となると個人的にどれだけベルリ家うちを疎んでいたとしてもそう簡単にできることじゃない。家単位でやろうとするなら最低でも侯爵ぐらいの爵位が無いと厳しいって兄貴も言ってたっけ? となるとそれ以下は除外でいいかな)


(とはいえ、侯爵以上の家との繋がりなんてペリドット家ぐらいしかないからな……基本、引き籠って領地作りを頑張ってただけだからそんなに敵視される理由が思いつかない。他に候補としてあげるなら王家とかクィンティリウス王子の派閥とか? でも、そこら辺だと敵視する理由もわざわざリビアン家なんて家を用意する理由もわからないんだよな)



 リビアン家という家に領主をさせる理由は繋がりを隠すためと考えるのが妥当だが、王家やクィンティリウス王子の派閥にはそれをするメリットが特にない。

 少なくともルベリの頭では思い至らなかった。



(となると、あとありそうなところは――)



 一つずつ可能性を除外していき、考えを進めたところで――不意に馬車の扉の外からノックがされた。

 窓越しに見ればヘリオストルの一人が待機しているのがわかった。




「どうした? なにかあったのか?」


「それが実は……」




 窓を開けオフェリアが問いかけると男は口を開き、その内容にルベリは事態が動き出したのだと察した。





「――ゼルオラ・リビアン様の居場所が判明したようです」




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