第二百十九話:ゼルオラ失踪・Ⅱ



「ん?」


「どうしたんだい?」


「いや、そろそろ帰ってくる予定じゃなかったルベリ達は」


「ああ、そういえばそうだね。確か予定では夕方には帰ってくる予定だったはずだけど……」



 日も落ちた頃合い、エリザベスの研究室にてとある魔法術式の解析を行っていたディアルドは不意に気付き声を上げた。


「この時間帯では動けまい。何かトラブルでもあったのか?」


「ヘリオストルも一緒だったから問題はないと思うけどね。そこらの貴族の私兵程度とは比べ物にならないほど優秀だし。若くても流石は次期当主の為に揃えられた若手衆だね。侯爵家ともなると人材が厚い」


「まあ、思いっきり前にやらかしてはいるがな」


「それを反省して鍛え直したって話じゃないか。時々、ファーヴニルゥ相手に教練も頼んでいるらしいし」


「ああ、そういえばそんなことを言っていたな……。まっ、それはどうでもいいや。それはともかく――ヤハトゥ、ルベリについてだが……」


 ディアルドはヤハトゥへ問いかけた。

 すると返答はものの数秒で帰ってきた。



〈報告します。――ヘリオストルの団員の一名が手紙をもって帰還してきました。どうやら、オーガスタにてトラブルが発生し、そのため司令官たちは予定よりも長く滞在することになった模様〉



 ヤハトゥからの返答にディアルドは眉をひそめた。


「なんだと?」


「オーガスタでトラブル、か。何があったんだろう?」


「ふむ……そのトラブルの内容は?」


〈回答します。――その詳細は手紙の中に記載されている模様。我が主宛てのもののため、ヤハトゥは確認をしておりません。手紙に関しては現在そちらに送っているのでご確認ください〉


 そんなヤハトゥの解答と同じタイミングで部屋の扉がノックされたかと思うと、入ってきたのは若い甲冑を来た男性だった。

 顔は見たことがある、ヘリオストルの中にいたやつだとディアルドは思い出した。



「ローズクォーツ代行、こちらベルリ子爵からの……」


「寄こせ」


「なんて書いてあるんだい?」


「待て、直に読み終えるから。えっとなになに……」



 ディアルドは渡された便箋から手紙を取り出し読み始めた。

 そこにはオーガスタで起こったルベリ達が巻き込まれた変事に関して記載されていた。



「――オーガスタの新領主のゼルオラ・リビアンが失踪した」


「……はあ!? えっ、なんで急に……本当?」


「えっと、その……はい」



 彼の口から出た事件の内容にエリザベスは思わず、手紙を持って来たヘリオストルの団員に尋ねるも、苦々しい雰囲気ながらも肯定されてしまい目を見開いた。

 貴族領主の失踪というのはあまり聞き捨てが出来ない大問題だ、彼女が驚くのも無理はない。


 だが、驚くのはまだ早い。


「それでベルリ子爵は帰って来れなくなったと? ゼルオラ・リビアン男爵が失踪して帰って来れる人は出ないし」


「ああ、そのようだ。ただ、帰って来れない理由は別だな」


「別?」


「子爵としてリビアン男爵の捜索に協力したい、という気持ち自体に嘘はないがどうにも帰って来れない理由はそのリビアン家にあるらしい。なんでもリビアン家から目をつけられていて監視されているとか何とか」


 ディアルドの言葉を聞いてエリザベスは叫んだ。




「……いや、なんだいそれは!?」




 気持ちはわかる。

 それはそれとしてディアルドは話を振った。


「俺様に言われてもな……で、どうなんだ?」


「あっ、はい。子爵様らは交渉の末、協力関係を結んで男爵の捜索を手伝う形になったのですが、それでもどうもリビアン家はこちらを疑っているようでして」


「疑っているというのはつまりはゼルオラ・リビアンの失踪に関与していると?」


「ええ、どうも失踪する前日。反対を押し切ってオフェリア様らと一緒にオーガスタの市場を散策し、それから帰って来た男爵の様子がおかしかったと主張しており……」


「その時に何かをやられて男爵は失踪してしまった、と」


「バカバカしい話だ。証拠もない思い込みで二人を拘束していると?」


「物理的に拘束されているわけではありませんが、監視がつけられている状態で……」


「ディアルド、これは由々しき事態だ。正式に抗議を行うべき――ディアルド?」


「……いや、待て」


 エリザベスの言葉に深く考え込んでいた彼は我に返ったのかそう答えた。


「どうしたんだ?」


「少し考えていた。リビアン家の裏に居るものの正体、あるいは勢力について」


「ああ、そうだな。本当にどことも繋がりのない男爵家だとしたら恐るべき暴挙だよ。若いとは爵位も上の相手をこうも……」


「そこだ」


「そこ?」


「リビアン家――というよりもセオドールとかいうやつらを中心としたリビアン家の実権を握っている連中……いくら何でも爵位というのを軽く見過ぎている気がする」


「それはそうだ。ただの男爵家……もしくは裏にもっと上の上位貴族と繋がりがあるのかもしれないが――」


「それにしたって建前上はリビアン家は男爵家だ。こちらが正当な手段で王家に訴えたら処罰が下ってもおかしくないほど立場を軽んじている。……まあ、今の王家にそれを処理できるかは置いておくとして」


「確かにな……何らかの理由で敵意なりなんなりをもっているにしてももっとうまいやり方があるはず」




「――つまりは本当に気にしていないんだ。貴族としての爵位の差、貴族としての上下社会について」


「そんな気にしない奴なんて……あっ」


「気づいたか?」


「もしかして……手紙にも書いてあったなオーガスタには魔導士が増えているって。それにセオドールの手先にも複数の魔導士らしき存在が……」




「恐らくは――魔導協会ネフレインの人間だ。そんなやつら、あそこの人間に違いない」



 ディアルドの言葉に少し考えた後でエリザベスは頷いた。


「確かに魔導協会ネフレインらしいっていうか……。基本、私もあそこに居た時は大して貴族の爵位とかきにしてなかったな。一時期、私につけられた師も「あいつら所詮、私たちに頭を下げないと魔法の修練も出来ない身だから大したことないよ」って」


「ふーはっはっ! 完全に舐め腐ってるじゃないか。思った以上の腐敗が酷い!」


「いや、笑い事ではないと思うんですけど」


 ディアルドは思わず笑ってしまったがヘリオストルの彼にそう窘められてしまった。


「実際、私もそれなりの地位に居たからわかるんだよね。それなりに権限もあるから、私に媚を売れば魔導協会ネフレインで管理している魔導書グリモアをこっそり見せてくれないかなー、みたいな」


「そういうことがよくあるなら、色々と肥大化していったのもわかる気がするが――話を本題に戻そう」


「本題、っていうとリビアン家と魔導協会ネフレインには繋がりがあるってこと?」


「あそこまで爵位云々を気にしないとなるとそう考えるのが妥当だろう。そして、問題はここから――何故、魔導協会ネフレインはオーガスタにリビアン家に治めさせたのか……色々と宙に浮いていたオーガスタ領主の話、魔導協会ネフレインならば横槍を入れるのは難しくないが、その目的は――正直わからん」


「わからないのか」


「いくつか案は浮かんでいるんだがな。……一先ずはそうだな、どうるべきか。まずは証拠集め、あとはルベリたちへの助けも送るべきか」




(しかし、侵入者騒ぎがあったと思えば……繋がっているのか? これは……)




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